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1945年5月、チェコスロヴァキアは7年間にわたるナチス=ドイツの支配から解放され、ここに完全な独立を達成したかにみえた。 しかし、解放をもたらした軍事的勝利はソ連に負うところが少なからずあり、同年秋には戦前からソ連と連携していた共産党のゴットワルドが副首相として臨時政府内での地位を固めるといった状況において、チェコスロヴァキアの行く手には、ソ連の影が大きくのしかかっていた。この国は、息付く暇もなく、再び容赦ない大国間の抗争の狭間に立たされたのである。 こうした時代の波はスコダ社二重の危機をもたらした。戦争中、チェコスロヴァキアの航空機産業はドイツの下請けに甘んじ、屈辱の日々を送っていた。今度また祖国がソ連の影響下に組み込まれれば、再び「チェコスロヴァキアの飛行機」を作る途は閉ざされてしまうのではないか?そして、共産党が進めようとしている企業国営化が進めば、総合工業企業体スコダの一部門とはいえ、航空機に関しては新参者の同社航空機部門は統廃合の対象になってしまうのではないか? そんなスコダ社が起死回生のチャンスとばかり決断したのが、1947年の新シュナイダー杯への参加であった。会社の名前を世界中に知らしめれば、政府もおいそれとは航空機部門の廃止を言い出せまい。ソ連とてチェコスロヴァキア航空機産業の実力を認め、粗略には扱わないだろう。そして、大会で好成績を残して国民に誇りを取り戻させることができれば、何よりの幸せだ… だが、チェコスロヴァキアには海がない。当然、スコダ社には水上機の開発経験は無かった。ただちにフロート設計のための特別チームが編成され、ドイツ・フランスからの資料収集とヴルタヴァ川での模型実験が開始された。しかし、怪我の功名ということはあるもので、街中の川べりで日がな一日模型をいじりまわしている男たちから事情を聞き出したプラハ市民が寄付を募り始めたおかげで、この小国のシュナイダー杯参戦プロジェクトは、最後まで資金不足に悩まされることはなかったのである。
エンジンについて、選択肢はなかった。当時のチェコスロヴァキアに国産の適当なエンジンなどあろうはずはなく、ドイツの置き土産のJumo211Fを使うほかなかったのである。とはいえ、戦前から自前の自動車産業を持っていたチェコスロヴァキア工業界にとって、エンジンのチューンアップはお手のものであり、2000馬力級のレースエンジンの見込みはついた。なお、1946年5月の総選挙で共産党が第一党となり、企業国有化政策が加速されたため、スコダ社航空機部門は事実上消滅したが、先述の寄付運動を支えた市民からの要望もあり、このプロジェクトに限り「スコダ」の名で継続することが認められた(ゴットワルド首相が国有化政策反対派の反発をかわすために配慮したのだともいう)。 機体の構成は、スコダ社が戦争中に独ブローム・ウント・フォスのP.208戦闘機計画のために作ったSL-6試験機を踏襲して、主翼端に斜め尾翼付きのテイルブームを持つ後退翼機とされ、フロートは胴体下の主フロートと尾翼下端の補助フロートによる三点支持とした。胴体は翼中央にポッド状に設けられ、前半にコクピットを、後半にエンジンを収納する。空気抵抗削減のため、最小限のバルジ型となったキャノピーからはパイロットの乗降はできず、機首上面パネルごと着脱して出入口とする。 エンジンは先述のとおりJumo211Fの改造型だが、若干のボアアップによる排気量増大、ピストン形状の変更による圧縮比向上、クランクケース各部への補強材付加による高回転時の負荷への対応といった基本的な改造に加え、始動器駆動軸を延長してエンジン後方(プッシャー式なので機体との関係では前方)に過給器を増結している。二重反転プロペラの採用が理想ではあったが、ギアボックスを新造するほどの余裕はなく、エンジントルクに対しては、潤滑油タンクとオイルクーラーを左翼のみに置くことで対応することとした。 完成した機体は、1920年代に新聞の連載小説として人気を集め、国民的作曲家ヤナーチェクによってオペラ化された「利口な女狐の物語」の主人公の名に因んで「ビストロゥシュカ」と名付けられた。この名には、知恵と自由の精神をもってどんな世界であろうとも生き抜いていこうというチェコスロヴァキア国民の願いが込められていた。命名式はプラハ市内のカレル橋の特設会場で盛大に執り行われ、その後のテスト飛行も、機体運送やヴルタヴァ川の舟運の一時停止といった市民の全面的な協力を得て順調に進められた。 そして1947年5月、スペアパーツや整備機材ともども分解梱包された「ビストロゥシュカ」は、プラハ市民の歓呼の声に送られて、イタリアでの最終調整、そしてイギリスでの本戦に向けて、陸路旅立っていったのであった。 ![]() 四面図(1024*768) |
| 全幅 | 9.26m |
| 全長 | 8,11m |
| 全高(水平姿勢・プロペラ除く) | 3.14m |
| 翼面積 | 14.85sq.m |
| 空虚重量 | 1923kg |
| 最大離水重量 | 2553kg |
| 発動機 Jumo211F改 | |
| 緊急出力 | 2100hp以上 |
| 航続時間(全力最大) | 約50分 |
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[作者コメント] Schumpです。シュナイダー3作目「ビストロゥシュカ」をお送りします。 今回の機体は、形態からすればドイツ(ブローム・ウント・フォス)から出場すべきものなのですが、作者の天の邪鬼な性格により、チェコスロヴァキア代表にされてしまいました。ただし、Bv社の戦闘機計画案ではテイルブームがもっと短く、尾翼は外向きだったところ、長めのテイルブームに内向きの尾翼というひねった構成にアレンジしなおしています。結果的に前々作「シー・エクスタシー」に近い空力形態になっているのですが。 エンジンの吸気系は、機首下の吸気口から防火壁前の増結過給器、胴体左側面のダクトを通って本体過給器、という火葬気味のものになっています。主翼操縦翼面(上面スポイラ)と尾翼が接近しており、しかもV尾翼なので、操舵のカップリングがひどそうなのもご愛嬌(←自分で言うな^^;)。 カラーリングは、チェコのナショナルカラーが「赤又はピンク」ということなのですが、赤ではイタリア機ですし、全面ピンクは機体形状からして絶望的に似合わないので、「ボヘミアの森林」をイメージした緑をベースに、プラハの街並みを特徴付ける赤屋根の色をあしらって基本塗装としています。ただし、ピンクを使わないわけにもいかないので、ゼッケンとマスコットマークはピンクにしています。 |