コールゲンMk3輸送機



1938年6月・英航空省要求が発令された時ゼネラルエアクラフトのフレディーコールゲンは心の中で、「待ってました!」と歓声を上げた

これなら、私の努力もきっと報われる、そう思ったのである
それは、数ヶ月前、社内における「自主開発機コンペ」でかれの提案した、襲撃グライダーは、ことごとく審査員の不評を買いものの見事に落選、しかもあまりに、先進的(?)かつ欲張りな発想が嘲笑の的となってしまったのだ。

空挺降下に使えて、荒地での使用にも耐える、胴体下面の固定脚
トラックを自走して積み込める、ローディングランプ
室内高を最大限に生かすため突出した操縦席、それら全てが口撃の対象になった
「お前はこれを何処に売るつもりなのだ?少なくとも大英帝国にパラシュートで降下する兵士はいないぞ…」

しかし航空省要求は、あまりにもコールゲンの発想に酷似したものであったので会社の首脳陣も驚きを隠せなかった。

「実はエンヂン付きの試案もあるのです」こう言って彼はグライダーにそのまま空冷エンジンをつけた設計図を取り出した

構造的に特筆すべきは、鋼管トラス構造をメインに、木製、帆布張りで外形を作り
尾翼は全木製で、戦略物資を必要とせず
なをかつ、航空機工場の熟練した技術を煩わすことなく、非常時の大量生産のためなら家具工場など他の産業の工場で、素人の工員を使ってでも生産できるようにしてあった
これは、コールゲンのこだわりで、島国にとって物資の欠乏が、いかに致命的かを、幼少時代過ごした事のある日本人の旧友から嫌と言うほど、聞かされていたからであった。

元がグライダーなので、当然アスペクト比の大きな細長い主翼を装備している。
これは、翼幅加重がペイロードに大きく影響するので、動力化するに当たっても特に変更は加えられなかった

しかし空気抵抗の大きな機体と、初期に装備したマーキュリーエンジンの馬力の低さのため最高速度は298kmしか出せなかった。
その他の性能においては、おおむね要求性能を満たすことができたがこのMK2は60機ほどが生産されたに過ぎなかった。

大戦が勃発し、アメリカから輸入された、プラット&ホイットニー社製R-1830 1,200hpを装備したMk3が生産され始めると航続性能は若干低下したものの、速度は363kmとなり、当初の要求性能をおおむね満たすことができた。
Mk3は約2000機あまりも生産され、連合国兵士の間ではそのユーモラスな外観から「コルゲン、フロッグ」と言う愛称で親しまれた

操縦性能は、素直であったが、独創的なコックピット配置のため、風向きによっては正副両方のパイロットがお互いの、キャビン内のマイクからの音声を頼りに着陸しなくてはならず、チームワークのよさが求められた。
後に、ペリスコープを装備したものも若干製作された。

戦後十数年を過ぎて復興の兆しの見え始めた日本、製薬会社の取締役になっていた友人が「いいものを見せたい、是非来日してくれ」
との連絡に、大喜びで来日した彼が見せられたものは…
お前の偉業を讃えて、わが社のマスコットにしたよ、そこにはコルゲンのケロちゃんが立っていた。「これが本当のコルゲンフロッグだぜ」
「寒すぎる親父ギャグだな…」そういったコルーゲンの言葉とは裏腹に、彼の胸はとても熱く、頬を伝う涙を、とめることができなかった。

全長 17.72m
全幅 28.00m
最高速度 363km/h
航続距離 1,200〜3,500km
乗員数 4〜5名
 武装  7.7mm×2