
〈連星〉の試作1号機が完成したのは昭和17年7月のことだった。丁度その頃、新たに〈連 星〉の次世代の艦上爆撃機の要求仕様が内示されている。 これまで〈艦上爆撃機〉だったものが、〈艦上戦闘爆撃機〉と呼称され、艦隊上空の防空任 務に加え、攻撃隊の直衛も任務に付け加わった。(後に海軍側が撤回) 速度性能、航続距離の向上はもちろんのこと、爆撃行での巡航速度も420km/hと、破格の 数値が示されていた。 特に航続距離:250kg爆弾×1で2800km以上・・・は過酷な要求であるが、緒戦期の長距離 侵攻作戦の戦訓から零戦21型や、後継の艦戦の最大戦闘行動距離で追従可能な機体が求めら れたのは不思議な事ではない。まして7月の時点では、日本の攻勢が続いており、戦争が短 期で終結する期待も高く、その場合は遠からず米英との再戦でもう一度緒戦期の長距離侵攻 が再現されることが予想され、海軍当局がこのような要求を出してきたのも理解出来る。 〈連星〉の社内試験の好調ぶりに気を良くしていた齋藤弥壮榮技師は勇んで過酷な要求に挑 んでいった。しかし、新潟鉄工が試作参加を決め、正式に要求仕様が発令された当にその時、 戦局の一大転換となる大敗北が起きていようとはその時の齋藤には知る由も無かった。 〈連星〉の開発の際は、迷いがあった齋藤だったが、敢えて爆弾倉を設けず、燃料の搭載す スペースを確保しながらも機体縮小で乾燥重量の削減を図り、大馬力の発動機搭載により、 余剰出力を引き出して、艦上機としての適正と防空・爆撃の任務を両立させるという〈連星〉 開発時の方針に自信を持っていたので、今回もこれを踏襲し、〈連星〉の機体構造の一部を 流用して更に空力的に洗練させ、燃料搭載量を増加した発展型として開発期間を短縮させる 事を決めた。 発動機は18気筒・離昇出力1900馬力という高出力のハ42 ー11型を採用することにした。こ の発動機は、水・メタノール噴射機構を付けて1800馬力程度まで出力を上げた〈火星〉の 各型に比べて寸法・乾燥重量が大きく、排気量当たりの出力で劣り、標準整備時間も気筒数 が多く、強制冷却ファンの歯車が入る事で長くなるが、18気筒の発動機にしては出力が安定 し、将来の馬力増加が期待出来るため、敢えて採用に踏み切ったのだった。これによりエン ジンカウル先端に開口していた気化器・滑油冷却器用の空気取り入れ口がカウリングの内部 に移され、機首周りは突出が無くなったためかなりすっきりした外観となった。また速度向 上のため、集合式だった排気管は推力式単排気管に変更された。。 発動機の換装に伴い防火壁が後退し、機首の20mm機銃が主翼搭載に変更され、弾倉・薬夾 受けがあった空間に水・メタノールタンクが設置された。 胴体上面の風防・天蓋は〈連星〉の場合、操縦手席側が突出していたが、爆撃手席上面と完 全に一繋がりに成型され、後席の天蓋は、前方に収納する方式に変更されるなど、胴体の空 力はかなり改善された。また、胴体下面後方の燃料タンクは拡張され約100Lの増量となっ た。 胴体後方は完全に新設計となり、機体後端にロッドとワイヤーで遠隔操作する7.7mm機銃が 設置された。以前の後席の機銃が垂直安定板が邪魔になって射界が狭かった事に対応する処 置だったが、結局旋回角度自体が限定され、弾薬搭載量も十分でないため評価は低かった。 主翼は〈連星〉では強度を考え二本桁式とされたが、生産性を考慮して単桁式が採用され、 層流翼に近い断面形状になった。 内翼には20mmが移されたが、2式「マウザー銃」は高い加工精度が必要とされ、生産性・製 造歩留まりが極端に悪い事が判明したため、エリコン機銃をベースに性能を向上させた99式 2号銃が採用された。 フラップは、ダブルスプリット式からダブルスロッテッド式に変更され、コ・フラップが急 降下抵抗板と空戦フラップを兼ねて、巡航時に6度下げ角をとって揚力を確保し、抵抗が少な い一方で揚力が減る層流翼の欠点を補っている。 |