巡洋戦艦「生駒」

生駒

巡洋戦艦「生駒」 <竣工時の要目>
全長・・・・・・・・・・・・・248m
全幅・・・・・・・・・・・・・34.5m
排水量(基準)・・・・・34500t
速力・・・・・・・・・・・・・30kt
出力・・・・・・・・・・・・・145,000hp
航続距離・・・・・・・・・18ktで12000浬

主砲・・・・・・・・・・・・・14インチ3連装4基
副砲・・・・・・・・・・・・・14センチ単装16基
高角砲・・・・・・・・・・・12.7センチ連装6基
機銃・・・・・・・・・・・・・25ミリ3連装10基
             13ミリ連装2基
航空機・・・・・・・・・・・水偵3基

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<歴史的背景>

老朽化が目立ってきた金剛級の代艦として計画された艦である。 海軍の要求としては、

1、金剛級と同等、または高速であること。
2,扶桑及び伊勢級より砲撃力が優れていること。
3,今後、増加するであろう航空機の驚異に対処するため、対空兵装を 充実させること。

の3点であった。
そこで生駒級は当初、速力30kt、40センチ連装6基を搭載する 予定だったが、計画中に軍縮条約が締結され、現段階の設計では 重量と主砲口径の点で、条約違反となることがわかった。
そこで、速力は計画の通りとし、砲撃力を伊勢と同等とすることで 基準排水量を制限内に収めたのである。
ちなみに、主砲がインチ表示となっているのは、条約の影響である。

こうして、1938年12月24日、呉工廠にて生駒は竣工したのである。

<生駒級の特長>

本級の艦橋は、当時の日本艦によく見られる背の高いものであるが、 他の艦より一層頑丈なもので、急降下爆撃機の500kg爆弾にも 耐えられるものであった。
煙突も夕張で実績のあった傾斜煙突にし、艦橋への排煙の影響を 防いでいる。
ちなみに、本級の艦橋のデザインは後の大和級にも影響を与えた。

対空砲は当時の軍艦が標準的に装備していた40口径12.7サンチ 連装砲を搭載していたが、対空力の増強の観点から、当時の 日本のどの戦艦よりも多い6基を装備し、竣工当時には、 日本の戦艦中、もっとも対空力の優れた艦となった。

副砲には伊勢級と同じ14センチ単装砲を装備し、人力装填による、 発射速度の低下を防いでいる。

本級の速力は、当時の列強の戦艦中最高レベルのものであり、 金剛級が改装で30ktを出すまでは、日本海軍中最速を誇っていた。

<生駒の戦歴>
金剛級の代艦として計画された生駒級であったが、竣工する数年前 からアメリカとの仲が険悪になり、廃艦の予定だった金剛級は、 そのまま高速戦艦としての改装をうけることとなる。

生駒の初陣は、1941年12月8日、比叡、霧島と組んで真珠湾を 夜間砲撃、敵航空機82機を破壊し、滑走路を使用不能にするなどの 大損害を与え、後の航空機による攻撃を支援した。

その後生駒は常に機動部隊と行動を共にし、ミッドウェイ海戦でも、 赤城と蒼龍を守り抜くなどの活躍を見せるが、後の第二次ソロモン 海戦の際、敵空母艦載機の雷撃をうけ大破し、修理のため内地に 戻っている。

修理の済んだ生駒は、レーダー射撃装置を追加し、また、艦橋基部に 40口径12.7サンチ連装高角砲を1基強化してレイテ沖海戦に参加、 瑞鶴と共に囮となり善戦するも、機関室に魚雷をうけ航行不能となり 味方駆逐艦の若月と桑の魚雷により、1944年10月25日に、その姿を 海中に沈めたのである。

この戦歴は、生駒が建造されていたら、「こんな風になるんかな〜」 というものなので、「まだ採用されてないじゃん」とか、 あまり深く考えないで下さい(笑)

<生駒級同型艦>
生駒には、3隻の同型艦がある。

・鷲羽・・・・・・1939年1月9日 長崎三菱造船所で竣工

・大山・・・・・・1939年3月15日 神戸川崎造船所で竣工

・大霧・・・・・・1939年4月8日 横須賀工廠で竣工
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ども、あ〜るです。
今回は歴史的背景や、戦歴も書いてみました。
戦歴を書きながらあーでもないこーでもないを繰り返しましたので、 もしかするとどっかで設定を間違えているかもしれません(爆) 画の方は前に描いた「胆振」から一部の部品を持ってきているので、 少々縮尺で嘘をついていますが、勘弁したってください。

しかし、文章が長い・・・・