「レジナ」級

要目:「レジナ」級(かっこ内は「六甲」級)
 ・基準排水量  32,400トン (34,400トン)  ・満載排水量  36,800トン (39,200トン) ・全長     240.0m  (246.0m)  ・全幅     27.5m  (27.5m)  ・喫水     7.5m (8.0m) ・機関出力   200,000馬力           (225,000馬力)  ・速力     34.5kt              (35.5kt) ・航続距離   14,000海里(18kt)       (13,500海里(18kt))  ・武装     50口径31センチ三連装三基   (55口径31センチ三連装三基)          50口径90ミリ単装高角砲一二基 (65口径100ミリ連装両用砲一二基)          25ミリ三連装機関砲十八基 (25ミリ三連装機関砲二〇基)  ・装甲 水線  205mm  (225mm)      甲板  125mm (135mm)     砲塔前楯 280mm (290mm)  ・同型艦    イタリア海軍 「レジナ・エレナ」「レジナ・マルゲリータ」  ・準同型艦  日本海軍 「六甲」「阿蘇」
概要
1936年2月1日のフランス海軍「ダンケルク」級に対抗して計画された大型巡洋艦である。
本来、自国建造の方針がとられていたが計画発動時期に「コンテ・ディ・カブール」級 2隻、「カイオ・デュイリオ」級 2隻、の改装と改装計画があがっており、さらに、「ヴイットリオ・ヴェネト」級4隻の建造が決まっており、自国造船所で「ダンケルク」級に対抗可能な大型艦(以下、装甲巡洋艦)の建造は不可能であり、対外調達の形が取られることになった。
そこで、調達先の選定になるのだが、イギリス、アメリカとはあまり仲が良くない、フランスは論外、比較的仲が良いのは、ドイツ、となるわけだが、大型艦の建造となるとドイツでは心許ない、残るのは日本、日本と英国は仲がよいが(日英同盟継続中)日本はどこにでも兵器売ってもうけていたし現時点で世界第3位の海軍力を持つ日本(※1)の方が良いのではないかと言うことになった。
日本に対して打診を行ったところ、先日、竣工した、「六甲」級装甲巡洋艦の装備をイタリア海軍に準じた物にしてはどうかという提案を受け、この建造計画にGOサインを出し日本での建造が1936年8月に始まった。変更された点は、装甲を少々薄くし、主砲を55口径から50口径へ、高角砲OTO社製90ミリ単装高角砲へ変更したくらいである。
「レジナ・エレナ」 
1936年 8月 4日 大神海軍工廠第4ドックにて起工
1938年 6月12日 進水
1939年 4月10日 竣工?(90ミリ単装高角砲未装備)
       6月15日 イタリア、タラント着、90ミリ単装砲取り付け工事開始
      8月23日 90ミリ高角砲装備完了
「レジナ・マルゲリータ」
1936年 9月 9日 大神海軍工廠第6ドックにて起工
1938年 7月17日 進水
1939年 5月15日 竣工?(90ミリ単装高角砲未装備)
       7月20日 イタリア、タラント着、90ミリ単装砲取り付け工事開始
       9月28日 90ミリ高角砲装備完了

1939年 9月 1日 第2次世界大戦勃発 
       9月 2日 イタリア中立宣言
       9月 3日 英仏対独宣戦布告
       9月 4日 日本、対英仏支援表明(対独宣戦布告はせず) 
1939年10月 1日 伊、「レジナ」級2隻を主力とする第3艦隊を編成
1940年 6月 1日 イタリア対英仏宣戦布告 
                        日本、日英同盟条項に従い即日、対独伊宣戦布告
       6月 2日 日本、伊艦隊牽制と輸送船団護衛のため1個艦隊を派遣を決定
             第3戦隊「長門」「陸奥」 第7戦隊「六甲」「阿蘇」 
             第5航空戦隊「葛城」「蒼龍」 航空機160機  etc・・・
       6月〜10月 「レジナ」級、2隻を含む伊、第3艦隊による通商破壊戦激化
             日、地中海艦隊有効な対抗手段を執れないまま輸送船の損害を重ねる
             重巡では歯が立たず、戦艦では逃げられると言った失態を重ねる
             伊第3艦隊は4ヶ月で輸送船団を4つ、48隻、84万トンを海の藻                                  屑とかえた
      11月12日 日英、タラント空襲、
                        参加機、日36機、英21機、伊戦艦3隻大破着底 etc・・・
            「リットリオ」「カイオ・デュイリオ」「コンテ・ディ・カブール」
      12月17日 第一次マパタン岬沖海戦
            日 第3戦隊「長門」「陸奥」 第7戦隊「六甲」「阿蘇」 
              第14護衛戦隊、乙巡 2隻、駆 8隻
              第5航空戦隊「葛城」「蒼龍」 
                            第18護衛戦隊 甲巡 2隻、駆 8隻
              高速輸送船、高速油槽船 計24隻
             伊 第7戦隊「レジナ・エレナ」「レジナ・マルゲリータ」
                            甲巡 2隻、乙巡 1隻、駆 8隻
第一次マパタン岬沖海戦
 1940年12月17日、タラント空襲によって伊、戦艦3隻を行動不能にしたと言っても通商破壊戦の主力である伊、第3艦隊は無傷であった。それを輸送船団をおとりに、誘き出し殲滅しようと試みたのだが、伊艦隊発見時には天候が悪化しており航空機による攻撃は不可能であった、このことにより打撃艦による殴り合いへと発展すればいいのだが、伊艦隊は日第7戦隊を確認したとたん「レジナ」級2隻は反転逃げにかかってしまったのである。
 このとき「レジナ」級の退却を援護するため乙巡1隻、駆逐艦4隻が突撃してきたが返り討ちにあい、あっけなく全滅してしまった。  しかし、援護の役目は十分に果たし「レジナ」級2隻他は日艦隊の追撃をかわしたのである。
 損害          日 沈没 駆 1隻 高速輸送船、高速油槽船 計3隻
              大破 駆 1隻 
              中破 乙巡 1隻
             伊 沈没 乙巡 1隻、駆 4隻

1940年12月18日 第一次マパタン岬沖海戦に悪天候のため参加できず輸送船団の護衛に
            ついていた、第5航空戦隊所属装甲空母「葛城」「蒼龍」が伊潜水艦
            の雷撃を受ける、撃沈はされなかったが、以後2ヶ月修理のため戦線
            離脱を離れる。
1941年 1月22日 伊タラントより伊艦隊が出港したとの情報が入る。
            日英、迎撃のためアレキサンドリアより艦隊出撃
      1月24日 第二次マパタン岬沖海戦
             日 第3戦隊「長門」「陸奥」 第7戦隊「六甲」「阿蘇」
                            第21護衛戦隊、甲巡 2隻、駆 8隻 
              第24護衛戦隊 甲巡 2隻、駆 8隻
            英 戦艦「ウォースパイト」「バーラム」「ヴァリアント」
              空母「フォーミダブル」
              乙巡 4隻 駆 16隻(?)
             伊 第1艦隊 戦艦「ヴイットリオ・ヴェネト」
                      甲巡 6隻、乙巡 2隻、駆 10隻
              第3艦隊 「レジナ・エレナ」「レジナ・マルゲリータ」
                   甲巡 2隻 乙巡 2隻 駆 6隻
第二次マパタン岬沖海戦
 1941年 1月24日、海戦は英巡洋艦部隊の接触から始まった。伊第1艦隊は巡洋艦部隊に砲火を浴びせたがイギリスは空母「フォーミダブル」艦載機による航空攻撃により「ヴイットリオ・ヴェネト」 の艦尾に魚雷が命中しスクリュー3軸が使用不可能になった。このため当初は5ノット、応急修理後は10ノット以内の速力で西方に向かった。ところが夕方の航空攻撃で残りのスクリュー1軸も失いだだ漂流するだけとなった。
 この状況のなか、伊第3艦隊は「ヴイットリオ・ヴェネト」の救助に向かった。
 このことがイタリア海軍衰退への一歩となったことは間違いないであろう。
 伊第3艦隊が「ヴイットリオ・ヴェネト」と接触を果たしたのと同じ時刻に日英艦隊はレーダーによって、伊第1艦隊及び第3艦隊を発見した。時を置かずに「レジナ・エレナ」搭載の日本製レーダーも日英艦隊を捕らえた、この時点でイタリア艦隊司令長官「イアッキーノ大将」は「ヴイットリオ・ヴェネト」の破棄を決定、旗艦を「レジナ・マルゲリータ」に変更し撤退を開始した。日英艦隊はレーダー射撃を試みたがイタリア大型艦艇も初期型の日本製レーダーの複製品を搭載しており一方的にたたかれることはなかった。
 その上「ヴイットリオ・ヴェネト」は退艦命令が出てるにもかかわらず、それを無視して使用可能な火器によって第3艦隊及び残存艦艇の撤退を援護した。
 「ヴイットリオ・ヴェネト」は撃沈されるまでに数度の主砲の射撃を行い、甲巡1隻、駆逐艦1隻を道連れにしている。この英雄的行為により一時的ではあるが撤退に成功している。
 「ヴイットリオ・ヴェネト」は「長門」の砲撃によって弾薬庫を打ち抜かれ爆沈し乗員の大半が艦と運命を共にした。
 損害          日 沈没 甲巡 1隻、駆 1隻 
               小破 甲巡 1隻、駆 2隻
             英 沈没 駆 1隻
              小破 乙巡 2隻 駆 2隻 
              航空機 12機
             伊 沈没 「ヴイットリオ・ヴェネト」 
                 甲巡 2隻、乙巡 1隻、駆 3隻       
               中破 「レジナ・エレナ」 甲巡 1隻 駆 1隻
              小破 甲巡 1隻 乙巡 1隻 駆 2隻

1941年 1月25日 マパタン追撃戦
             日 第3戦隊「長門」「陸奥」 第7戦隊「六甲」「阿蘇」
              第21護衛戦隊、甲巡 1隻、駆 7隻
              第24護衛戦隊 甲巡 2隻、駆 8隻
            英 戦艦「ウォースパイト」「バーラム」「ヴァリアント」
              空母「フォーミダブル」
              乙巡 4隻 駆 15隻(?)
              ※日英戦艦5隻は速度不足で追撃できず
             伊 「レジナ・エレナ」「レジナ・マルゲリータ」
              甲巡 2隻 乙巡 2隻 駆 5隻
              甲巡 4隻、乙巡 1隻、駆 8隻 (第1艦隊残存艦艇)
              ※「レジナ・エレナ」艦首に被弾,最大速力23.5ノットに低下
マパタン追撃戦
 1941年 1月25日、第二次マパタン岬沖海戦後、撤退する伊第3艦隊その他を、第3戦隊を主力とする日本艦隊が追撃をかけた。
 伊艦隊は無傷の「レジナ・マルゲリータ」が第1艦隊残存艦艇を引き連れ先行し「レジナ・エレナ」を旗艦とする第3艦隊を後方に置き去りにする形になった。
 この時点で日本艦隊は伊艦隊の所在をつかんではいなかったが、夜間飛行の危険を承知で搭載されている水偵12機を出し索敵を行った結果「レジナ・エレナ」を含む第3艦隊を発見し追撃をかけた。
 追撃開始2時間後レーダーに伊艦隊を捕らえ30分後に双方砲撃を始めた。
 戦力比は約2:1日本艦隊優位で始まった戦闘であったが、戦闘開始20分後、「レジナ・マルゲリータ」及び第1艦隊残存艦艇が戦闘に加入したことによって戦力比は五分になった。
 「レジナ・エレナ」と「六甲」「レジナ・マルゲリータ」と「阿蘇」の準同級艦同士の組み合わせで戦闘は頂点へと向かっていく。
 最初に被弾したのは速度の低下していた「レジナ・エレナ」であった。
 第3砲塔に直撃を受け貫通はしなかったが衝撃によりターレットが歪み第3砲塔の射撃が不可能になった。1分後さらに数発の直撃を受けた、そのうちの1発が第2砲塔を貫通し弾薬庫内に飛び込み弾薬を誘爆させ「レジナ・エレナ」は爆沈、急速に沈んだ。
 「レジナ・エレナ」が爆沈するのを見て艦隊司令長官イアッキーノ大将は、また撤退を決意した。
しかし、撤退命令を発令した直後「六甲」より放たれた31センチ砲弾が「レジナ・マルゲリータ」に相次いで命中し急速に速度を低下させた。
 行動の自由を奪われ「レジナ・エレナ」を撃破した「阿蘇」が砲撃に加わったことにより「レジナ・マルゲリータ」の運命はつきたのであった。
 この一連の海戦で伊海軍は水上艦艇の3分の1を失い、急速に衰退していった。

 この戦闘の中「六甲」「阿蘇」も「レジナ」級の砲撃を受けたが決定的な損害は受けなかった「レジナ」級の短砲身化による貫通力の低下による恩恵と「レジナ」級よりは厚い装甲のおかげ思われる。
 損害          日 沈没 駆 2隻
              大破 甲巡 1隻
               中破 駆 2隻
               小破 「六甲」「阿蘇」甲巡 1隻、駆 2隻
               航空機 2機(索敵に出た水偵が行方不明)
             英 沈没 乙巡 1隻 駆 2隻
              大破 乙巡 1隻(自沈) 駆 2隻(自沈)
              中破 駆 2隻
              小破 駆 2隻
             伊 沈没 「レジナ・エレナ」「レジナ・マルゲリータ」
                  甲巡 4隻 乙巡 1隻 駆 8隻
              大破 甲巡 1隻(自沈)乙巡 1隻(自沈)駆 2隻(自沈)
              中破 甲巡 1隻 乙巡 1隻 駆 2隻
              小破 乙巡 1隻 駆 2隻  
 ここに「レジナ・エレナ」「レジナ・マルゲリータ」はライバルの「ダンケルク」級とは一度も砲火をかわさずに短い生涯を閉じたのである。

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※1:この時点の日本海軍は迎撃型の沿岸海軍ではなく第1次世界大戦への参戦、対英輸送船団護衛、Uボートとの死闘、「金剛」級4隻の欧州派兵(※2)などの経験を経て外洋海軍へと変革をとげていた。
※2:「金剛」級4隻の欧州派兵、ジェトランド海戦の参戦は英国にかなり恩を売ったが、大海艦隊、第3戦隊と当たってしまった欧州派遣艦隊はかなりの損害を受けてしまった。「榛名」沈没、「霧島」大破(自沈)、「金剛」中破、「比叡」小破、その他損害多数・・・

制作者のたわごと・・・

制作者のJTです、今後よろしくお願いします。

この艦艇を書くに当たって特に何も考えてませんでした。そのせいで書き終わったら日本艦していて、これじゃあ競争試作には出せないかな?とか思ったです。
そこで、歴史をねじ曲げてイタリアの対外調達艦にしてしまいました。
ねじ曲げられた歴史では、ジュットランド海戦に「金剛」級が参戦しており、ドイツ艦隊も決戦を避けようとしなかったので双方とも被害甚大、陸戦にも日本軍は参加しており、休戦後(終戦ではない)対独戦備の一翼を担う物としてフランスに駐留しています。そのおかげでイギリスと仲がいいです。技術もどんどん入ってくるし・・・そんな世界です。
今後書く艦艇、航空機もこの設定に縛られるのかな(^^;;

誤字脱字はご勘弁くださいm(__)m

ではでは、そのうち「六甲」も書いて送ろうかと思いますがいつになることやら・・・