中島一六試艦上戦闘機「旋風」

オレンジ旋風


諸元           
                     
全長       10.6m      
全幅       12.5m   
自重       3050kg   
正規全備重量  3980kg   
過加重     4670kg

翼面積      26.5平方m  
発動機      中島製NK9B
          空冷星型複列18気筒、離昇出力1,800hp  
プロペラ     3翅、直径3.90m  
最高速度    622km/h(高度6,000m)  
巡航速度    380km/h(高度3,000m)  
航続距離    約2040km(過加重)  
上昇力     5分40秒/6,000m  
武装       20mm×2、12.7mm×2
乗員       1名 

昭和16年6月、ついに飛行機設計の大本命ともいえる
次期艦上戦闘機の開発が発令された
これは、画期的なエンジンともいえる
中島製NK9B発動機が近々量産に入ることを受けて
かねてよりの懸案であった、零戦の後継機種を開発することが決定したのであった
これれに対し中島飛行機では、万全の体制でのぞんだ、
当時飛行機メーカーの中でも秀でた試作能力を誇った中島の中でも
特にそれぞれのスペシャリストを集結させた。

まず基本的な設計方針としては、要求性能を満たしつつも、極力機体は小さく軽く作ること
そして、世界水準の最高峰を目指すために、新技術、新機軸を積極的に取り入れる。
これまでの、常識に囚われすぎず、またこれまで積み上げてきた、経験をフル活用できるよう
柔軟な発想を持つように、若手もかなり起用した。

しかし、今回の要求性能については、基礎的な推算を終えた時点で
厳しさが、より明確になってきた。
まずは、諸性能を満たした上での翼面加重150という数字は
設計者を大いに悩ませた
特に陸上機と違い、艦上機、特に戦闘機は、空母上の最前列から発艦する必要上
その位は必要、ともすれば不足ともいえるのだが
速度性能をかんがみると、むやみに大きくは出来ない
、これまで以上の空力の洗練と、何か、もう一工夫が必要であった。

そもそも中島では、胴体についても燃料の搭載量は確保しつつ
極力細くすることとしていた
これは、三菱等の胴体の40%付近に最大断面部を持った紡錘形の胴体よりも
表面積が減少するので有利だという考えに基ずいている。

主翼面積は26.5uとしたが、正面面積をおさえるため
アスペクト比を5.9とした。
それにより、全幅は12メートルとなり、主翼の折りたたみは必要なかった。
翼形はこれまでの経験上Kシリーズが採用された。

重量の上で頭の痛い問題は、燃料であった。
ただし今回、過荷重航続力だけが指定されており、全備の指定がないので
主翼の外側の燃料タンクは翼内増層として扱い
全備重量には、計上しないこととした。
これにより、700?(525約kg)が、差し引かれることとなった。
しかし過荷重時の離陸には不安があるので、ファウラーフラップと前縁にスラット
きわめつきは、補助翼のエルロンフラップを採用した。

そして、全てを解決するために
プロペラについては、前代未聞、全くもって巨大な
直径3.9メートルのものが採用されることとなった。(経緯については、詳しくは述べる誌面が無いが)
プロペラの径に振り回されて、さまざまなアプローチを試みたが
なかなか妙案が出ず、結局、固定脚時代に、良く使われたいわゆる、逆ガル翼が採用され、これにより、
長大な脚が、燃料スペースを圧迫することも無く
すんなりと大直径のプロペラを装着できた。

数々の冒険を試みたが設計はスムーズに進み、昭和17年七月には試作一号機が完成した。
大馬力小口径、の理想的なエンジンと、そのパワーをしっかりと受け止める
巨大プロペラ、その効率を最大限に生かすために、シェイプされ軽量化されつつも
しっかりとした胴体、それらがミックスされた結果
試作機は、テストで時速632km6000mまでの上昇時間実に5分40秒などを出し
海軍当局を大変喜ばせた、心配された失速特性の悪さは、評価としてはまづまづとされ
着陸、視界については良好、全体として、非常に優秀ということであった。
そして、直ぐに正式採用が決定され
中島十六試艦上戦闘機「旋風一一型」として、量産が開始された
量産に当たっては、戦訓による防弾の追加他による重量増加があったものの
排気管を単排気推力式とすることでカバーして。
量産機においても、622kmの速度を維持することができた。

もうそれからというもの、海軍戦闘機は全て「旋風」一色といっても過言ではなかった。
まず、発動機をパワーアップした誉二十二型装備の速度向上タイプの二一型
それをベースに高揚力装置を取り除き、武装強化を施した局地戦闘機
終戦近くになっては、排気タービンを装着したものも出現した。
あまりにも、卓越した性能ゆえ他の飛行機メーカーの自主企画さえも単発戦闘機については
全く中止となり、「全ては旋風に」をスローガンに、大量生産が行われた。

この新型機出現に慌てたのは米軍だけではなかった。
日本の陸軍も同じ中島に対して、非公式に陸軍仕様にした場合を打診していた。

実戦においても、ようやく零戦に対する対処法を確立しつつあった米軍は
新型機の高性能ぶりに目を見張った。
また、これまでの戦法が通用しないことも直ぐにわかり
凍りついた。

しかし、一時期は確実に太平洋の制空権を奪取する働きを見せたが。
やがて、戦時粗製濫造などによる
トラブルの発生が、熟練搭乗者の不足とあいまって
活躍の場を徐々に失う結果となっていった。

どうも、ご無沙汰しております。
さて今回は、なんとも魅力的なお題で
張り切って早く書き始めたつもりが気がつけば、締め切り直前
テキストは遅刻しました、
考え考え、彩雲をたたき台にコルセアを横目で眺め
流星のプラモデル片手に描きあげましたがいかがでしょうか?
気がつけば、疾風にクリソツ(w
思ったのですが、烈風は三菱だったから、完成しなかったんだなあと
つくづく思いました。





    




アム○行きマース