危険な火遊び

これは30数年前、とある田舎町で実際に起こった恐ろしい出来事です。

 その日、当時10歳の阿部寛君(仮名)は、友人3人と一緒に裏山で遊んでいました。 そこは、辺り一面がススキの原で、その中央に直径10mぐらい空間が空いている 場所でした。
 最初のうち、彼らは、そこで馬跳びをしたり、鬼ごっこをしたりして遊んでいましたが、 そうこうするうちに、だんだんと夕方近い時刻になってきました。  季節は晩秋。この日は、結構、風が強かったせいもあり、所は南国は九州とはいえ、 寒さが肌にこたえました。
 それでも彼らは、遊びたい盛りの小学校中学年。場所が九州だけに日が暮れるのも遅く、 まだまだ明るいのをいいことに、寒さなど気にせずに遊んでおりました。
 しかし、それでも寒さは徐々に増していきます。やがて、阿部寛君(仮名)の口から 「ちょっと寒いなぁ」という言葉が漏れました。その言葉に他の3人は納得、そろそろ帰ろうかと 思い始めました。
 しかし、友人の一人、堂本剛君(仮名)次の一言に皆は引き込まれてしまったのです。
「俺、マッチ持ってるよ。たき火しようよ!」
これが、この後に展開する恐怖の出来事の引き金でした。
 ああ、なんということでしょう!この一言がなければ、また、このとき堂本剛君(仮名)が マッチさえ持っていなければ、この惨劇は起こらなかったのに!

 辺りは一面のススキの原です。しかも、季節は晩秋で、空気は非常に乾燥しています。 つまり、燃やすものはいくらでもあるのです。
 さっそく彼らはたき火をするために、まわりのススキを引き抜いて広場の真ん中に集め始めました。
 子供とはいえ4人もいれば中々の労働力です。あっというまに、 広場の中央にススキがうずたかく積み上げられました。そして、 堂本剛君(仮名)の手でマッチが擦られたのです。
 やはりススキはよく乾燥しており、簡単に火がつくとメラメラと燃え上がりました。 「こりゃ、あったかいな!」みな、口々にそういいながら、たき火にあたりました。
 しばらくは、皆でじゃれながらもそのたき火にあたっていました。しかし、10数分が過ぎたころ、 背後で妙な音を聞きました。
「パチパチパチ・・・」
 何か聞き覚えのある音です。恐る恐る4人が振り返って見ると、なんということでしょう! おりからの強風にあおられたのか、背後のススキの原に火がついて燃え始めているではありませんか!
「ヤバイ!」
阿部寛君(仮名)を含め他に2人が、とっさに火を消そうと、 燃えているススキの方へダッシュしようとしました。しかし、ここで後方から堂本剛君(仮名)が 叫びました。
「待て!」
3人は、足を止めると怪訝な面持ちで堂本剛君(仮名)の方を振り返りました。 気のせいか、彼の口元には不敵な笑いが浮かんでいるように見えました。
 そして、次に堂本剛君(仮名)の口から漏れた言葉は、まさに悪魔の囁きだったのです!
「スリルを味わおう」
なんということでしょう!彼は、もう少し燃え広がるのを待ってから消した方が ドキドキしておもしろいと言っているのです!しかし、悪魔は彼の中だけに潜んでいたのでは ありませんでした。
「そうだね〜」
堂本剛君(仮名)の恐怖の言葉に、みなは同意してしまったのです!

 燃え広がっていく火を眺めながら、そのまま数分が経ちました。さすがに、そろそろまずい と思った、阿部寛君(仮名)が「そろそろ消そうよ〜」といいました。
 ところが、堂本剛君(仮名)は「まだ、早い!」と言うのです!
 そういったやり取りが4〜5回あった後、「ねえ、もうホントにヤバイよ!」という 言葉をきっかけにするように、やっとのことで
「よし、消せ!」
の号令が堂本剛君(仮名)の口から放たれました。
 その声で4人はバラバラ散って、すでにまわりの3分の2に達している火の手を、 足で踏んだり、手ではたいたりしながら消そうと試みました。
 しかし、火の手はすでに予想を上回る勢いとなっていました。さすがにあわてた堂本剛君(仮名)は 着ていたジャンパーを脱ぐと、それで火のついたススキの原をはらい始めました。それでも、 火の手はいっこうに弱まりません。むしろ逆に、ジャンパーに火の粉が飛び移り、 そこここにコゲ穴を作ってしまいました。

 必死の消火作業をあざ笑うかのように、火の勢い増すばかりです。もはや、 火の手は彼らの手に負えるものではなくなっていました。
 逆に、彼らは自分たちの生命の危険を感じ始めました。そして、
「だめだ!逃げろ!」
そのセリフを発したのは、なんと、この原因を作った堂本剛君(仮名)でした。 しかし、他の3人はそんなことには構っちゃいられません!その声に弾かれたように、 他の3人のことはきれいサッパリ忘れて、バラバラに逃げ始めました。

 堂本剛君(仮名)も夢中の思いで、林を抜け、野を下り、一目散に山のふもとを目指しました。 火の中から走り去ってみると、寒さが急激に身にしみてきました。ふと見ると、 火を消すために脱いだジャンパーを手に握りしめたままだったので、走りながらそれを着ました。
 しばらく走って、やっとふもと近くになり、この山に登るための一番大きな道が林の間に見えてきました。  ホッとした思いで堂本剛君(仮名)はその道に飛び出しました。その途端、大きく左へカーブした 道の右手から、付近の住民から通報を受けた消防車が姿を現したのです。 勢いよくサイレンを鳴らしています。堂本剛君(仮名)は逃げるのに夢中でその音に気づいていなかったのです。
「ヤバイ!俺たちがたき火をしていて火をつけたのがばれちゃう!」
とっさに堂本剛君(仮名)は考えたのです。
 しかし、もはや隠れるのにはおそすぎました。消防車は、堂本剛君(仮名)を見つけると、 一旦サイレンを消し、彼の方に寄って来ると、助手席の消防士が窓から顔を出してこう訪ねました。
「坊や、坊や、火事はどこ?」
堂本剛君(仮名)は、先ほどからの消火活動で、顔、手足と問わず、体中ススだらけです。しかも、 ところどころ焼け焦げのついたジャンパーを着ています。もう、観念するしかありません。 そして、こう答えたのです。
「知ら〜ん!」
・・・人間とは恐ろしいものです。頭では観念したつもりでも、体は、いや、口は、 最後の最後まで、抵抗を試みてしまうのでした。
 しかし、ここで奇跡が起こりました!その消防士が、
「あ、そう」
と言うと、消防車は再びサイレンを響かせて山を登って行ってしまったのでした!
 絶対にばれるウソだと思っていた堂本剛君(仮名)は、不思議な気持ちで消防車を見送りました。 そして、そこで初めて、辺りがかなり暗くなっていることに気づきました。そういえば、 消防車もスモールライトを点けていたようです。そのため、消防士も堂本剛君(仮名)の風体が 良く見えなかったのでしょう。しかし、この場合はスモールライトであったことが幸いしました。 明るいヘッドライトに照らされていたら、きっと、こうはいかなかったでしょう。
 堂本剛君(仮名)は、ホッと安堵の胸をなでおろし、帰宅の途へついたのでした。

 あわれ、その山は全焼してしまいました。けが人や死亡者がでなかったことが幸いだと言えるでしょう。
 そして、翌日の地方新聞のトップには、次のような活字が踊っていたということです。
「××山全焼!原因はアベックの火の不始末!?