池貝自動車の技術陣は装甲兵員輸送車の要求仕様に目を通して一様に首を傾げた。
この要求仕様は数年来「東京自動車工業株式会社日野製作所」において試作・運用試験が続けられていた装
甲兵車とあまりにも似通ったものだった。東京自動車の装甲兵車は兵器本部からの「自動車に準じた運用の
簡便さ」に応じた半装軌式と実戦部隊からの「不整地での走破性の重視」に応じた全装軌式の2車種で試作
が進められていた。
性能的には何れも甲乙つけ難く今年中にも両方の型式が制式化されるとの噂まで流れていた。
「この時期になぜ似たような要求仕様が出されたのか、
それが判れば池貝にもまだチャンスがあると言うことだ。」
池貝の技術陣は陸軍からの要求仕様と東京自動車が試作中の装甲兵車の仕様の分析を開始した。
陸軍は元来、火力を持たない車両を軽視する傾向がある。また軽車両であっても過大な火力の搭載を要求さ
れるのは既に九七式軽装甲車で経験済みである。試作中の車両は何れも火力を持たない補助的な輸送車両に
徹しており主戦力と成り得るものにはなっていない。勿論トラックのように安価なものであれば輸送車両と
して割り切って使えるのだが試作中の装甲兵車は何れも大型で高価なものとなっておりこの価格であれば火
力を備えた戦闘車両を増強したいとの実戦部隊の思惑が垣間見てくる。ただし輸送車両の必要性が低い訳で
はなく兵器本部等からの強い要望により東京自動車の試作が進められていることも否めない事実である。
今回の制式を得るためには戦闘車両としての機能と輸送車両としての機能の両方を備えた安価な車両を提案
できれば良いことになるが、東京自動車は既に数年は先行していることになるので噂通り制式が決まってか
らでは追加で制式を受けても受注台数は見込めない。
従って短期間で実車を製作し日野の制式化を阻止する必要も出てくる。
「要するに早くて安くて上手(うま)いものを作れば良いってことですか・・・」
この難問を買って出たのは吉野だった。
吉野は夏までに1号車を製作すべく設計に着手した。
全体的には既に実績のある九八式装甲運搬車(ソダ)を延長するものとして徹底したコストダウンを行った。
・懸架装置はコイルスプリングによる独立懸架式とし部品の共通化を図った。
・曲線部は極力無くし形状の単純化を図った。
・発動機は若干馬力の大きい百式統制型とした。
もっとも問題となったのは戦闘車両と輸送車両の両立であった。火力の搭載と兵員の搭乗は全く反比例の関
係にあり両立するためには日野の装甲兵車を上回るサイズと価格になることは明らかであった。
また戦闘車両としての性格を確固たるものにするためには搭載する火力は自衛的なものではなく攻撃的なも
のとする必要があった。
吉野はこの矛盾を打開する方策として歩兵連隊が保有する火砲を搭載する機構を車体に設けることを考えた。
この機構は火砲の車輪を外し車軸を車体に固定する単純な構造のもので下記の砲を搭載可能とした。
【車軸で固定する火砲】
四一式75mm山砲(連隊砲)
九四式37mm砲(速射砲)
九二式70mm歩兵砲(大隊砲)
九八式20mm高射機関砲
当初単一の機構で全ての火砲を搭載することを検討したが車軸部形状が大幅に異なるため個別の機構とした。
またこの機構により兵員輸送車としての乗心地が大幅に損なわれるため火砲を搭載しない場合には車軸結合
部を取外せるようにした。
この他に自動砲及び機関銃等を固定する機構を車体上部に設けることにより連隊が保有する火砲の大部分を
搭載できるものとした。
【車体上部に固定する火砲】
九七式20mm自動砲
九二式7.7mm重機関銃
九七式7.7mm軽機関銃

【搭載の手順;連隊砲の場合】
・搭載機構を車体に取り付ける。
・連隊砲を駄載の要領で解体する。
・車軸及び前砲架を搭載機構に固定する。
・遥架、托架、砲身、防盾の順で車体上で組み立てる
・座席上に横板を渡し操砲床とする。
・車輪、後砲架など不要な部品を床下に収納する。
自動砲及び機関銃は立ち射ちとなるので床は使用しない。
厳密な意味では火力を備えているとは言い難いが結果的には連隊保有の火力に機動力を与えることにより連
隊の戦闘力を引き上げる効果が見込まれた。
吉野は8月には試製一式装甲運搬車として実車を完成し1ヶ月間の試走と改修の後に9月中旬に陸軍関係者
に公開した。
<< 要目 >>
全長 4690mm
全幅 1920mm
全高 1610mm
1940mm(連隊砲搭載時)
地上高 350mm
接地長 2980mm
履帯幅 200mm
車両重量 4.95t
5.68t(連隊砲搭載時 弾薬36発を含む)
発動機 統制型百式空冷直列4気筒ディーゼル
排気量 7200cc
出力 80hp/2000rpm
燃料容量 140リットル
最高速度 40km/h
航続距離 280km
登坂力 1/2
超壕力 2.0m
渡渉水深 0.8m
回転半径 信地
装甲
前面 12mm
側面 10mm
上面 6mm
後面 6mm
床面 4mm
乗員(兵員輸送時)
操縦員 2名
兵員 10名
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四一式75mm山砲 《参考》
砲口径 75mm
砲身長 1300mm
重量 540kg
初速 360m/sec
最大射程 6300m
射界 −8° 〜+25°
方向射界 −2.5°〜+ 3.5°
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