グロスター・トライアンフ

トライアンフ・試作1号機

 1940年11月にイギリス空軍から出された次期主力戦闘機の要求仕様に対して、ここのところ主要な機種から見放され、まともな開発といえば、ものになるかどうかも分からないジェット戦闘機しかなかったグロスター社では、
「この戦争が始まったときのイギリス空軍の主力戦闘機はうちの『グラジェーター』だったんだ!再び主力戦闘機の開発を我が社の手で!」
を合い言葉に、この要求仕様の応募に対する参加を決定した。非公式ながら社内でのこの機体の名称は、「英国の戦い」に勝ち残った時期であったこともあり、「大勝利」を意味する「トライアンフ」に決定された。

 この少し前、イギリス本土上空で展開された、いわゆる「英国の戦い」において、撃墜されたドイツ空軍主力戦闘機「Bf109」の機体を調査したグロスター社では、その量産性の極めて良い構造とそれに対する自国の主力戦闘機「スピットファイア」の量産性の悪さとのギャップに大きなショックを受けた。これはイギリス空軍が、「英国の戦い」という国難に際し、主要機の、しかも主要タイプ以外の機体の開発を一時的にストップさせる措置をとったのとは大きく矛盾する象徴的な事実であった。
 しかも、「Bf109」と空中戦を行ったパイロット達の話を総合すると、「Bf109」は「スピットファイア」とほぼ互角か、むしろ上回る性能を持っているようであった。
 これは大きな問題であった。そこで、グロスター社では、この機体の開発に際し、量産性を良くすることを第一目標とした。ただし、そのために性能が低くなってはいけないし、要求値をクリアすることも難しくなる。そのため、「量産性が良い」ことを第一義とはするものの、それに突出しすぎない機体を目指した。
 具体的には、機体の外板に厚板の広板を使用し、しかも、機体のアウトラインをなるべく直線に近いものとすることにした。また、部品もなるべく共通化を図り、部品点数も極力抑えるように努力した。そして、機体を前部、中央部、後部の3分割構造として作業分割にも配慮した。もちろん、こうすることにより機体の補強がより必要となり重量的には損であるが、それは強力なエンジンを装備することで解消可能と考えた。実際この時期、イギリス国内では多くの高出力エンジンが誕生し、発展しつつあった。
 グロスター社が選んだエンジンは、ロールスロイスの「バルチュア」であった。
 このエンジンの選定理由は、X型エンジンはレイアウト的に回転バランス良くなるため、V型エンジンより高回転が望め、将来的な馬力の向上が大きいと考えたからであった。また、ロールスロイスから高空性能の良い二段過給器つきのタイプの開発も確約され、このタイプの装備を予定した。
 「バルチュア」は、この時点で開発途中からトラブル続出のエンジンであり、それを少しでも解消するため、期待した回転数も計画値より徐々に下げて運転されるようになっていたことは分かっていたが、まがりなりにも量産に移行し、量産機、アブロ「マンチェスター」に搭載されたのを受け、将来的にはこのトラブルも収まり、「トライアンフ」が量産に移行する頃には本来の回転数で運用され、高出力を発揮しているだろうとの予想のもと、このエンジンで設計を行うことに決定した。

 しかし、この選択は完全に裏目に出た。
 この「マンチェスター」がまさにトラブルの権化となり果て、作戦行動中にトラブルで失われる機体が続出したために、ついには「トライアンフ」が初飛行する寸前の1942年6月25日を最後に、第一線を退かされてしまったのである。もちろん、ロールスロイスはこのエンジンを発展させる意欲を途中で失っていたため、確約されたはずの二段過給器装備型が開発されることはなかった。
 グロスター社はあわてた。しかし、空軍の指定した納期はすでに目前に迫っていた。いまさら、他のエンジンに換装することは不可能であった。
 そこで、とりあえず試作1号機は当初の計画通り「バルチュア」装備で完成させることとし、同時に次のエンジンを選定し機体を改設計する作業に入った。

 しかし、この作業は難航した。
 次にグロスター社が目をつけたのは、オーソドックスなV型ながらすでに2000馬力を越える出力を獲得しつつあった、同じロールスロイスの「グリフォン」であった。
 ところが、このエンジンは「スピットファイア」の新型や、海軍の次期主力艦上戦闘機、フェアリー「ファイアフライ」に搭載が予定されていたため、その使用を空軍が許可しなかった。
 しかたなく、これもかなりのトラブルが漏れ聞こえて来ている、ネイピア「セイバー」を使用することを考えたが、これは、ホーカー「タイフーン」に搭載され、トラブルを続出させていることを理由に空軍が難色を示した。
 他の液冷エンジンはロールスロイス「マーリン」しか残っていなかったが、いまさら「マーリン」では出力が決定的に不足している。残されたエンジンは、空冷星型18気筒で高空性能のさほど高くないブリストル「セントーラス」だけであった。
 しかし、液冷エンジン「バルチュア」の搭載を想定して設計された機体に、直径の大きな空冷星型エンジンを搭載するのには、かなりの改設計が必要であった。「トライアンフ」は機体前部下面にラジエターを搭載のための出っ張りがあったため、上下方向のサイズには問題はなかったが、側面の張り出しの大きさはどうしようもなかった。
 しかし、ここで敵国ドイツのFw190空冷戦闘機がろ獲されるという幸運が転がり込み、そのエンジン架と排気管のアレンジが非常に参考となったのである。

 さて、「バルチュア」を搭載した試作1号機は、1942年8月15日に初飛行に成功した。
 ただし、予想通りエンジン不調に起因するトラブルが続出し、テストスケジュールの進捗はすこぶる悪かった。しかし、本命の「セントーラス」搭載の2号機はその改設計に時間をとられ、初飛行は来年春になることが必至だった。しかも、この試作1号機は「バルチュア」の本来の出力と高空性能を見越して設計されていたため、馬力不足で性能がことごとく要求値に達せず、特に最大速度は645km/hと要求値を40km/hも下回るものでしかなかった。
 また、本機の主翼には翼端失速をきらって外翼部のみ後退角のない二段テーパ翼が採用されていたが、この主翼が極めて悪い失速特性をもたらした。おまけに馬力荷重の高い本機は運動性も悪く、機体の頑丈さによる急降下制限速度の高さだけが取り柄という、いたってさえない機体となった。
 この時点で、高空性能もとりたてて良くない本機に対する空軍の印象はすこぶる悪いものとなった。
 このため、一度はグロスター社に対して2号機の完成を待たずに試作の中止が通達されたが、「セントーラス」の高出力を想定した、各種好成績を示唆するデータを並べ立ててのグロスター社の泣き落としに屈するかたちで、2号機のみ製作は許可された。

 「セントーラス」装備の試作2号機は、1943年4月1日に初飛行した。
 これに先立ちグロスター社では、本機の最高速性能は、空軍に説明したデータとは違い、抵抗の大きい空冷星型エンジン故に要求値をぎりぎり越える程度であろうと予想していた。
 しかし、この予想は初めていい方に裏切られた。「バルチュア」を約700馬力も上回る圧倒的なパワーが、本機の諸性能を飛躍的に向上させたのである。
 まず、空冷エンジンを搭載したことにより機体重量が軽くなっているにもかかわらず、エンジン出力が大きく向上しているため、馬力荷重が格段に向上したことに加え、失速特性の改善のため主翼を増積したこと、重量バランスが好転したこともあいまって旋回性能が大きく向上した。また、6100mまでの上昇時間は、試作1号機を2分20秒以上も上回る6分2秒を記録した。極めつけは最大速度で、718km/hと試作一号に比べ、実に73km/hもの向上をはたしたのであった。
 しかし、機体本来の特性故か機動性はさほど向上せず、全体的にもっさりとした機動の機体という特性はそのままであった。また、若干改善されたとはいえ、未だ失速特性の悪さを抱えており、それ故に低速での安定性が極めて悪かった。その上、一段二速過給器の「セントーラス」では、空軍の望む高空性能が達成できていなかった。

 高性能は示したものの、結局はもその改善に時間をとられ、そうこうするうちに「グリフォン」装備の「スピットファイア」と「テンペスト」が高性能を示し始めたため、空軍の本機に対する興味は徐々に失われていくことになるのである。
トライアンフ・試作2号機

諸元

 全長   :1号機 10.12m
       :2号機  9.74m
 全幅   :12.60m
 自重   :3870kg(2号機)
 全備重量 :5950kg(2号機)
 エンジン:1号機 ロールスロイス・バルチュア 液冷X型24気筒 1760馬力
      :2号機 ブリストル・セントーラス 空冷星型18気筒 2470馬力
 最大速度:1号機 645km/h(5800m)
       :2号機 718km/h(6200m)
 上昇時間:1号機 6,100mまで8分24秒
       :2号機 6,100mまで6分2秒
 航続距離:1号機 1285km(標準)、2020km(最大)
       :2号機 1060km(標準)、2140km(最大)
 武装   :イスパノMkII 20mm固定機銃4丁(予定)
 爆弾   :3000ポンド(1360.8kg)(2号機)