独逸第三帝国海軍航空母艦「フェルト=フォン=ローゼンベルグ」

フェルト=フォン=ローゼンベルグ
画:かDo氏

諸元
全長・・・348.0m
全幅・・・38.7m
排水量・・・42,000t(基準),58,700t(満載)
最大速力・・・32.5kt
機関出力・・・―――
乗員・・・2,200名
武装・・・10.5cm高角砲連装10基,40o対空機関砲連装28基
     20o機関砲単装14基
搭載機数・・・78機(他に補用2機)
同型艦・・・「ライツォ=グラーフ=チリアクス」


 満を期して「グラーフ=ツェッペリン」型の建造を開始した独逸海軍であったが,戦力的にはまだ不足していた。暫定的に「アドミラル=ヒッパー」型重巡洋艦の三番艦であった「ザイドリッツ」を改装空母として竣工させたが,戦力として使用するにはやはり能力的に不足していた。
 しかし,独逸がそんな状況の中を右往左往している間にも,イギリスは着々と航空戦力の補充を進めていた。そこで,独逸海軍は新たに空母を建造する事にした。建造期間の短縮を図るべく,艦型は先の「グラーフ=ツェッペリン」型を拡大発展させるという手法を使う事になった。そして,建造期間短縮の為構造は極力シンプルに設計された。
 「V」「W」と仮称された2隻の空母は,1940年7月から建造が開始され,1943年4月に完成した。艦名は,「V」の方が「フェルト=フォン=ローゼンベルグ」,「W」の方が「ライツォ=グラーフ=チリアクス」であった。
 この2隻は完成後,先に完成していた「グラーフ=ツェッペリン」型2隻と「ザイドリッツ」の改装空母「ヴェーザー」と共に,独逸海軍初の航空艦隊の基幹戦力となった。しかし,既に時遅く,独逸海軍は主力である戦艦「ビスマルク」を撃沈され,兵達のモラルは地にまで落ちていた。
 この状況を憂慮した独逸海軍首脳部は,1944年に独逸海軍の最後の意地を見せるべく,連合軍艦隊への突入作戦「シュツルム・ダッシュ」を発令した。参加艦艇は以下の通りである。
「シュツルム・ダッシュ」作戦参加艦艇
 航空母艦「フェルト=フォン=ローゼンベルグ」級2隻,「グラーフ=ツェッペリン」型2隻, 「ヴェーザー」
 戦艦「ティルピッツ」「グナイゼナウ」「シェレージェン」
 ポケット戦艦「リュッツオウ」「アドミラル=シェア―」
 重巡「アドミラル=ヒッパー」「ライプチヒ」「ニュルンベルグ」
 駆逐艦26隻
 1944年3月4日,独逸最後の大海艦隊は,連合国艦隊に対し,最後の突撃を敢行せんとしていた。しかし,連合国側は事前にそれを察知しており,航空隊を差し向けてきたのである。迎え撃つ独逸海軍航空隊は,かなりの被害を出しながらも善戦,なんとかそれを撃退した。そして,独逸艦隊は連合国艦隊へと突撃した。しかし,彼我の戦力差は余りにも大きく,連合空側にある程度の損害を与えたものの,突入した戦艦以下37隻は奮闘空しく全艦沈没した。
 その後,残った独逸航空艦隊にも連合国側の航空隊約1,600機が襲い掛かった。独逸艦隊側も残存機を全て発艦させ必死に応戦したものの,その圧倒的な数の差に呑み込まれてしまった。そして,旗艦「フェルト=フォン=ローゼンベルグ」以下5隻の航空母艦は,全て北海の海の中へと消えていったのである。
 「シュツルム・ダッシュ」作戦で事実上全ての水上戦闘艦艇を失った独逸海軍は,この時事実上崩壊した。





☆製作者コメント★

 独逸空母・・・やっばり「ツェッペリン」で艦型がほぼ完成されているよなー。
 この「ローゼンベルグ」,「ツェッペリン」の発展型ですが,実際に存在してたら独逸海軍の航空思想も少しは変わっていたかも・・・と思う今日この頃です。(甚八)


◎作画者コメント●

 ↑ふん・・・エラソーにほざきおって・・・>甚八
 あ,ども。作画者のかDoです。
 「フェルト=フォン=ローゼンベルグ」級です。なかなかうまくまとまったと思います(作画的には)。何処が「ツェッペリン」なのかは疑問ですけど。
 じつは,甚八が提案した独逸空母はもう1隻存在します。その2つの内,私が好きな方を選んだ,という訳ですが・・・
 没にした方,全長が600メートルを超えています。そして結末が物凄い・・・ま,じき火葬艦にでも投稿します。
 それでは〜〜。

製作者:(財)郷研聯盟ゴムサンダル工業会雑務長 甚八
作画者:(財)郷研聯盟ゴムサンダル工業会会長 かDo