「今日の講義はこれで終わるが、今までの内容で何か質問のある者はいるかな?」。
大学で航空力学を教えている糸川は学生に向かって質問した。
「あの〜。講義の内容には関係ないのですが宜しいですか?。」一人の学生が遠慮しがちに手を上げた。
「飛行機のことなら何でも構わんよ。何かね。」糸川は応えた。
「はい。実は太平洋戦争中に中島飛行機で作られた15試水上戦闘機について知りたいのです。中島飛行機物語
という本に昭和15年から17年にかけて試作された斬新な機体であると書いてあったのですが、具体的にどのよ
うな機体だったのかの記述がなく、他の資料もみつからなくて、先生なら中島飛行機で働いておられ
たのでご存知だと思いまして。」
「なるほど。たしかにあれは革新的な機体だったな。ただ、少数しか作られなかったから現存している資料は
殆ど無いかもしれない。宜しい。来週は特別講義として15試水戦の解説をしよう。それで良いかね。」
糸川の言葉に、学生は嬉しそうに微笑んだ。
翌週、特別講義が始まった。糸川は一枚の三面図をプロジェクターで投影させた。
「これが中島15試水上戦闘機だ。単発単座の水上戦闘機だが、見て分かるようにちょっと変わった構成に
なっている。質問があったら説明の途中でも構わんから質問してくれたまえ。」
糸川は三面図の各部を指しながらその特長を解説し始めた。
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「諸君も知っているように、単発の水上機は陸上機の主脚をフロートに置き換えたような格好をしているのが普通
だ。ところが、このフロートという奴が曲者で、離着水をするには必要不可欠なのだが、いったん飛び上がってし
まえば単なる無用の長物だ。空気抵抗が大きく速度が落ちることぐらいは簡単に理解できるだろうが、重心より前
に張り出したフロートはヨー安定性を悪化させる。F4F-3Sの写真なんかを見ると苦労した跡が分かるね。おまけに、
ペイロードを無駄に食う為航続距離も短くなってしまう。まあ、逆手にとってフロートに燃料を詰め込むって手も
あるんだけどね。
大型機では機体そのものをフロートとさせるのが普通だ。いわゆる飛行艇形式だね。高翼やパラソル翼にして
エンジンやプロペラを水面から離してやる。補助のフロートは必要だが空力的にはかなり改善されるね。」
「15試水戦では、プロペラを持ち上げて飛行艇形式をとった訳ですか?。エンジンは何処に?。」
一人の学生が質問した。
「マッキ M33の様にエンジンとプロペラを持ち上げて飛行艇形式とした単発機も在ることはある。大馬力の液冷
エンジンが使えればこの形式も悪くないが、空冷エンジンでは前面投影面積が大きくなる。また、エンジンの
ような重量物が重心から離れた所に位置するためロール特性も悪くなるね。15試水戦では最大速度500km/hを求め
られていたし、何分戦闘機だから運動性も確保したい。そこで、エンジンを胴体中央におき延長軸でプロペラを
駆動するようにしたのだな。エンジンは護11型。離床出力1870馬力。当時では最強のエンジンだ。
前後のプロペラは逆方向に回転するようになっている。これは滑水時にトルクの影響を避ける為だね。」
「雷電は延長軸の問題で開発が遅れたそうですが、15試水戦で同様のトラブルはなかったのですか?。」
「まあ、全然問題がなかったわけではないがね。要は加工と組み立ての精度だな。」
「胴体中央に空冷エンジンを搭載して、冷却は大丈夫だったんですか?。」
「むっ」一瞬糸川の顔が引き攣ったが学生達は気がつかなかった。
「たしかに機首に積むほうがよく冷えるけどね。試験飛行でオーバーヒート起こしたこともあるが、
強制空冷ファンで胴体上部のインテークから冷却気を吸い込んでいるからそんなに酷くはなかった筈だ。
まあ、護自体がオーバーヒートしやすいエンジンだったからね。」
「機体の下に付いてる胸鰭と尻鰭みたいな物は何ですか。」別の学生が質問した。
「これは水中翼なんだが、その前にフロートのステップの話をしよう。飛行艇の胴体底面やフロートの底面には
ステップと呼ばれる段差が設けてある。これは離水し易くする為にあるのだが、ステップで乱流を発生させ
ベンチュリー効果で機体が水面に張り付いてしまわないようにしているのだ。ところがだ、こいつは飛行中も
乱流を発生させてしまうのだ。そして抗力が増大する。まあ、水に乱流を発生させる為の物だから空気に乱流
を起こすのも当然だがね。
平面図で分かるように15試水戦は高翼面荷重の高速機だ。機体形状は飛行時に最適化したい。当然離着水速度も
速くなるしベンチュリー効果も強く発生するね。ただ、ベンチュリー効果が発生する以前に機体が持ち上がって
いればステップが無くても離水には問題ないわけで、そのために水中翼を持っているのだ。水中翼にもエルロン
やラダー、エレベーターが装備されていて、主翼のそれと連動するようになっている。」
「水中翼を持った水上機って他にないようですけど。」
「いやいや、そんなこともないぞ。戦後に米海軍が飛行艇を使って実験したりしている。ともかく15試水戦は
海軍が要求した最大速度を大幅に超したのだが、これは水中翼があればこその話しだ。」
「水中翼が普及しなかったのは何故でしょう。なにか重大な欠点でもあったんですか。」
「ぎくっ」糸川の顔が再度引き攣った。
「たしかに離着水が難しい面はあるな。滑水時から三軸でコントロールしなければならないし、着水時に胸鰭
が先に水に触れるとひっくり返る恐れもある。実際初飛行のときは見事にとんぼ返りをみせてくれた。この
写真はその直前の物だ。飛行中の写真はこれ一枚しかなかったな。」
糸川は三面図に替えて一枚の写真をプロジェクターで投影させた。
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「へえ〜。こんな機体でも飛ぶんだ。」
学生達のざわめきを聞いて糸川は明らかに不機嫌な顔になったが、学生達にはその原因が分からなかった。
「開発にはどのくらいの期間がかかったんですか?。」また別の学生が質問した。
「昭和15年の8月から始めて、たしか18年の3月くらいまでやってたな。本当は16年10月には試作機を
納品しなきゃならなかったんだが、これだけ斬新な機体を一年余りで納品しろというのも無理な話だね。」
「完成まで海軍は待ってくれたんですか?。」
「いい物を作るには時間がかかる。彼等にはそんな簡単なことも理解できなかったみたいだ。三菱が作った
ゼロ戦にフロートをくっ付けただけの何の変哲もない水戦が採用されたよ。それでも、この機体にも魅力を
感じたみたいでね、試作続行の指示が出たのさ。」
「二式水戦ですね。でも二式水戦はかなり活躍したと聴いてますが。」
「他に無かったからね。15試水戦が完成していればもっと活躍していた筈だ。」
「えっ、15試水戦って完成しなかったんですか?」
「いや、立派に飛んださ。だだ、ちょっと」
「ちょっと?」面白がって学生が突っ込む。
「ちょっとオーバーヒートして燃えたり、ちょっと振動が発生して空中分解しかけたりで試験飛行の最後は
必ず不時着してたな。まあ、この辺はたいした問題ではないけどね。」
糸川の返事がだんだん投げ遣りになっていった。
「燃えたり分解しかけたのがたいした問題ではないのですか」
「まあ、時間があれば解決できただろう。最大の問題はエンジンの機種統合とかで護が製造中止になったこと
だな。」
「それで、15試水戦の運命もそれまで?」
「いや、陸上機化して局地戦闘機に仕立て直せと海軍が行ってきた。三菱の火星に換装して試作したがね。
これがその原案だ。このほかに、プロペラを機首に移す案も在ったが、私としては、ネ20を2基背負わせて
ジェット化したほうがいいと思うね。」
陸上機型の側面図がプロジエクターで投影された。
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「なんか和製サラマンダーですね。それでどうなりました?」
「試験飛行まではこぎつけたよ。ただ今度はパイロットがびびりだしてね。空中で脱出できる様にしてくれ
とか言い出した。仕方なくプロペラを火薬で吹き飛ばすようにしてやった。地上での試験は見事成功したが、
空中実験をやったら外れたプロペラが主翼を切り刻んでね。」
「切り刻んで?」
「見事に落ちた。」
「それで?」
「ジ・エンド」
「結局、15試水戦は試作だけに終った失敗作だった訳ですね?」
「しっ、失礼な」糸川の顔がみるみる険しくなっていった。
「あれ、この側面図。空力設計に糸川とサインしてある。」
目敏く見つけた学生が叫んだが時既に遅し。
「学生の分際でわしの設計した機体を失敗作呼ばわりしおって。お前等全員不可だ。」
こう言い残すと糸川は足早に教室を去っていった。
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| 乗 員 | 1名 |
| 発動機 | 中島製 護11型 1870馬力×1 |
| 全 幅 | 13.10m |
| 全 長 | 11.26m |
| 全 高 | 5.64m |
| 最高速度 | 545km/h |
| 自 重 | 2450kg |
| 航続距離 | 1650km |
| 武 装 | 99式1号20mm固定機銃×2、97式7.7mm固定機銃×2 |
作者の戯言
高出力のエンジンを積んで空気抵抗を極力減らしてと考えたらこんな機体になってしまいました。
で、当時の技術力を考えると失敗作必至。正式採用は捨てて、目指せ人気投票。
一票入れば本望です。
作品中の人名や名称は架空のもので、実存する個人および団体には関係ありません。
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