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ヴィッカース 132 緒元
- 計画 -
C.O.W 1.5 ポンド自動砲は 1915 年にコンベントリー・オーディナンス・ワークス社によって開発された兵器である。この火器は第一次大戦中に飛行船迎撃に用いられたが、結局満足すべき活躍も見せずに終戦後は兵器庫の片隅で埃をかぶっていた。 1923 年にヴィッカース社のトーマス・E・ガードナー博士はこの砲に眼をつけ、砲の設計図と製造権を買い取った。第一次大戦中にヴィッカース 7.7mm 機銃の改良に携わった彼は小口径機銃の威力不足を痛感しており、「これからの航空砲は必ず大口径化する」と信じていたのだ。 しかしヴィッカース社も英国空軍も COW 砲には冷淡だった。第一次大戦後の平和を謳歌する欧州には軍縮ムードが漂い、誰も「革新的」な新兵器などに興味を持たない。せっかくの砲もあわやスクラップかと思われた矢先、イブクーロ向け巡洋艦+水上機開発の話がヴィッカース社に飛び込んで来たのである。 戦後の平和期に生存を模索するヴィッカースの兵器産業部門にとって新鋭巡洋艦の受注は喉から手が出るほど欲しいものだったが、それに搭載する航空機の開発がネックになった。もともと同社は艦船や重機材の開発製造を得意とする重鉄工業であり、飛行艇や多発重爆ならともかく、単発単座の小型機開発の経験は少ない。折りしも航空機の発展目覚しい 1920 年代、泥縄で技術者を集めて新規開発にかかっても性能面で他社との差別化を図るのは難しい。ここでヴィッカース社の重役達はハタと起死回生の妙手を思い付く。ヴィッカースには他社の持たない強力な自動火器があるではないか!
スクラップになるかと思われた COW 砲はさっそく倉庫から引き出され、これを搭載する戦闘機の図面が大至急用意された。飛行機は飛行テストも充分完了しないうちに分解されて船に積み込まれ、機体設計主任アーサー・ケストナー卿と火器担当のトーマス・ガードナー、そしてテストパイロットのジョナサン・マッケンニーの三名と共に急遽イブクーロに派遣されることとなった。 - 設計 -
本機の基礎設計は同社の第一次大戦における複葉戦闘機、F.B.12 のレイアウトにその基礎を置いている。すなわち円筒形の胴体後端に大直径の空冷エンジンを搭載して推進式とし、主翼から伸びた長い支柱によって尾翼を支持するという形式である。プロペラクリアランスを確保するため上翼と胴体を密着させ、逆V字型の支柱で胴体と下翼の間に間隙を置いたのも F.B.12 と同様であった。 この形式では空気抵抗が増大し速度性能で不利になることは否めかなったが、単発戦闘機に同調装置を持たない COW 37mm 砲を搭載する方法はこれ以外に考えられなかった。砲は胴体右側にオフセットして搭載され、操縦席は左側にある。胴体断面は縦に長い小判型になるのが特徴で、操縦席の後下方に燃料タンクが格納されている。外見は古臭いが、本機には全金属構造が採用されていた。
イブクーロからの要求仕様には「7.7mm x 2 以上、爆弾/爆雷 50Kg x 4 以上」とあったが、非力なジュピター・エンジンで 37mm 砲と必要な燃料を積むと離水重量ギリギリになってしまい、これらの武装を積むことはできなかった。しかし砲を外せば余裕が出るので、並列複座とした練習機タイプや、縦列複座とし前席に旋回銃(回転銃架に連装ルイス)を置いた爆撃機タイプも提案されていた。なお、本機は関係者から「ロシナンテ(ドン・キホーテの乗馬)」の愛称で呼ばれていたが、これは勿論公式なものではない。 なお、1929 年には英国空軍向けに本機をベースにした陸上戦闘機「タイプ 161」が提案されている。これは重爆・飛行船の迎撃用として考えられた機体で、フロートを外して車輪式とし後部胴体の支柱構成を若干変更、COW 37mm 砲を斜め 45 度に搭載しているのが特徴であった。 - 営業 -
この機体をイブクーロに売り込むため、ヴィッカースが作成した営業資料は次のようなものであった。イブクーロ語の翻訳が面白いので、なるべく原語の雰囲気を残すように再翻訳してみよう。 『此の飛行機は五百三十馬力の出力を誇る最新鋭のブリストル社製「ジユピタア」空冷九氣筒発動機搭載にて、前大戦においてビツカアス社の築きたる戦闘機技術の粋を尽くせる設計なり。強力なる発動機の出力を活かすため旋翅は画期的なる推進式を採用しその高速性能は英国の現用陸上戦闘機に優るとも劣らざるものなり。更に驚愕すべきは武装として搭載せる一磅半自動装填砲にて其の火力たるや駆逐艦に匹敵するものなれば潜水艦水雷艇など恐るに足らぬ強武装なりて、若し本機を装備せる一飛行隊あらば善く敵艦を防ぎ海上を防衛し得ること疑いなきものなり。』 ハッタリというか眉唾というかかなり調子の良いことを書き連ねているが、こんな美辞麗句に騙されるほどイブクーロは甘くなく、ガードナーらはイブクーロ王子ノイッチから厳しい技術的追究を受けることになる。彼ら一行の苦労談はガードナーが帰国後に著した自伝的小説「南洋のドン・キホーテ」から伺い知ることができるので、興味のある方には一読をお勧めする。 - 飛行 -
本機は奇妙な外見に関わらず操縦性は良く、前下方視界が優れていることもあって離着水も容易であった。ただし燃料タンクが若干重心前方に寄っており、燃料搭載量に応じてトリムを合わせねばならないのはあまり誉められた設計ではない。イブクーロに置けるデモ飛行では右舷の COW 砲を外して臨時の複座とし、同乗者を乗せて飛ぶこともしばしば行われたが、これは本機の応用性の広さを証明するものとして評価された。 肝心の武装である 37mm COW 砲は発射速度が遅く、何より装弾数が致命的に少ないため標的に有効弾を当てることは難しかったが、榴弾が命中した場合には標的船を粉微塵に吹き飛ばす威力を発揮した。装弾数不足に対してはのちに 10 連発の大型弾倉が導入されたが、機内に収まり切らない弾倉は大きくバルジ状に突出し、重量と空気抵抗の増加で飛行性能を悪化させることが指摘された。 ![]() なおイブクーロからの依頼により、二号機はタンデム複座とし二系統の操縦装置を備えた練習機型として製作された。 作者からのコメント 小説はわりとベタです。オラこっぱずかしいだよー(/ω\) 文・画とも Copyright by Y.Sasaki 2000 07/04 |