神無月


画:天城氏
艦種一等駆逐艦
艦名神無月
完成年1941
排水量 N:常備 S:基準 T:公試 T:英トン(1.016メートルトン) t:メートルトンT 1350tS 1050T
長さ(垂線間長)WL:水線長88.7m WL 93.0m
幅(水線最大幅)UW:水線下最大値9.00m
平均吃水3.26 m
主罐ロ号艦本式 X 2
主機械艦本式オールギアードタービン X 2
軸数2
機関出力(HP)19000
速力(Kn)29.0
航続距離(Kn-Miles)18-3800
燃料搭載量 C:石炭 O:重油(t)O:430
乗員200
備砲(cm/口径長) AAG:高角砲 MG:機銃 I,II,III,IV:単装,連装,三連,四連12.7/40 II AAG X2, 2.5 III MG X 4
魚雷発射管(cmX)なし
爆雷九四式爆雷投射器 X 3
航空機なし
射出機なし
備考新造時


南方よりの資源を輸送する船団の護衛の為に建造された駆逐艦。
船団護衛の必要性の認識はあったものの、まだまだその重要性を軽く見ていた海軍において「そんな船には予算をかけられない」という風潮にあって「出来る限り安く作る」という基本方針が打ち出された。
このことはこの船においてはプラスに働く事となった。
「安く作る為」と称して排水量を1000t程度とかぎられる事により無駄な兵装を一切省き、「船さえ存在すればよい、強度などはそれほど求めない」という、一見すると乱暴な扱いは大量生産の為に大きな礎となり、当時はまだ実験段階とも言える新技術の「ブロック工法」や「溶接」の多用した為に同クラスの海防艦よりも工数を減らす事に成功、「安い」「早い」という大量生産が命の「護衛艦」にあって非常な好条件のもとに計画、建造されていったのが本級である。
結果として生まれた艦は非常にシンプルかつ柔軟性に富んだ艦となっていた。
「少しでもやすく、簡単に」という方針の為、船体自体は極めて単純な構造とされ、武装も主任務である対潜戦闘をそれなりにこなせるだけのものとされ、後は自艦防衛用の申しわけ程度の対空兵装に押さえられる結果となった。
ただし…この艦がもともと「駆逐艦」である以上、ある程度の対艦攻撃力は必要であるという大艦巨砲主義者の意見もあり、始めは魚雷の搭載も検討された。しかし、半分「やぶれかぶれの姿勢」で計画された本級には極めて珍しい経緯で特殊兵装が施される事となった。
陸軍が開発した「携帯用大型ロケット弾」の艦載化である。
通常の認識からすると、海軍艦艇に陸軍の兵器が搭載される事は絶対にありえない事である。しかしその兵器のある特徴により事情は変わった…弾体が戦艦の主砲弾並みの大きさがあったのである。
これに目を付けた海軍の一部の者達が、その頃から知られていた「ノイマン効果」と組合せて強力な対艦兵装となるのではないだろうかと考えたのである。
かくして生まれた兵器はさらに奇怪な使用法をされる事となる…ロケット弾を水平発射、水面を跳ねさせて敵艦の装甲に穴を空けるというのである。
ともとも「跳反爆撃」として知られていた攻撃方法の応用でもあり、ノイマン効果との組み合わせにより絶大な効果が得られる…と考えた楽観主義者達が「跳躍砲」の名前でこの兵器を採用、本艦に搭載される事となった。
…無論、このような奇想兵器がまともに働いたかどうかは…推して知るべしであった。
しかし、前線においては「跳躍砲」を取り外して機銃などの増載を施すなどのカスタマイズか公然と行われる事となったのであるが、もしも魚雷を搭載していたとなるとこれほど簡単にカスタマイズする事は難しく、この艦が後にその任務に対する柔軟性で有名となることはありえなかったであろう。
本級は「手っ取り早く戦力になる」という理由で終戦まで建造が続けられていたが、その中にはレーダーピケット艦や対空特化型等の多くの派生型を生む事となっていった。
終戦後には残っていた多くの同型艦は賠償艦として連合国各国に散っていったが、それでも一部は日本に残り掃海作業用として活躍、後の海上自衛隊の掃海能力に大きく貢献した。