鉄道省高速列車輸送船改案・揚陸艦「三笠丸」

鉄道省コラボの和製LST


詳細
全長:138.6m
全幅:15.85m
基準排水量:3286t
積載貨物量:一隻辺り人員1600人、チハ車22両を同時に積載可能
機関:艦本式二号十型複動ディーゼル機関2機2軸
出力:12400hp
最大速力:19.5kt
航続距離:最大積載時16ノットで5300浬
武装:8cm単装高角砲2門、水中爆雷
乗員:125名
同型船:夕張丸、歌志内丸、赤平丸、美唄丸

元々この船は昭和14年、鉄道省青函航路の高速列車輸送船・第四青函丸として設計された船で、青函航路では初となるディーゼル推進・
前積み方式であり、従来の列車輸送船より多くの両数を運べる設計になっていた。
しかし、鉄道省の財政問題などから第四青函丸は建造延期、さらに船型も第三青函丸と同系のものとされ、この列車輸送船の設計図は一
度は闇に葬られた。
そこに舞い込んだのが日本陸軍の揚陸艦要求の知らせだった。
この船を建造するはずだった浦賀ドッグは急遽この船を強襲揚陸艦に再設計すべく、設計者である鉄道省の吉沢幸雄技官を呼び寄せた。
元が列車輸送船である。強襲揚陸艦としての設計図は元々の設計図に多少の修正と簡略化を加えるだけで終了。昭和14年4月下旬には浦
賀と函館と横浜の三ドッグで5隻の建造がスタートした。
最初の構想ではB&W社の最新鋭ディーゼルを積む予定だったが、外交上の問題で断念せざるを得なくなり、替わりに伊15型潜水艦と同型の
艦本式ディーゼルが搭載され、航続性能も最大積載状態で門司〜昭南間の往復が出来るほどであった。
武装も元々が小規模な非武装商船である為あまり大型の砲は積めず、妥協案で8サンチ単装高角砲を前後一門ずつ積む事となった。
船名は全て北海道の産炭地から名づけられ、第一船の三笠丸は昭和15年8月に完成。相次いで第二船夕張丸、第四船赤平丸、少し送
れて第三船美唄丸、最後の第五船歌志内丸は開戦直前の昭和16年10月に完成した。
吉沢技官の設計が良かったのか全船ともに試験航行の成績は優秀であり、特に三笠丸は昭和16年2月、青森〜函館間でチハ車21両を
輸送する為、冬の津軽海峡の時化の真っ只中を横断。多少の遅れはあったものの何事も無く渡りきったのだった。


ちなみにこの船はモデラーズステーション白い船のW型戦時標準船の項の挿絵を参考にしています。