「また中島の発動機か」。
海軍が正式に16試艦上戦闘機の要求性能を三菱に手渡したのは、16年の6月であった。前年8月に標準性能が定められており、その後海軍と三菱の間には、16試となるであろう艦上戦闘機の仕様に関しては、何度かやりとりがあった。このため、要求性能の概要は既に分かっていたが、12試に続いてまたも中島の発動機を指定されたことは、三菱技術陣にとって、愉快と言える出来事ではなかった。最も、三菱では1500馬力級発動機は金星の改良で可能と踏んでいたが、2000馬力超のMK9は未だめどが立っていなかった。従って、離昇出力1,800馬力のNK9Bの使用は、極めて現実的な案ではあったのだが。
海軍の示した要求事項は、個別に見るとさほど極端なものはなかったが、例によって全体としてみると非常に過酷なものであった。特に問題となりそうなのが、翼面荷重である。零式二号艦上戦闘機ですらが130kg/m2に達すると言うのに、遥かに強力かつ重い発動機を装備して150kg/m2を達成するには、相当に主翼面積を大きくする必要があるのは明らかであった。徹底的な軽量化を図った零戦の場合、急降下速度の不足および20mm機関銃の集弾性が問題になっていた。もともと20mmは対爆撃機用の武器として考えられていたのだが、中国戦線では対戦闘機戦闘が主であったため、低速で集弾性の悪い20mmは特にベテラン搭乗員には不評であった。
16試においては高初速の2号機銃の搭載が予定されているため、機体自体の堅牢化を図らねばならないことは必然であった。このため、機体重量はある程度増加されるを得ず、その重量に見合う大きな翼が要求される。しかし、大きな主翼は誘導抵抗の増加により速度の低下をもたらす。
これに対する三菱の回答は、薄型翼、それも層流翼の採用であった。翼圧比は14%としたが、これは陸軍のキ44の14.5%よりも薄く、同じ発動機を装備したキ84が16.5%としたことに比較すると、その薄さは際立っている。試作段階では20mm機関銃のドラム弾倉収納のため、主翼に「コブ」を作って処理していたが、量産型ではベルト弾倉が利用可能となったため、このコブはなくなった。
空母での運用を可能とするため、翼端約2.5mが折りたたみ式となっている。しかし特に横転性能の向上のために、大型の補助翼が求められた。このため、補助翼長は約3mあるものの、これは途中で分割せず、主翼のみを折り畳んでいる。主翼を内側に大きく折り畳むと補助翼が外に出っ張り邪魔かつ危険なため、折りたたみ角度95度で主翼は固定される。折りたたみ方式は油圧ではなく手動とした。
この補助翼は、離着陸時にはフラップとして動作する、フラッペロン方式を導入した。これらにより、揚力比1.8以上を実現でき、合成風速12m/sでの滑走距離80mを可能とした。
高速化に関しては、14試局地戦闘機で採用したプロペラ延長軸を16試艦戦でも採用した。これは空気抵抗削減の意味もあるが、同時に強制冷却ファンの採用による冷却機能の向上も念頭においたものである。三菱の発動機部門が誉の後段シリンダの冷却は不十分との見方を受けたものであった。
機体の平面形状は、14試局戦のような紡錘型とはせず、発動機部分が最も太く、そこから尾翼にかけて絞りこんである。このため、14試局戦と比べるともちろんだが、零戦と比較してもやや操縦席が狭く、一部で「疲れる」との評判を得てしまった。機体のなるべく太い部分に燃料をつめるように、操縦席全部に大型タンクを設置したため、操縦席は零戦と比べるとかなり後退した。それでも後部燃料タンクは細長いものとなり、後部タンクを満杯にした際に操縦性が悪くなるとの指摘があった。
風防は初期型では14試局戦と同じくレザーバック型とした。これは防弾板を装備したことと、プレキシグラスの透明度が十分でないため水滴型風防にしても、さほど視界の向上はないと判断されたためである。特に堀越技師が空力に優れるレザーバックを好んだことも大きい。しかしながら、前線の操縦士からは悪評であり、後期生産型(22型)では水滴型風防に改められることになった。
様々な試みを実施した割には、16試艦上戦闘機の開発は順調に進み、昭和18年末には正式採用され「A7M1疾風(しっぷう)」と呼称されることとなった。マリアナ沖海戦には第一航空戦隊の空母に搭載されて実戦に参加したが、期待したほどの戦果をあげることはできず、艦上機として活躍するには登場時期が遅すぎた。
主な量産機種は11型、発動機を離昇2000馬力の誉22型に換装した12型、風防を水滴型とし、主翼折りたたみ機構を廃止した22型がある。22型は翼面下に20mmまたは30mmのガンパックを装着し、本土防空戦で活躍した。
疾風11型の主な仕様
| 乗員 |
1人 |
| 全幅 |
12.5m(主翼折り畳み時7.5m) |
| 全長 |
10.8m |
| 全高 |
3.95m |
| 主翼面積 |
25.0m2 |
| 自重 |
2,875kg |
| 総重量 |
3,750kg |
| 発動機 |
中島・誉11型
空冷二重星型18気筒 離昇推力1,800hp *1 |
| プロペラ |
ハミルトン定速4翅、直径3.4m |
| 燃料 |
650+(300x2)l、メタノール:100l |
| 最大速度 |
640km/h(6,100m) |
| 巡航速度 |
390km/h(4,000m) |
| 着陸速度 |
過荷重にて合成風速12m/秒時80m |
| 上昇時間 |
6,000mまで5分30秒 |
| 上昇限度 |
11,000m |
| 航続距離 |
過荷2,400km |
| 武装 |
20mm x 2(主翼、各150発)
13mm x 2 (機首、各450発) |
| その他 |
300l増槽x2、または
250kg爆弾x2、または
500kg爆弾x1 |


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