〔イブクーロ王国仕様〕
名称…EGI-35
乗員…7名/全長…8.6m/全幅…3.0m/全高…2.67m
エンジン…Maybach HL108 250HP*1
最高速度…30km/h
全備重量…33t
武装…【主武装】FlaK30 150口径20mm高射機関砲*1(砲塔)・FK16nA 36口径75mm野砲*1(車体)
【副武装】MG30 7.92mm機関銃*5(車体同軸*2、車体側面*2、車体後部*1)
航続距離…300km
装甲厚…10〜50mm
〔概要〕
時は1935年。ドイツが再軍備宣言をしてから2年が経つ。国家存亡の危機から脱する為にヴェルサイユ条約を破棄したものの、
経済状況は相変わらず厳しい状況だった。イブクーロ王国から戦車開発依頼が届いたのは其の年の9月である。
経済的な困窮から脱出出来るチャンスと取ったドイツは、喜んで“輸出用車輌”の開発に取り掛かった。しかし、ただ1つ問
題が出て来た。30tクラスの大型戦車を設計出来る技術者がいなったのである。其処で政府は、以前に技術者にかけたドイツ
本国召還命令に応じなかった技術者のリストを取り、ただ1人、この計画に適しそうな技術者を見付けた。
ソビエトに於いてТГ重戦車の生みの親である、エドゥアルト=グローテである。早速高官の1人が潜伏先のフランスに向か
い、本人に事情を話した所、件の輸出用車輌開発の条件付きでの本国帰還をすんなりと受け取った。彼自身、ソビエトで設計
した戦車が次々と不採用となって落胆していた折も折、彼にとっても好機であった事は間違いではなかったろうと思われる。
〔設計・開発〕
グローテが来た事により勢い付いた開発チームは、新たな難問が立ちはだかっている事に気付く。新たに設計から取りかかっ
ているようでは明らかに時間が無い事である。其処でグローテは不採用となり廃車同然となっていたТГ-1を2輌取り寄せ、是
を元にする事で時間の短縮を計る事にした。其の後、仕様書の用途に市街戦も含まれている事から、ТГ-1の武装配置を其の侭
にする事にした。
まず、車体上の武装は正面のトーチカや敵上陸用舟艇を潰す事を主目的としたので、75mm野砲FK16nAを載せた。是は、前年度か
ら騎兵で使われていたものの、重量過大とされ軍内でも不要論が飛び交っていた程の代物である。是を戦車に載せる事でこの野
砲の不要論を一蹴する目的も有ったのだろうと推察される。そして、車体をぐるりと囲むようにつけられた機銃であるが、是は
ТГシリーズにも搭載されていたもので、軍内部の一部の反対を押し切って付けられた物である。この5丁の機銃は、主に市街
戦で、何処からとも無く現れて来る敵歩兵の肉薄攻撃から守る為だとあるが、是に付けられたMG30は僅か7.7kgなものの、其の
直ぐ後に出て来たMG34に全ての株を奪われてしまった為に生産された全てが輸出用とされた哀れな運命を辿った機銃である。
次に、砲塔だが、是は論戦の末半ば強引に取り付けたものである。主な用途は敵戦車の撃破と歩兵支援であり、普通なら高射砲
を載せる事など考えられない筈である。だが、この時37o級の軽砲(後のKwK36/37)はまだ開発中であり、現物すら出来上がって
いなかった。此処でグローテは高射砲に目を付けた。高射砲はそもそも弾丸を高く上げて敵機を撃ち落とす為の物である。それ
故、必然的に射程は長く、初速を高くしないと使い物にならなくなる。と言う事は、其れを平射した場合、結果的に高威力長射
程の弾丸を打ち出せる事となる。高射砲としての使い道が無くなると言う反論が多数出た為、砲塔の形状を大きなボールマウン
ト状にして仰角を大きくし、高射砲としても使えるようにした(生産効率は多少悪くなったが)。搭載されているFlaK30だが、是
は軍内でも信頼されていたものの、発射速度が遅い事が難点として挙げられていたものである。だが、戦車用としては寧ろ速過
ぎる位だった。しかも、150口径もの長砲身は其の存在により敵を圧倒する事が出来るとも考えていた。
機動力の要となるエンジンだが、是は、最初は100HPのものを2基連結する方針で取られていたが、250HPのMaybach HL108が完成
した事により、其れを搭載する事にした。クリスティー式の足廻りとも相まって、大型にも拘らず、公式最高速度30km/hを出し、
何とか仕様書に間に合うようにした。だが、航続距離の問題が残っていた。元となったТГ-1でも150kmなのに其の2倍の300kmが
要求されているのである。是は後部車体を延長して転輪を増やし、エンジンの後ろに大型の内部燃料タンクが設置出来るように
した。是により燃料搭載量は大幅に増え、仕様書に間に合うようにした。
仕様書に拠ると、1年以内に試作車輌を2輌引き渡す事と有ったので、国を挙げて“輸出用車輌”の試作にかかった。この結果、完
成したのは翌年1936年の7月。2輌の試作車は船に隠して積まれてイブクーロ王国へと向かって行った…。
〔グローテ、暴走(笑)〕
完成した車輌は自国の戦車よりも遥かに高性能に出来上がってしまったので、皆は船から外国へと引き渡すのが名残惜しいように
見ていた。正直、羨ましかったのである。だが、そんな様子を見ていたグローテは、是の開発当初から暖めていた物を設計する事
になる。そう、EGI-35の自国仕様である。自国物は当然の如く仕様書も無かった訳だが、持って来たТГ-1を利用して更に強力な
物を開発しようとしていた。求められた時は既に生産から始められるようにと…。
設計開始は1936年。人員過多として不評だった37o高射砲FlaK18を砲塔に載せる事とした。是により、KwK36/37を遥かに上回る貫
徹力が保障される事になり、砲の再生産も可能になった。車体にも、お蔵入りになりかけた75mm高射砲FlaK L/60を搭載した。是で
当時の如何なる戦車も撃破可能になった訳だ。機銃に至っては車輌搭載用として広がりつつあるMG34を搭載し、以前よりも強力な
物が出来上がった。
是が完成するのは1939年。EG-39と名付けられた…。
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