自衛隊こぼれ話

医 師 養 成

 毎年3月になると、防衛大学校卒業生の任官拒否が話題になる。私が幹部候補生学校に勤務 していた時も、毎年1割前後の者がこの時期に退職していた。ところが、そんな事で驚いては いけない。もっと深刻な問題を抱えていたのである。それは衛生幹部候補生の退職問題である。  彼らは将来自衛隊に医官として勤務することを条件に、奨学金を受けて一般大学の医学部に 通う。大学を卒業すると、衛生幹部候補生に任命されて、1等空曹の俸給と営外手当が支給さ れる。その当時、一般の医学生がインターン(無給医局員)と呼ばれて無償で研修を行ってい るとき、彼らは自衛隊員として身分を保証され給料をもらいながら研修ができたのである。    そして1年後、医師国家試験に合格すれば直ちに2等空尉に任命される。防衛大学校卒業生 以上の優遇である。ところが困ったことに、医師国家試験に合格すると同時に色々と理由を付 けて退職を申し出るのである。これを引き留める手段はない。 義理も人情もあったものではない。防衛大学校卒業生の場合は2割が退職しても8割は残る。 だが、衛生幹部候補生は10名のうち残るのが1名か2名であった。確か昭和40年度の出来 事だったと思う、全員が退職を申し出て1名も残らなかったことがある。
   
 予算の説明で校長室に行つた際、話のついでにこの件に触れ、現行制度では国費の無駄使い だから、改善する必要があるのではと私見を述べた。聞いていた校長は、 「永末! 君はものの見方が小さいなあー 自衛隊の立場から見ればそうかも知れんが、国全体 から考えれば、それだけの医者を養成したことに変わりはないのだから、国費の無駄使いなど ではない、心配せんでもよろしい……」 と、言われた。なるほど理屈はそうかも知れない。しかし、いくら医者不足の時代であっても、 なんだか割り切れない気持で退出した。  われわれ会計幹部は、会計検査院の実地検査で問題を指摘されることを恐れていた。何かに つけて、国費の無駄使いと決めつけられるからだ。制度の問題が原因であっても現実に会計検 査院の検査員と応対するのは会計幹部だからやり切れない。校長の説にしたがえば確かに国全 体としては無駄使いとは言えないかも知れない。とは言っても、会計検査院がそれで納得する とは思われない。  昭和49年4月、防衛医科大学が開校した。これによって自衛隊の医官の養成制度は大幅に 改善された。ただし、これで中途退職の問題が解決したとは思われない。根本的な問題は制度 を改正しただけでは解決できないのではなかろうか。  さて、あの当時退職して行かれた数多くの先生方、恐らく現在は開業されて、医療の第一線 でご活躍のことと推察いたします。中途退職した件で、少しでも“後ろめたい”気持ちをお持 ちでしたらご安心下さい、後始末はきっちりと着けておきましたから。
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