超硬質合金(タングステンカーバイト)

2001.11.06 

 「タングステンと大日本帝国」まとめるべく、資料を並べて見た所、日本でのタングステンカーバイト製切削工具生産の話の納まりが悪く、とりあえず先に独立させることにしました。
 戦時中、とかく評判の悪かった日本製工作機械は機械精度も劣り、切削油の質も悪く(戦争末期には水を使っていた話も有ります。)切削刃は折れやすく学徒動員の女学生を泣かせました。

 切削工具としては早くから炭素鋼、タングステン鋼、さらにクロム、コバルトなどを加えた合金が用いられてきましたが、1923年にドイツの化学者シュロッターがタングステンカーバイトの粉末とコバルト粉末を混ぜて焼結する方法を発見、1927年にはドイツのクルップ社が、この方式による炭化タングステンを主とする超硬質合金をウィディアと名づけて販売し始めました。

 さらに米国のゼネラル・エレクトリック社および関係会社がクルップ社の権利を受けて改良を加え、「カーボロイ」「Firthite」「Strauss Metal」の商品名で生産を開始しました。日本でも数年の内に住友電線製造所、芝浦製作所、東京電気、三菱鉱業が研究を始め、住友はイゲタロイ、芝浦はタンガロイ(GEと提携)東京電気はダイアロイ、三菱はトリディアを開発しました。
 今回は記述に出会った住友電線製造所と三菱鉱業から生産の様子を紹介します。


 住友電線製造所(住友電気工業)

 住友電線製造所は従来伸線用のダイスに特殊鋼を使用し、高速度機械用向けなど改良研究を重ねていたが、ドイツでタングステンカーバイト合金が発売されたことを知ると、すぐに研究を開始、発売翌年の昭和3年には超硬合金の試作に成功、4年には自家用ダイスの製作を始めた。6年にはバイトも生産し、横須賀海軍工廠へ納入するなど次第に外部への販売を始めた。
 さらに、従来の硬質合金にタンタル、チタニウムを添加したイゲタロイS号バイトの開発にも成功し、10年から市販を開始した。このバイトは従来製品より耐久性が高まり、それまで無理だった車両タイヤの切削などのヘビーカッティングに好成績を示した。8年にはイゲタロイの生産を大阪研究部から製造部作業課に移し、独立工場での生産に切り替えた。

 軍向け中心に急増したイゲタロイの需要に対応する為、昭和16年3月から伊丹製作所を開設し生産を始めた。
 増産に次ぐ増産に明け暮れていたイゲタロイ工場はさらに増設が必要となり名古屋の近藤紡績所跡に新工場を昭和18年6月に開所した。
 名古屋製作所は昭和20年5月17日空襲を受け、イゲタロイ工場をはじめ工場の7割までが灰塵に帰した。
 大阪製作所も6月1日から4次の空襲にあった。


 三菱鉱業

 現在三菱の製作する超硬質合金の代表的商品として知られているトリディアやステライトの研究も、鉱業研究所の不断の研究から芽生えたのである。トリディアの研究は既に大正12年の研究報告のうちに見える。トリディアはタングステンを主体とした切削工具用超硬質合金であって、研究の結果、昭和7年鋳物切削用のトリディアが完成され、次いで鋼切削用のトリディアが完成された。

 またステライトは昭和10年技師長が欧米出張の際持帰ったコールカッター用ビットにヒントを得て、その製造、研究に当ったものである。この合金はタングステン、コバルト、クロム等を多く含む硬質鋳造合金で、高温でも硬度が落ちないという特性があり、コールカッターのビットのほか切削工具やバルブの盛金に適用され、航空機用発動機のバルブに最適とされた。

 研究所は昭和12年から試験的製造を開始し、14年にはトリディア5,656kg、15年にはステライト8,995kgを製出するにいたった。
 昭和14年4月鉱業研究所は合金類の製造設備を品川大井に移設し、これを大井分所とした。17年2月三菱鉱業は独立事業所として東京金属工業所を設置し大井分所を大井工場としてトリディア、ステライトのほか各種合金触媒、稀有金属等の製造を行うこととした。

 工場は主力をトリディア、ステライトの増産に注ぎ、昭和18年の生産高はトリディアチップ3,898kg、トリディアバイト42,239本、ステライト26,343kgとなり工場は種々増産に努め、19年にはトリディアチップ4,054kg、トリディアバイト96,036本、ステライト33,396kgと増加したが、原料のタングステン、コバルト等が次第に入手困難となったほか、電力制限等の規制もあって需要に応ずることが困難となった。

 昭和19年末には更に空襲の危険も加わったが、20年に入ると工場疎開の問題も迫って、生産を継続し兼ねる状態となった。


 引用・参考文献

住友電工百年史 住友電気工業株式会社
平成11年2月発行

三菱鉱業社史
昭和51年

東京製網100年史 東京製網株式会社
平成元年4月発行



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