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レオナード・「リー」マイルストーンの回想 「Prop clear - contact!」 バス、ボス、ドドドド…。排気管から盛大な白煙を吹き、28 気筒 R-4360 独特の腹にこたえる爆音が響く。すぐに燃圧と油圧をチェック、暖気を充分に取ったあとフルパワーテスト。2800 回転/ブースト 30 インチ、増速式の強制冷却ファンが金切り声を上げ、猛烈なペラ気流のなか地上員は必死に機体にしがみ付く。ちらりと逸らした視野の端に、テントの陰からこちらを見守る視線があることに気づく。…ハワード・ヒューズ氏だ。エンジンの回転を落とし他の機器類をチェックしながら、私はここに来るまでの経緯を思い出していた…。 私がこの「グレート・ホワイト」機のパイロットに抜擢されたのは幸運な偶然からだった。私は戦争が終わったあと軍は辞めたが定職にも就かず、またアラスカのブッシュパイロットにでも戻ろうかと思っていたのだが、ヒューズに転職した昔の仲間から声をかけられたのだ。 「あんたみたいな腕の持ち主がアラスカで腐ってるなんて勿体ないよ、リー。ここだけの秘密だが、ヒューズ氏は腕利きの水上機乗りを探してるらしいぜ。」 ヒューズ氏の水上機と聞いて私は噂の「スプルース・グース」を思い浮かべたが、彼の話は違っていた。ヒューズ氏は 1947 年に再開されるシュナイダーレースに向けて凄い機体を製作しているのだと言う。だが 46 年 7 月の事故で負った重傷が完治する見込みがなく、代わりにその機体で出場するレースパイロットを探しているのだという。極秘だと言いつつ見せて貰った写真は一見ヴォート F4U の水上機改造型に見えたが、仔細に見ると全く異なる新規設計の機体らしいことが伺えた。 私は軽い気持ちで応募の意志を伝えたのだったが、自分が選ばれたと知らされた時は少々慌てた。何万時間ものタイムを持つ凄腕がゴロゴロしている御時世に、何故私のような 30 代そこそこの若造が選ばれたのか未だに理解できない。とにかく私は荷物をまとめ、ガールフレンドに暇を告げるのもそこそこにカリフォルニアの片田舎にあるヒューズの研究所に飛び込んだ。私にとってハワード・ヒューズは英雄であり、偉大な天才にして空の開拓者であり、彼の身代わりとして最高のレーサーに乗り国際的な舞台で飛ぶことは身に余るほどの栄誉だったのだ。だが、私はすぐに現実の味を思い知ることになる。 ヒューズ氏は極端な完璧主義者であり、リベット一本の位置に至るまで自分の許可なしに変更することを許さなかった。彼は確かに独創に溢れた天才だが、人とアイデアを共有する能力が絶望的に欠けていた。ウェデル・ウィリアムスやキース・ライダーなど、個人が裏庭のガレージでレーサーを作っていた 1930 年代なら彼は天才として通用したかも知れない。だが、今の飛行機は物凄く複雑な代物であり、その成功に必要なのは一人の天才ではなく何人もの専門家と、それをまとめる事のできるマネージメントの能力なのだ。 だが、ヒューズ氏はあくまで不可能を可能にしようとしていた。それは勇敢な挑戦かも知れなかったが、見方を変えれば風車に挑戦するドン・キホーテでもあった。彼は傷の癒えきらない痩せ細った身体で、それでも会議のたびに強硬な意見を出してはスタッフと衝突を繰り返し、チームの間には険悪な雰囲気さえ漂うようになっていた。 やっと機体がまとまって安定した性能が出せるようになったのは、実にレース二週間前のことだった。ここでホッとしたのも束の間、またもやヒューズ氏の爆弾発言だ。外注に出していた新翼型の軽量プロペラが届いたので、これに合わせて減速比を変更した新しいエンジンに積み替えろというのだ!今まで何ヶ月もかけて様々なセッティングを試行錯誤しようやく最適値を掴んだというのに、この期に及んでエンジンとプロペラを丸ごと換えるなど正気の沙汰ではない。私も含めスタッフは本気で反論したが、出資者たるヒューズ氏の意見は絶対だった。 今度ばかりは私も頭に来た。いくら何でも我慢の限度というものがある。飛行機乗りや整備員は誰しも、何がしかの夢を求めてこの仕事に就いている。私たちはヒューズ氏の意のままに動くロボットではないのだ。 私はわざと異常なセッティングで運転してヒューズ氏御自慢のエンジンを焼損させ、整備工は「こりゃ修理は不可能ですな」と首を振ってみせた。普段あまり感情を見せないヒューズ氏もカンカンに怒って怒鳴り散らしたが、「不可抗力です。私を馘にして気が済むならそうしてください。」と言い返してやった。彼が私たちの共謀に気づいていたかどうかはわからない。とにかく私たちが心血を注いでチューンした「予備」のエンジンは再び機体にマウントされ、今こうしてイギリスで試運転しているという訳だ。 一通りの試運転が済んで、私は狭いコクピットから這い出した。海上にはイタリア戦線の戦友…332nd 黒人飛行隊の有志による出場機が出てゆくのが見える。銀色の機体に赤い尾翼が、青い海面と白いウェーキに映えて眩いくらいだ。私は彼等の宿舎を訪問した夜のことを思い出す。笑顔と白い歯と手製の料理、持ち込んだ楽器で奏でる即興のジャズ。資金力だけは潤沢だが、棘々しい人間関係のトラブルが絶えないうちのチームとは何と対照的なことだろう。 だが、私は自分のベストを尽くすだけだ。もし結果に結びついたなら、それはハワード・ヒューズの業績として後世に残るだろう。私の名は忘れ去られるかも知れないが、それでいい。それは私の中で死んだ「英雄ハワード・ヒューズ」の墓碑に捧げる最高の花束になるだろう… |
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作者からのコメント ハワード・ヒューズ御大の出場機、HS-1 とはヒューズ・シュナイダー・ワンの意味らしいです。愛称のグレート・ホワイトを直訳すると「白くてでっかい奴」ですが、人食い鮫として有名なホオジロザメの米名でもあります。主翼が逆ガルになってるのはコルセアと同じくフロート支柱を短くするため。開口部を絞って大型スピナを付けたカウリングと推力排気管、主翼付け根のオイルクーラーなど動力系の配置は丸々シーフューリーの真似。ただし 4360 のキャブレターは吹き降ろし式なので、機首上面にインテイクが出っ張っています。コクピットは主翼付け根より後方にあって前方視界は非常に悪く、梯子がなければ乗り降りできません。 文・画とも Copyright by Y.Sasaki 2001 5/08 |