昇陽

とっても安直

  敗戦により完成していながらその真価を見せることなくその生涯を終えるかに思えた震電、しかし九州飛行機技術陣はコイツを試したくてウズウズしていた、そんな時に飛び込んできたのがシュナイダー1947の知らせだった。彼等は考えた「飛ばすのも作るのも日本でなければ良いんじゃないか?」「日本の出場枠は、あるらしいな」そして「英国へ行くぞ」と誰かが言ってしまった…歯車は回ってしまったのだ。しかーし誰も彼もが貧乏なご時世、なんてったて敗戦直後だ海を渡る金すら無い、結局は解体を控えた某財閥の協力でシンガポールまで行き、そこからは英国海軍に拾ってもらう事になった。そうと決まれば機体とパーツ集めだ、工場を引っかき回して2号機と隠した図面やパーツをかき集め、誉も5・6基採ってきた、もう誰の物でもないので簡単に集まった。
 ついに英国にたどり着いた技術者と熟練工47志、一向は国情を考えた競技委員会の協力で港湾倉庫を与えられそこで機体製作に取り掛かった、心臓部の誉は6基から精度高い部品を集め熟練工によって組上げて更にチューンが施され2重反転6翔ぺラをとり付け、機体は下駄を履かせるため一工夫した2枚だった垂直尾翼を1枚にして下向きに取り付け支柱としたのだ、エアインテークはP51のラジエターを真似て効率向上を図った。こうして下駄を履いた異端の翼は晴れて羽ばたくこととなった。

初投稿のくまプーです駄作機・駄文ですがよろしくお願いします。