第9回競争試作・艦船の部
要求仕様提示にいたる経緯


 ガラパゴス諸島とイースター島とを底辺にした正三角形の頂点に位置した北緯0度西経120度付近に、20世紀の初め、忽然と七つの島と珊瑚礁からなる国が現れた。
それは、数千年前に太平洋上で超古代文明を誇りながら突然波間に消えたと伝えられてきた伝説の島であった。
 しかしながら、数千年前には超文明であった彼らの蒸気機関文明も、20世紀の今日では100年前の技術によってなる後進国の文明でしかなかった。
 この島国が世界史に復帰したのは、たまたま練習航海をしていた米艦隊が同国海軍の装甲汽船と遭遇、同島の存在を知り、航海の途中で王国を訪問したことによる。島には巨石による建造物と蒸気機関を用いた乗り物、良く整備された港湾には異形の外輪船や装甲板を張り巡らせた帆船や汽船が碇を降ろしていた。港から続く運河の奥にはニューヨークやシカゴを思わせる摩天楼が林立していたが、その隣にはメキシコのピラミッドを思わせるような建築物も見られた。
 この島国は、教育レベルの高い住民と、高い士気をもつ国軍を持ち、他の太平洋の島々とは全く違って、蒸気機関を持つ科学技術文明社会を築き上げた王国であった。
 島国の国号はイブクーロ。数千年の時を越えて復活した太陽王(サンブン)の称号を持つ王を頂く伝説の王国であった。

1919年7月、全世界はこの人類史上の大事件に驚愕した。

 世界中が注目したこの島国の風変わりな産物は、世界中でもてはやされ高価な値で取り引きされた。20世紀初頭に流行したムームーとは、元々はこの島の住民の民族衣装であった。
 それに加え、この国に蓄えられていた世界経済を大きく変えるほどのおびただしい黄金は列強の食指を強烈に刺激したが、1000万人を越える教育レベルの高い住民と、練度士気ともに高い国軍の存在が、サモアの酋長をだましたようには、その国に付け入る事を許さなかった。また、20世紀を迎えて列強の帝国主義のありようが徐々に変わりつつあったこと、世界中を巻き込んだ大戦が終わったばかりであったこともこの島国にとって幸運だったのかもしれない。
 英明な国王サンブン8世は、この突然の事態に冷静に対応、新世界での自国の位置を正しく認識し、諸外国へ対応を行った。結果、強力な資金力と新興国日本の友誼もあり、各国は競ってこの国と国交を樹立、貿易関係を結んでいった。 この国は翌年には列強諸国と平等な友好条約を結び、国際連盟への加盟も許された。

 新しい世界での王国の位置を確立した国王は、王国を再び世界の一等国にするために、息子のノイッチ王子を米国ワシントンに派遣した。時は1921年11月、ワシントン会議のために集まった列強各国の思惑を探るためであった。
 続いて国王は、王子に欧米、および日本、中国を歴訪させ、今後の軍事動向および、各国の兵器開発能力を調査させた。各国とも、イブクーロ王国との友好条約を重視し、また、ノイッチ王子が巧妙に今後の多額の発注を臭わせたこともあって、その魅力的な資金力に惹かれ、軍事施設等も比較的オープンに公開、というよりむしろ受注を獲得するために自国の軍事産業力の高さを声高にアピールしたのであった。
 さて、ノイッチ王子の帰国とともにただちに議会が招集された。その議会では、ノイッチ王子の情報から、今後、主力となる兵器が飛行機であろうという事は概ね了解されたが、同時に、自国のような島国ではまずは海軍兵力を増強することが急務であるという意見が大勢を占めたため、空軍兵力の増強を行いつつも、まずは海軍の核となる主力艦を整備することが必要であると結論づけられた。
 会議での決定事項は概ね下記の通りであった。
『王国海軍は近い将来同艦種の国産を前提に、今回列国へ設計発注を行い、万国一の巡洋艦を王国海軍主力艦として購入、同時に技術の輸入に努めることとなった。
 我が国はワシントン海軍軍備制限条約に参加していないが、募集する艦は諸外国との関係を考慮し、同条約に準拠し、基準排水量10000トン以下、備砲8インチ以下とする。
 用途としては、索敵、護衛、襲撃、陸上砲撃、駆逐艦群の旗艦任務をこなせることとして、同時に王国の象徴として、海外訪問の際、王国の面目足るべく美しい船体であることも併せて要求するものとする』
 このように、将来的には自国での建造も行えるよう、技術者の派遣も条件に入れ、ただちに各国に設計仕様の発注が行われた。このとき、不採用となった国へも設計費用の支払いを保証するとともに、最も優秀な設計を提出した国へは、とりあえず同型巡洋艦2隻の建造と、今後、駆逐艦等を発注する可能性を示唆しておいた。
 各国は、二つ返事でこの申し入れを承諾、ただちに設計にとりかかったのであった。