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●設計の経緯● 本飛行大艇母艦は昭和13年9月に発令された水上機母艦の1案として計画された。 本艦型の設計にあって要求された建艦目的は以下の物であった。 ア)水上機移動基地、ならびに艦隊の目となる偵察行為。 本艦型の建造が要求された昭和13年は艦政本部にとって非常に多忙な時期であった。 それと言うのも無条約時代を迎え多くの新型艦艇の設計が平行して行われていたからである。 よって戦艦、航空母艦、巡洋艦と言った主力艦艇に経験豊富な設計技師達が優先的に選任され、本艦型の様な補助艦艇の多くには若手の技師が抜擢された。 本艦型の主任設計技師として任命されたのは当時35歳の『松本喜太郎』造船大佐であった。 彼は福田啓二造船少将の元で戦艦『大和』型の設計に携わり腕を磨いた新鋭であった。 先ず松本技師は本艦型に真に要求されている本質を見抜くべく、慎重に資料を収集した。 本艦型以前に設計された水上機母艦には昭和9年に『千歳』『千代田』(以上『千歳』型)、『瑞穂』(『瑞穂』型)、昭和12年度には『日進』(『日進』型)があった。 一般の設計技師ならこれ等、先人の遺産を有効に使用し水上機母艦を設計したであろう。 …だが松本技師の構想は根本的に違っていた。 上記の水上機母艦は当初より航空母艦に改装可能な補助戦力として設計されており、純粋な水上機母艦とは言いがたい物で、その水上機運用には多くの制約が付加されていた。 又、彼は『若宮』『能登呂』の例を見るまでもなく、優秀な商船を改装する事で短期間に水上機母艦として竣工させる事が可能である事も知っていた。 貴重な平時の予算を使用して建造された水上機母艦が商船改装船と同じでは何の為の設計者か? そこで彼は本艦型ならではの水上機母艦任務を選定した。 『飛行大艇母艦』任務である。 彼は本艦型の要求が出された昭和13年1月に正式採用された新鋭機『97式飛行大艇』を搭載機として選定したのだ。 97式飛行大艇は非常に優れた飛行艇で世界レベルに全く引けを取らない優秀機であった。 その飛行距離は実に5,000kmにも及び、当時の艦艇が搭載した一般的な水上機である『94式水上偵察機』の2,460kmを大きく超過している。 その性能は艦隊の前面に展開し索敵を実行するには正にうってつけの水上機と言えた。 又、日本海軍艦艇は重巡洋艦以上の艦種の多くは索敵用に水上機を搭載している。 作戦参加艦艇の搭載する水上機と共に使用すれば非常に広範囲に渡り有効な情報収集が実行できるであろう。 従来の給油船、潜水艦を使用しての飛行大艇母艦任務の限界を超えた十分な整備能力とこれを搭載し移動可能な艦艇とすればその恩恵は非常に大きな物となるはずだ。 これならば有意義な予算の使用法であると胸を張って言える。 搭載運用機を選定した松本技師は付加要求事項を確認した。 (1)前線に、水上機基地を設営する際には本格的施設が完成するまで同地にて司令部代役を務めうること。 (2)他の艦艇の建造に影響を与えぬよう、船体は極力工作の簡易化に勤めること。 97式飛行大艇の全長は25,63m、全幅は40m、過荷重量は実に23tにも及ぶ。 この大重量物を搭載し移動可能であり、司令部施設を保有、更に他の艦艇の建造に影響を与えない…。 専用の艦型を設計する事すら彼には許されなかったのだ。 松本技師は解決策を探るべく考慮に考慮を重ねた。 そして1つの光明を見付けた。 工作艦『明石』である。 『明石』は昭和9年度に起工され13年現在艤装を行っている日本海軍初の新造工作艦である。 全長146,6m、全幅20,5m、基準排水量9,000tの船体は正に飛行大艇運用に見合った物であった。 松本技師はこの『明石』の船体を流用し、細部を変更して全ての要求を満たす事に成功した。 ●変更点● 松本技師は『明石』の以下の点を変更した。 01)搭載機関の変更 『明石』は三菱マン式ディーゼル(1万馬力)によって19,2ktの速力を予定していた。 本艦型はこれを艦本式13号10型ディーゼル 6基に変更し5万馬力、27ktを予定した(この艦本式13号10型ディーゼルは戦艦『大和』型に搭載が予定されていたが性能的不安から中止され倉庫で埃を被っていた物であった)。 本来船体後部に設けられていた機関部は重量バランスの良い中央へと移され船内工作室は飛行大艇用のガソリン・タンクとされた。 02)船体後部の傾斜、及びトリム・タンクの搭載 本艦型への飛行大艇搭載には船体後部に設置されたトリム・タンクに注水し船体を傾斜させ、後部に設けられたスロープを使用し中央部に設置された大型クレーンによって引っ張り上げる方法が採られた。 中央部大型クレーンは『明石』の23tクレーンを強化し30tまでの重量物を牽引可能とした物であった。 その他は従来の水上機母艦のデザインを踏襲し船首部に12,7cm連装高角砲を2基搭載、艦橋側面に25m/m連装機銃を4基搭載した。 司令部施設、及び飛行艇乗組員用の休息施設が追加装備された。 本艦型の建造順調に進み昭和16年8月20日、佐世保工廠にて竣工した。 艦名は水上機母艦命名手順に従って『玲音』と命名された。 『玲音』とは金属や玉などがたてる美しい音色の事で太平記二五『玲玲たる鈴の声は…』より採られたと言われている。 公試の際にも目立った欠点は上げられなかった。 最高速力は計算より0,5kt向上し27,5ktを記録した。 97式飛行大艇を2基搭載しての走行も幅広い船体のお陰で安定しており、非常に満足いく運用が行えた、と言う。 図は本艦型の最終状態を示した物であり、13号電探、22号電探を装備し2式飛行大艇を搭載している。 ●飛行大艇母艦『玲音』性能諸元● 全長:146,6m 全幅:20,5m 吃水:6,3m 基準排水量:9,000t 主機:艦本式13号10型ディーゼル 6基 2軸 出力:50,000馬力 速力:27,5kt 航続距離:16ktで8,000浬 重油:1,200t ガソリン:1,033t 兵装:12,7cm連装高角砲 2基,25m/m連装機銃 4基 搭載機:常用 97式飛行大艇 * 2(後に2式飛行大艇 * 2) ●技師 Olympia より一言● お久しぶりです、 Olympia です。 おおっ!!今回のお題は『水上機母艦』ですとっ!! 水上機大好きの私はゼヒ参加せねば!と思い意気揚々と案を練りました。 そして数分後に愕然としました。 『…う〜ん、何だかみんな似かよっちゃうな〜』。 そうです、そうなんです…みんな似ちゃうんです。 駆逐艦の時もそうでしたが今回も又、みんな同じになってしまうんです。 なんぞオリジナリティある物は…と資料を観ていると『秋津洲』の初期案が眼に留まりました。 これは使えるんじゃないか?と更に資料を捲ると『明石』の資料を発見! おおっ、この船体なら十分イケルのでは、と思い作画へと…。 しかし、作画を始めてから重大な事実が判明しました。 『明石』の船体下部資料がない!…です。 結構、探したんですが見つかりませんでした(ピットロードのプラモには入っているかな?と思いましたがお金が無くて買えませんでした…シクシク)。 …結局、想像でそれっぽく描いてしまいました。 絶対間違っていますので、あくまでそれっぽいかな〜?という眼で見て下さい。 えっ?艦名ですかっ?…いや〜、『レイン』好きなんですよ〜。 ううっ、すいませ〜ん、毎度毎度、変な命名ですが許して下さい。 …戯れ言が多くてすいませんでした。 次回の競争試作にも参加したいと思っていますのでその時は又宜しくお願いいたします。 それでは、失礼いたします〜。 PS:またまた戦記は無しです。 天城氏の言われる様に艦艇デザインを評価するのが本道ではないかと私も気付いたからです。 |