チェージ!!下駄は?

空技廠 水上戦闘機 疾風(しっぷう)

Kuugisyou Fighter Seaplane "Syippuu"

N1Y1

カラー画像
側面図
平面図



[諸  元]
全    長:9.40m
全    幅:7.42m
全    高:4.78m
自    重:3,020kg
全 備 重 量:4,050kg
エ ン ジ ン:三菱 火星14型(1,460馬力)×1
最 大 速 度:555km/h
上 昇 時 間:5000mまで5分55秒
上 昇 限 度:9,800m
航 続 距 離:1900km
武    装:7.7mm×2、20mm×2
乗    員:1名

 [概  要]
 昭和15年8月に発令された水上戦闘機の試作発注に対して数社がその手を上げたが
空技廠もその中に入っていた。このころ空技廠では局地戦闘に開発に目処がついており、
技術的蓄積が行かせるとの判断だったと思われ、同時期某航空参謀から提案のあった爆撃
機案は手不足から自然消滅した。

 水上機と言うフロートによる空気抵抗と重量に致命的なハンデをおった機体にしては過酷
ともいえる要求性能に対し設計陣は前作と同じ空力学的洗練と小型化では対応できないと
考え、革新的な機構を盛り込むことによりこれを解決しようとの考えに至った。

 数多くの奇抜なアイディア中から

A.単フロートを胴体内に引き込む案
B.双フロートを離水後投棄する案

の2案に絞られ具体的検証に移ったがA案は空気抵抗の面で不利であることと、落下増槽を
採用しても燃料タンクの設置スペースに余裕がないこと、B案の場合は機体の空力学的洗練
を良好に出来る事からB案の双フロート投棄案に決定し作業が進められることになった。


A案
A案イメージ図 (発動機・胴体)  使用発動機は当時最大の出力が期待できることと二重反転プロペラを使用できることから 火星に決定したが、面白いことにこのころ空技廠では空冷発動機の抵抗減少には最大幅を 発動機後方に持ってくる紡錘形することで空気抵抗が少なく出来るとの結果を風洞実験に より得ていたが、大直径の火星を機首に装備するこの機体では、紡錘形の胴体形状を採用した 場合、胴体中央部の幅が増大し前面面積が大きくなりすぎることからこれを見送り、オーソ ドックスにエンジンカウリング付近を最大幅としてなだらかに絞っていく形になっている。 また、キャノピーは乱流の発生を抑えるためにファストバック形式を採用していた。 (主翼・尾翼)  主翼は速度向上の点から効力を減少させるために薄く小さな直線テーパー翼を中翼に配置 しているが、太い胴体とあいまって真上から見るとアンバランスな印象を受ける。翼断面 形状は当時最新の層流翼を付け根付近に採用し、翼端に向かって通常の断面に徐々に変化 していく形を採用すると共にファウラー式のフラップの採用し低速時での失速を防止していた。 垂直尾翼は安定性の向上と不意自転の発生防止から、比較的大面積が与えられ、水平尾翼 は離着水時の飛沫による損傷を考慮し、比較的高い位置に取り付けられていた。 (降着装置)  本機最大の特徴として挙げられるのは陸上機と同等の性能を得るため、フロートを投棄式 とした離着水の機構であろう。  離水時の安定性を考慮した双フロート式としてはいるがフロート同士は機体直下に安定板 が設けられたシャフトに逆M字に連結されており、フロート部単独で安定した姿勢を保った まま浮遊するすることが可能である。またフロート内部には燃料タンクが設けられ、フロート を分離しなければ2,000キロ近い航続距離を飛翔(機体内部タンクのみでは1,000キロ以下) できる。機体とは両翼に設けられた専用のハードポイントのみで連結され、フロート部に 設置された強力なバネにより切り離し時の補助を行う。  邀撃時には離水後すぐにフロートを投棄するが多数機発進時に切り離されたフロート同士の 衝突を避けるため、分離後水中舵が任意の角度に舵を切る機構が内蔵されており、舵の切る 方向により水中舵が色分けされ容易に識別できるようになっている。  フロート投棄後の着水は主翼内蔵の引き込み脚に連結された胴体下部の外板を橇にして 着水する。主翼が中翼配置のため通常の形式では長さが足りず、後の米海軍戦闘機F8F ベアキャットと同じリンク機構で長さを稼いでいる。橇の前半部は外板内部に引き込まれ ており複雑なリンク機構を通して前方に繰り出す形となる。  水深の深いところでの着水に備え浮力を得るためのゴム引きズックによる気嚢が設けられて いるがこの状態からの離水はできない。また、これらの機構は機体単独では引出しは行えるが、 橇の引き込みやフロート部の連結はデリックで吊り上げた後、すべて人力で行う必要がある。 橇展開後
着水用橇展開時  開発は順調に進み昭和16年10月の期日には試作1号機は無事納入を完了したがこれには 裏があり、試作1号機にはフロートの切り離し機構も着水用の橇も取り付けられておらず、 凡庸な双フロート付の水上機だった。性能も複雑なフロート取り付け形状による空気抵抗 増加が災いし最大速度は要求値よりも大幅に低下、複雑な機構を廃して軽量化してはいたが 上昇時間も要求値には届かなかった。  民間会社製の機体であれば性能不足を理由に失格の烙印を押され葬られるのだが、その後も ダラダラとテストは継続されていたが、フロート切り離し機構を備えた3号機が昭和17年 6月に完成し直ちにテストが開始されたところ、その性能向上は目覚しくすべての要求性能を クリアし昭和18年1月に採用が決定した。  「疾風・しっぷう」との名称がついたこの機体の苦闘はここから始まる、空技廠での少数 生産の後、転換生産を請け負った川西での生産を開始した頃から、二重反転プロペラ、 フロート投下機構、着水橇の不具合が続出、修理改修に追われ部隊配備が大幅に遅れたため 戦線投入のタイミングを逸する形となり、生産機数は当初の予定よりも減じられ百機程度に 留まった。配属されてからはフロート部の消耗が多く補給が追いつかないことから機体側が 完調であっても出撃出来ずに稼働率が停滞したまま圧倒的な数の米軍機を相手にいたずらに 数を磨り潰す結果となった。  かと言って、疾風は無能な駄作機では決してない、フロート投下後は零戦を速度、上昇力 とも上回る性能を発揮し、少数機ずつ来襲する米軍爆撃機や飛行艇に対しては圧倒的な強み を見せた。  飛行場から遠く離れた空域で一見水上機には見えない日本機が迎撃に上がって来る事態に 米軍では、日本海軍が未知の空母による小規模艦隊での遊激戦を行っているのではないかとの 憶測を呼び、日本海軍はこれを逆手にとって水上機母艦との連携で遠距離進出を行い、 米軍に空母来襲の欺瞞情報を流すという一風変わった作戦も行ったこともあった。  試作の際に提出されていた陸上機化案も具体的に動き始めていた。昭和18年6月、 次期局地戦闘機として試作機が完成、テストを繰り返していた。  発動機の換装に伴う二重反転プロペラから通常の四翅プロペラへの変更、水用橇を廃止し、 主脚取り付け、胴体下部をやや膨らませ垂直尾翼の形状の変更を行った機体は「迅雷」の 名称を付けられ正式採用となり戦争末期の空の守りを担った。 局地戦闘機「迅雷」
局地戦闘機「迅雷」側面図 [あとがき]  お絵かき掲示板でフロート引き込み式のアイディアを出しておきながら、馬鹿ギミック満載 のため収拾がつかず結局、フロート投棄式の機体になってしまいました。  でも、よく考えるとこの機体規模であれば通常の単フロート式でも要求性能をクリア できそうな…。 [作成ソフト] Micrographix Designer7 Micrographix PictuerPublisher8