三菱 十五試水上戦闘機
箭風(せんぷう)




おや?三菱が高速水戦を作るんだったら、雷電ベースじゃないんですか?15年8月っていうと、零戦や新司偵は採用前後の改修中だわ一式陸攻は試作中だわで、全く新規の設計をしてる余裕なんかなかったはず…


でもね、この競作の発令時点で、雷電はまだモックアップすらできていないんです。そんな状況でバリエーション展開なんか考えてたら、ただでさえ遅れていた設計作業が終わらなくなっちゃいます。


…それはそうなんですが…時期的に設計陣のマンパワーが絶望的に足りなくないですか?それなのによくこんな変形機に手を出せたものだと思います。



さにあらず。変形機「だから」何とかなったんですよ。…この計画開始の2年くらい前になるんですが、フランスのニコラス=ペイヤン博士が、海軍と三菱に艦攻の設計プランを提案したことがあったんです。これはボツになったんですが、十五試水戦の常識外ともいえる要求を満たすのに必要なブレイクスルーとして、お蔵入りの設計案を引っ張り出した、というわけです。




なるほど。折よくフランスはドイツに降伏しちゃってたから、パクったと文句を言われても黙殺できるし、もし設計に詰まったらドイツから接収資料をもらうなりペイヤン博士を連れきてもらうなりすればいい。三菱もなかなか悪どいことをしますね(笑


…そんなに都合のいい話では(笑)…ドイツが接収を恐れてソ連経由での資料の送付を渋ったせいもあって、それなりに三菱オリジナルの要素がある機体なんです。空冷星型エンジン2基を向かい合わせにギア結合するバカはやめましたし、デルタ尾翼も無理に薄くせず、内翼前縁に燃料タンクが入るようにしてあります。


主翼は薄いんですね…フィレットとの境界部分で翼厚比10%っていうと、初期のジェット機並みです。翼端フロートを引込式にせず、主翼内に燃料タンクスペースを確保しつつ空力性能も稼ごうっていう発想は、九七司偵の経験からでしょうか。


ええ。尾翼の厚さ…といっても、翼厚比はフィレット部で8%、翼端で7%ぐらいしかないんですが…は、主翼の薄さと補い合う関係にあるんです。こちらは対称翼型ですから、水平飛行中はほとんど揚力を発生しなくて誘導抵抗もごく少ないから、面積の割に意外と空気抵抗にならない。


なるほど。だから20ミリ機関砲を搭載できるくらいに厚くしてもさほど性能上のデメリットはない…って、揚力を発生しないんじゃただのお荷物なんでは?



デルタ翼っていうのは、揚抗比こそ小さいですが、大迎角まで安定して揚力を発生できるんです。だから離着水時や機動時には主翼の揚力の不足を補うことができます。…まあ、表面積が増えるような真似はせずに素直にフラップ使えっていう話もありますが。


しかも、小さくて薄い主翼で揚力の多くを稼がなけゃならないから、強制的に高速巡航になって燃費の面では不利です。フロートにまで燃料を入れて過荷重状態にしないと要求どおりの1800kmを飛べないのも当然ですね…ところで、爆弾はどこに積むんですか?下手なところに積むと機関砲で爆弾を撃っちゃいそうです。


主翼下面後半、エルロンの内側です。操縦席と翼面との位置関係やフロートのせいで下方視界が悪いですから、基本的に緩降下爆撃をすることになりますね。空気抵抗が小さくて降下速度が高い機体ですが、引起こすとデルタ尾翼がブレーキになりつつ揚力を発生して過剰な頭上げを抑えるので投弾後の安全性が高い、と海軍向けの説明資料には書いてあります。


うわ。なんて眉唾な(笑)…ところで、要求仕様には局戦に転用できるようにとの記述があったはずですが、これって陸上機に改造できるようなものなんですか?



まあ、もとになったペイヤン博士の提案が艦攻だったわけですから、車輪のつけようはあるんですよ。ほら、このとおり。





…なんつーか、陸上機にしたとたん、盛りあがるところが全くないラインになりますね。…タイヤが妙に大きいので、飛行機というよりは…プロペラ走行の自動車みたいに見えます(笑)


タイヤの大きさは仕方ないんです。主翼が薄くて脚が入らないから、防火壁を基部にした一輪車式にせざるをえなくて、接地圧と着陸時の衝撃を吸収させるためには艦攻用の大直径タイヤを採用せざるをえなかったんです。


しかし、いくらタイヤが大きいからといっても、脚収納部のドアが大きするような…ダブルタイヤでもなさそうだし…



ああ、脚をそのまま後方に引き込むと、尾翼桁を支える胴体側フレームと干渉してしまうんですよ。そこで、主脚を90度ひねりながらタイヤを水平にして収納するんです。




うわ(笑)…それはそうと、十四試局戦と同時進行だからこっちの局戦型は適当にやっつけてもいいと思ったのか、フロートをなくしたのに垂直尾翼がそのままだったりして、考えた気配とかやる気とかが感じられないんですが。


いえいえとんでもない。当初はこんな姿だったんです。






なるほど…フロートを撤去したぶんズレた重心を合わせるために機首をちょこっと延長して、二重反転プロペラをつけて、垂直尾翼を小型化しただけみたいですね。応急的になら、これでいいんじゃないですか?



まあ、これがダメなんですよ。機首銃が垂直線から45度の整数倍の位置にないもんだから、2翅二重反転ペラと同調させると発射間隔が不均一になってはなはだ都合が悪い。そこで機首銃をなくして尾翼の20mmを4門にしたら、重心が後退したのでさらに機首を延長、これとバランスをとるのに垂直尾翼を元に戻して、さきほどの姿に落ち着いた。まあ、機首銃と弾倉のスペースを燃料タンクに回せたので、少しはフロート内タンクが使えなくなって激減した航続距離の埋め合わせにはなったんですけど。


なるほど。図らずも雷電と同様の武装変更になったわけですね。どのみち7.7mmでB-29なんか落とせませんが…ところで、局戦型の名称は、安直に「箭電」になったんでしょうか?


そのへんがよく分からないんです。音が十七試局戦の「閃電」とかぶるので避けたんじゃないかとは思いますが、開発の初期段階で「試製『箭風』改造局戦」と呼ばれていたという記録はあるものの、正式な呼称が決められた形跡はない。


はあ、音ですか…そもそも「せんぷう」と読ませるなら「旋風」でいいのに、どうしてこんな変わった字を使ったのかも疑問です。



ああ、それは分かってるんですよ。15年の6月にドイツ軍が接収したペイヤン博士の試作機の名前が"Flechair"っていうんですよ…弓矢の矢の意味ですね。それに因んでひとひねりした、というのが真相のようです。まあ、三菱でもオリジナルではないことを気にしてはいたんでしょうね。