米陸軍重爆撃機 マーチン「XB−28」

XB−28

 1939年9月,ヨーロッパで第二次世界大戦の幕がきって落とされたのを見た米陸軍は、 「アメリカ参戦」という、まさかの事態に備えるべく、主力となる次期大型爆撃機の開発を 開始する決定を下すにいたった。
 指定されたメーカーは、爆撃機の経験がありながら、当時、比較的余力のあった マーチンとダグラスの2社であった。

 マーチン社は、当時、B−26が軍から正式発注を獲得していた。しかも、試作機なしの いきなりの量産期発注であった。
 このことが、マーチン社をある意味の暴走に掻きたて、XB−28では(さすがに大型爆撃機 のため、試作機からの発注であった)、これでもかというほどの斬新なデザインが採用されて しまった。
 まず、最大の特徴は、そのエンジンと配置方法であった。陸軍が多大な期待を寄せ、 ライカミングなどに対しても発注を行っていた、高さを低く押さえることにより、 エンジン本体を主翼内に収めて著しく空気抵抗を減らそうと考えた一連の水平対抗エンジンから、 最も強力なP&W社のX−1800を採用し、これを本当に主翼内に収めてしまうという デザインを採用したのであった。
 次に、胴体を、徹底的に抵抗を減らす目的から、重爆撃機でありながら可能な限り細いものとした。 これは、尾部に銃座を設置するのが不可能なほどであったが、胴体上下に4箇所の銃座を 配置してこれをカバーすることとした。
 これらのデザインを採用した案をデザイナーから提示されたマーチン社社長は、そのとき、 口元に笑みを浮かべ、したり顔で頷いたという。

 試作一号機は、1941年4月に初飛行に成功した。徹底したデザインのおかげで、 初期のテスト段階で要求値の380マイルの最大速度を軽くクリア、ついに3ヶ月後には、 重爆撃機としては驚異的な、400マイル(644q/h)突破したのである(最終的に 405マイルを記録)。

 しかし、そのために払った代償はあまりにも大きすぎた。
 まず、テスト段階をいくらも出ていないX−1800エンジンからトラブルが続出した。 シリンダー、クランクシャフトの焼きつきは日常茶飯事で、その他、深刻な冷却不足に、 2段過給器の不調も手伝い、試験飛行は遅々として進まなかった。冷却不足は、 両エンジンのプロペラシャフト間に配置したラジエータの開口部面積を広げることで対応 できたが、その他の問題については、なかなか解消されなかった。
 また、極度に細い胴体のため、乗員の移動もままならないほどの窮屈な機内スペース となり、これが全テストパイロットの反感を買った。この細い胴体は、同時に、 爆弾搭載に汎用性を欠くという有り様で、2000ポンド(907s)爆弾搭載時にしか、 要求値の10,000ポンド(4,536s)を超えられなかった。
 また、翼内にエンジンを配置した関係から、燃料スペースが不足し、胴体の爆弾倉上部を これに当てたが、このために前後居住区間の移動が不可能となり、これも、 テストパイロットたちの反感を買うのに一役買った。

 それでも、ひとりマーチン社社長のみは、その高速性能を喜んでいたという。


諸元
全長・・・22.8m
全幅・・・32.2m
自重・・・14,800s
全備重量・・・23,200kg
発動機・・・P&W X-1800液冷水平対抗12気筒1,800HP×4 最大速度・・・652q/h
巡航速力・・・495q/h
航続距離・・・3,820q(標準)・4,780q(過荷重)
武装・・・12.7o機銃×8,爆弾最大5,443s
乗員・・・7名


胃袋3分の1です
 いやもう、この機体は試作段階で終わってますな!(笑)  胴体が長く見えますが、全長はB−17とほぼ同じで、それだけ胴体が細いと いうことであります。日本ならこれでも採用されそうですが、アメリカだと ちょっと・・・(笑)