Bv140 艦上戦闘機
1937年。ヒトラーは大規模な領土拡大計画を練り上げていた。ポーランド電撃占領、
ベルギーからのマジノ線突破、北欧侵攻計画。それらを実現させるためには、空軍の力
が必要であることは明白だった。だが、北欧はドイツから見ると地続きではない。空軍は
必要にして十分な戦闘機、Me109を持っていたが、陸軍による飛行場占領の成算が立たない
条件では、北欧作戦を行うにあまりに航続が不足していた。

ヒトラーはすぐにゲーリングに命じた。北欧作戦に対応できる戦闘機の開発を。

こうして、1937年、空母グラーフ・ツェッペリン用の艦上戦闘機の競争試作命令が
発令される。

中型機から大型機にかけて確固たる足場を築き上げたブローム・ウント・フォスも、
この競争に名乗りをあげた。


 Me109の大成功に倣い、できる限り強力なエンジンに対し、できる限り小型の機体で いくことがベースとされた。  当時最強のエンジン、BMW801が選定されたのは当然だろう。  だが一方で、標準1500kmもの長大な航続をどう満足させるかが大きな課題だった。  もう一つは、徹底した抵抗の排除であった。片持式層流翼は尾翼にまで徹底されたが、 エンジンの馬力がそれなりにあったために効果は薄かったとされている。  一つは、エンジン直径そのままの太さを機尾付近まで保ち、できる限りの内容積を 確保しつつ、抵抗の増加を抑えるという工夫がなされた。これで少しでも多くの燃料を 積もうという腹である。  ただ、このときにフォークト博士の持っていた歯車計算機が故障していた(歯車の歯が 3本折れていた)のが不運の始まりであった。その計算機は1500kmの航続距離を満たす のに必要な燃料は1000Lとはじき出したのである。  これは、Me109のおよそ2.4倍にもなる。  無論、そんなことあってたまるかと再計算を繰り返したのだが、結果は変わらなかった。 (あたりまえだ)  しかし、それをどうやって小さい胴体に押し込めばいいのだろうか?  通常どおりのコクピットにしたのでは、空いたスペースは後部胴体しかなくなる。  しかし、後部胴体に燃料タンクのような重量変化の大きいものを積むわけにはいかない。  結論としては、コクピットをどこかにずらすしかない。何処に?後ろでは着艦時に 前下方視界が損なわれてしまう。横?空力的アンバランスが戦闘機動を妨げないのだ ろうか?下に置けば着艦時の視界は最高であるが、胴体着陸=即死になってしまう。 前にはエンジンがある。  最後に行きついたのは、上であった。パイロットには伏臥式に搭乗してもらう。  その下には防漏タンクに入った1000Lの燃料がある。この大容量は試験飛行において 2000kmの無補給飛行という記録を生んでしまった。また、伏臥式コクピットにすることで、 通常形式よりも視点を前方に出せた。結果として着艦時の視界も改善されている。  機銃の設置も凝ったものになっている。「優れた運動性を持つこと」との一文に過剰 反応したせいか、胴体の重心に近い個所にバルジを設けそこに機関砲を設置している。  バルジの追加による速度の低下はほとんど無かった。BMW801の大馬力は、ささいな 抵抗増加で目立った速度低下を起こさせなかった。  銃砲を翼内に設置した機体より、翼が軽くアスペクトが小さいことで、BV140の横転 性能は競争試作のどの機体よりも優っていた。全幅10mを切る短い主翼は強度を考えただけ でなく、折りたたむ必要が無い為艦上での取り扱いにも好影響を与えた。  武装は20mm砲のみ。  胴体内に置かれるため、弾倉の思い切った大型化が図れた。  弾のスペースの無い他の機体はせいぜい1丁あたり100発がいいところだったが、 この機体はなんと1丁あたり400発を搭載可能となった。 その結果、航続力・運動性だけでなく火力においても圧倒的な優位にある。 BV140三面図
諸元 全長8.8m 全幅9.2m 全高4.2m 最大速度 642km/h 巡航速度 410km/h 武装 20mm×4 航続距離 2000km 爆弾搭載量 120kg×2 エンジンBMW801A, 1600hp
 あとがき  原案のAr197ではかなり胃袋さんにつっこまれました。その修正案がこいつです。  さあみなさん、笑ってくれぇ!!(爆)  でもこいつ、結構使い道ありそう。陸上機ならタンクを上半分だけにして、下半分を 爆弾倉や担架を入れるスペースにするとかできますからね。小型でも容積の大きい胴体、 優れた運動性・・・・、はっ!俺はモスキートの単発版を作ろうとしていたのか?(爆)  弱点としては着艦速度が高くなりそうなことでしょうか?発艦はパワーで押し切れ るでしょうが・・・。