|
大日本帝国海軍 超弩級「次世代戦艦機能検証実験」戦艦「扶桑 改 」級 諸元 全長・・・229.6m 全幅・・・36.5m 基準排水量・・・37400t 公試排水量・・・41780t 機関出力・・・136000馬力 最大速力・・・29.8kt 航続距離・・・約8000浬/16kt 同型艦・・・扶桑,山城 武装・・・45口径36cm砲三連装砲2基 45口径36cm砲連装砲2基 50口径14cm単装砲 10基 65口径12.7cm連装高角砲6基 2.5cm 三連装機銃 6基 搭載航空艤装・・・カタパルト1基 格納庫に搭載機2機 露天に2機 (最大値) |

|
ロンドン条約の期限延長が 絶望的と予測した軍令部は 昭和9(1934)年 それに対抗すべく対策として 46cm砲を 搭載した 新型巨大戦艦(のち の「大和 級」)の開発要請が承認され 昭和9(1934)年 10月 開発計画が 大車輪で進行した が これほどの新型巨大戦艦 となると技術的な難問があったが 技術陣の努力で 解決し 昭和11(1936)年7月に 原案に 到着したが 日本の戦艦では 初めての試みである部分や機能が多く 採用されており 設計図/原案通りに 機能するのか?目論見通りの運用は 可能か?と言う 不安定要素があり 設計陣からも 新技術や それらの 運用面等に対する 不安の声があった そこで次世代戦艦機能検証実験 を現存する 旧式戦艦を実験艦として 改装し機能検証実験を 行うことが 提案され承認された それは主力艦大改装が 始められようとした昭和10(1935)年1月の 事だった その実験艦として 選ばれたのは建造から かなりの年数になるが 艦檣と第一煙突の排煙逆流防止フ−ドの改修以外は 殆ど手付かずの状態であった戦艦「扶桑 級」であった 「扶桑 級」(その代わり 「金剛 級」「長門 級」「伊勢 級」等には 改装工事などが 度々行われていた)扶桑 級は前述の通りの 改装個所以外殆ど手付かずの状態であったために装備の陳腐化や老朽化が進行し 一線級の艦艇として配備に無理の生じつつあった しかも 以前から専門家の間からは 艦構造から来る欠陥が(遠距離からほぼ垂直に落下してくる砲弾に対する防御能力が欠落している 砲の配置が悪く艦全体が猛烈な砲煙に包まれる 機関の面積が狭くて速力が出ない 連装砲塔6基という主砲配置の為 弾薬庫が分散して 構造的防御力の低下を招いている 等)幾つか指摘されていた 軍令部は 扶桑 級を改装し新型巨大戦艦での 新技術機能及び運用検証実験を行うと同時に 現状に おける 扶桑 級 の抱えている 体質・装備の改善(軍備予算の都合上 全てと言う訳には行かないが)により再度一線級の艦艇として任務につけるような 改装案計画が昭和10(1935)年1月から着手され1年間に 渡って原案が 練られ(新技術機能及び運用検証実験の実験項目 及び改装内容 同型艦の改装 等が 話し合われた)その計画原案に 沿って 「扶桑」は 昭和11(1936)年 2月 呉工廠に ドック入りし(山城は昭和11(1936)年10月に 横須賀 工廠にドック入りした)改装工事が 開始された 改装工事は かなり大掛かりな工事となった 技術機能及び運用検証実験の実験項目 及び改装内容 は 1 艦首 及び 舷側の 形状 による 防御力と速力との関係の技術的検証 2 遠距離からほぼ垂直に落下してくる砲弾に対する対砲弾防御力の研究 3 上部構造物による艦の安定性及び試験製作による 製作技術 検証 4 艦内における 情報連絡伝達の高速化及び効率化の技術的検証及び運用法の確立 5 艦内の居住性と士気 との関係の 研究 6 その他 新技術 運用技術 等の 研究 以上の技術機能及び運用検証実験の項目に従い改装工事が 開始された 工事途中に仕様変更や追加事項などがあったりしたが 改装工事は 予定より少し遅れて 昭和14(1939)4月 改装を受けた「扶桑」は 進水したのだった(「山城」の進水は遅れる事 10ヶ月以上後の事だった 扶桑の試験航海の デ−タ−を元に改修点の追加が 増えたからである)改装を受けた「扶桑」は外見も一新し 改修以前の「扶桑」とは 似ても似つかぬ戦艦となった 改修点は 細かい点も入れれば 数千個所に及んでいるが 主な改修点を 上げると 1 3番砲塔 4番砲塔の撤去 (各種 試験装備 等の設置場所確保の為) 2 旧式の石炭/重油 混合缶と 主機 に代わり 新型主機と主缶への換装による重油燃料への一本化と出力増加 (4番砲塔撤去により 新型主機の導入が 可能となった為) 3 旧式後檣の撤去 (新設計 後檣 及び 上部構造物設置の為) 4 旧 3番砲塔 跡地に 缶の排煙管を集中させ その場所に 新設計の煙突を設置した ( 旧 3番砲塔下に 缶を持ってきた為) 5 旧4番砲塔 旧式後檣 跡地 に 水上機カタパルト 格納庫(エレベ−タ−で水上機 は 中に格納される)等を 新設した 6 装甲防御の改良 研究の為 副砲の撤去 及び 装甲の強化した (但し 予算の都合上 前檣及び主機と主缶廻りのみ その他 バルジによる舷側防 御 魚雷 等による 艦底 防御策 (装甲強化/二重艦底)試験的に採用した防水区画 等も 予算の都合上 中央部 に「実験的」に 重点的に強化されている) 7 新設計「45口径36cm砲三連装砲塔」を新1番4番砲塔に 採用した ( 新型巨大戦艦用に作られる 新型砲塔の 縮小試作品で 運搬船 樫野 では本物 さながらの 運搬訓練が この砲塔を使って行われたと言う) 8 艦首形状を造波抵抗を押さえる「球状艦首」(バルバスバウ)に変更し さらに 艦首部分に「九三式音波探信儀」を設置した 9 艦内に 多数の電話や文章発送用の空気伝送管が 装備され 伝声管も 増設され情 報連絡伝達の高速化及び効率化 の向上を 図った 10 艦内に 強力な換気設備と 冷暖房設備を 装備し 居住性の向上を 図った 11 前檣を全面改修し この前檣形状 のバランスが安定した形状か どうか と言う 検証と 機能の向上を 図った 12副舵の効果の実証の為に 試験的に 取り付けられた 13新技術「無線射撃指揮装置」を設置した 14艦尾の 延長 15対空兵装の追加装備 (65口径12.7cm連装高角砲6基 2.5cm 三連装機銃 6基) 等が 上げられる そして その「扶桑」は 各種実験器材 計測装置を満載して 日本近海へと 試験航海へと 出発した 試験デ−タ−は おおよそ 満足の行くものであり 「「ある問題」を除いては一線級の艦艇として配備しても 問題は無く 大幅な 体質/装備の改善が 今回の改装で成されている」と 軍令部に 報告された しかし その 「ある 問題」とは...?それは 艦内部の 改造に次ぐ改造で 艦内部が 通常艦より複雑になり非常に把握しづらいと言うことだった 兵員から士官までもが 艦内勤務での遅刻 等が 絶えなかったのである(その時 多数艦内 に設置してある 電話が役立ったと言う)そして 扶桑に乗艦した人々は異口同音に「まるで 茶畑の中に居るようだった」と 言っていたと言う(しかし試験や実験をしていた 学者 技術者 研究員は「そうかなあ?」と首を傾げていたと言う )扶桑と山城は 試験航海を幾度か行った後 艦内の改装を施された 艦内の利便性の改善ためと言うのは 言うまでもない(改修されるまでの間 多数の 扶桑 山城の乗員からの「艦内の利便性改善」についての嘆願書が 軍令部に 多数寄せられていたと伝えられている 後世では 改装前と改装後では 外観の違いから「扶桑 改 級」と 呼ばれている 艦内の改装工事が 終わった直後 起きた 大東亜戦争では 南方作戦において 作戦支援艦隊の一艦として 参加 その後 インド洋作戦 ガタルカナル攻略作戦に 参加 し その後 対空火力が強化され その高速性と砲撃戦の火力から 大いに 活躍したと 伝えられている |