自衛隊こぼれ話

学生隊の体質

 二〜三ヵ月経つと学生隊特有の体質が分かってきた。区隊長や区隊付の努力にかかわらず、 その成果が現れないのは、教育環境に問題があるのではと思われた。学校は本来学生教育のた めにある。ところが隊舎一つを例にしても、新築された立派な隊舎には基幹隊員が入り、学生 は米軍が管理していた時代に、幼稚園として使われていた腐りかけの建物に入れられている。 学生は在隊期間が短く、数ヵ月間しかないという理論である。  しかし、その数ヵ月間が問題なのである。学生隊の首脳陣ですらこの風潮を容認している。 娯楽設備にしても同様に、基幹隊員が優先である。これでは本末転倒ではなかろうか。いくら 勉強するための学校であっても、課業時間以外は基幹隊員並にくつろがせることが必要である。  私の在任中に第1大隊は隊舎の引越しを行った。その引越した先も旧陸軍時代に建てられ、 白蟻に侵された隙間だらけの建物であった。ただ食堂や教室が幾分近くなって地理的に多少便 利になった程度である。その点、第2大隊の居住施設は、元航空学生教育隊が使用していた隊 舎で、芦屋基地の中では比較的恵まれた環境であった。  生活環境が悪い反面、清掃担当区域は入校学生のピーク時の人数で割り当てたのか、比較的 広大であった。だから、入校学生の少ない時期は大変である。そのうえ、何か行事などがある と、真っ先に作業員に狩り出される。これでは何のため学校に来ているのか分からない。  さらに悪い習慣があった。それは区隊会費という名目で毎月一定の金額を学生から徴収する のである。形のうえでは自主的運営になっているが実質は強制である。本来は衣食住すべてを 国の費用で支弁するのが原則である。だが、予算が必ずしも潤沢でないため、トイレットペー パーその他共同の消耗品などを購入するのが目的でこの慣習が続いている。  これを使えば会計課と調整して、正式に予算手続を踏む繁雑さがない。そのため目的を拡大 解釈して、本来国の予算で支払い可能なものまで安易にこの会費で支払うようになり歯止めが 効かない。  われわれも幹部候補生学校時代に同じように区隊会費を徴収されていた。ある時、野外訓練 に際し折箱代を徴収すると言ってきた。理由は、 折箱があれば給養班で弁当を作ってくれるが、 それがないと弁当は作れないと言う。  使用目的が納得できるのであれば問題はない。ところがどこかがおかしい。すぐに会計課に 行った。1期先輩の秋吉3尉がいるので関係予算がないのかと質した。ところが予算はあるの だ。ただし、これを使用するには事前に予算使用の計画書を作成して、会計課と調整しておく 必要がある。学生隊からそんな計画書は出ていないと言う。  問題は学生隊本部の担当者が、この手続きを怠るのである。面倒な計画書を作成して会計課 と事前調整するより、学生に金を出させる方がはるかに簡単だからである。また予算がないの であれば、飯盒を使用することもできる。要するに担当者が一番安易な方法で楽をしたいので ある。  第10期の幹部候補生37名の中には、会計職域の者が3名もいた。そのため予算について は熟知している。本来国の費用で負担すべきものまで学生に出させるのは不当であると、皆で 話し合って支払いを拒否した。  われわれは学校が奈良に移って最初の入校学生である。だから、悪い習慣は残したくないと 思っていた。そのため、筋だけは通したのである。だが、必要なものは負担した。そして卒業 の際には、残った金で区隊対抗競技のために「優勝盃」を寄贈したのである。  ところが、術科学校の新隊員にはこんな理屈を主張する力はない。だから言われるまま金を 出している。だが、内心面白いはずがない。  また学生隊本部が積極的に動かないため、そのしわ寄せが区隊長や区隊付にくるのである。 そして、何か事が起きると区隊長や区隊付にその責任を押し付けて反省がない。真の責任者は もっと上の方にいるのである。  要するに、学生にあれこれ文句を言う前に、勉学に専念できる教育環境を整備する事が先決 問題である。ところが、いくら意見具申しても学生隊長止まりで上には届かない。素人の大隊 長の分際で改善意見など僭越だ! 程度の反応で意見は無視され、旧態依然として教育環境は 改善されない。  これは、第一線の指揮官は、与えられた編成と装備で黙って任務を遂行すればよい。みだり に援軍を求めたり装備の改善を要求してはいけないという、旧軍時代の思想を強要しているの だ。こんな調子だと、また原爆に対して竹槍で対抗することになりかねない。  学生隊の編制には学生隊本部がある。ここには総務係をはじめ訓練係・補給係・施設係など の人員が配置され、本部班長が統括している。各種訓練や行事の企画立案の機能が付与されて いるのである。ところが、学生大隊は普通の大隊と異なり大隊本部の編制も人員の配置もない。 これは学生隊本部で企画立案した訓練計画や行事計画を、学生隊長の命令で実行する組織だか らである。  中村校長は、大隊長の交替を画策するよりも、学生隊本部が有効に機能するような改革を断 行した方がはるかに効果的であったのだ。          *  ちょうどこの時期、雫石上空で自衛隊F86F戦闘機と全日空機が空中衝突事故を起こして、 大勢の犠牲者を出した。その責任をとられ就任後間もない増原防衛庁長官が辞任された。また、 航空幕僚長上田空将も長官に続いて辞任されるという事件が起きた。  私もこの事件と前後して、部下隊員を2名死亡させた。彼らは私が大隊長に就任する以前か ら、北九州市若松区内の精神科の病院に入院加療中であった。そして彼らと同期の学生はすで に卒業して、ここでの顔見知りは区隊長と区隊付だけという状態であった。  時期をみて区隊長を伴って見舞に行った。顔色も良く元気そうなので安心していたところ、 突然の訃報である。すぐに病院に行き、お通夜・葬儀・火葬と一連の処置を区隊長や区隊付を 指揮して取り仕切った。この間、本来ならこの業務を直接担当するはずの学生隊本部からは、 何の支援もなかった。  会計幹部として、この種実務には経験があり使用可能な予算なども承知していたので、業務 処理に不安はなかった。また、会計課長も「会計一家」の苦境に対して、物心両面で協力して いただき事後処理も無事終了した。  一段落したと思ったら続いて同じ病院に入院していた他の1名が、病院からいなくなったと 連絡を受けた。前回以上に大騒ぎとなり、警備班に依頼して警備犬を使って捜索したが依然行 方が分からない。そして、3日目に遺体で発見された。
   
 遺体の収容、死体検案の立会いなどこの時も前回と同様に学生隊本部からの指導や指示など は一切なく、大隊だけで処理する以外になかった。余分な仕事を背負い込んだ区隊長や区隊付 は大変である。不必要なことには口出しするのに、肝心な時には知らぬ顔をしている。これで は何のための学生隊本部なのか分からない。これが私の体験した学生隊本部の体質である。
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