自衛隊こぼれ話

審判官を逮捕せよ!

毎年秋になると、航空自衛隊恒例のADX(防空演習)が実施される。これに関連して、各 基地毎に基地警備演習が行われる。 演習では基地司令その他のお偉方は、統裁部を編成して本来の配置から外れる。だから演習 部隊の指揮官はそれぞれ一段階づつ上級部隊の指揮をとることになる。芦屋基地では基地司令 に代わり、第3術科学校業務部長鑰山1佐が基地全般の指揮官となる。 その下に西地区は第2高射群、中地区は第13飛行教育団、そして東地区が第3術科学校と 3区域に分けて区域別に警備を担当する。ナイキ陣地、 飛行場そして隊舎地区とそれぞれ所属 人員に比較して広大な割り当て区域を受け持つ関係で、警備配置の密度は薄くなるのは止むを 得ない。 第3術科学校では、教育部の幹部教官は審判官を命じられて統裁部に編入される。空曹教官 は主としてフェーカー(仮設敵)となって別行動をとる。だから、第3術科学校の警備部隊は 学生隊と業務部の一部が主力となって編成される。東地区の指揮官は本来ならば学生隊長であ るが、演習では第一大隊長の役目となる。 演習に関する「一般命令」に基づいて、警備部隊を編成する。指揮下に編入された全隊員を 講堂に集めて演習規定を説明するとともに、必要な注意事項を与える。特に武器の取り扱いに ついては、慎重に行うよう注意を喚起する。空包であっても、条件次第では殺傷能力があるか らである。 演習は早朝の「非常呼集」によって開始されるのが通例である。乙武装に身を固め、あらか じめ指示した警備部隊の編成にしたがって集合させる。直ちに「現況説明」を行い警備計画に 基づいて配置に付ける。ここまでが第1段階である。 配置に付けたまま交替で朝食をとらせる。昼間は陣地構築や歩哨勤務の要領など、それぞれ の配置において教育を実施する。これが第2段階である。演習の本番は夜間に実施されるのが 通例である。役職は変わっても毎年同じような演習に参加しているので、その流れは予測でき るのである。 早めに夕食をすませたフェーカーが、爆竹や発煙筒などを持つて基地の外に出て行く。これ からいよいよ本番の開始となる。フェーカーの服装は作業服に作業帽だけでライナーは被らず 弾帯もつけない。演習規定に決められた、唯一の敵味方識別の目安である。また、統裁部幕僚 や審判官は作業服装に白の腕章を巻くことになっていた。 夕日が沈む頃から本格的な演習に移行する。徐々に緊張感が高まってくる。芦屋基地は脊振 山サイトと違いキチンとした外柵が巡らされている。そのうえ重要箇所には極細の電線を利用 した警報装置などを設置し、さらに警備犬まで配置して防備は万全である。 また、フェーカーといっても本来は身内のことだから、外柵その他の設備を本当に破壊する 心配はない。だから、侵入箇所も推測できるのである。防禦側はそこを重点的に警戒すること になる。 あちらこちらの外柵付近で、爆竹が鳴らされたり発煙筒を投げ入れたとの報告があっても、 これは相手の陽動作戦に過ぎないので慌てる必要はない。恐らく暗くなってから海岸の松林あ たりから西地区に侵入するか、外柵の下の砂を掘って這い込むぐらいが関の山である。配備が 完了して状況が一段落したところで、指揮班に夜食の準備をさせる。 「幹部食堂火災!」 突然電話で報告がはいる。すぐに消防車が出動、消火活動を始める。 「水道ポンプ小屋爆破、負傷者あり!」 衛生隊に通報して、アンベランス(患者移送車)を走らせる。急に騒然となってきた。 しかし、どう考えてもおかしい。どこの警戒線も基地外からの侵入を許した形跡はないうえ、 基地内でフェーカーを発見したとの報告も受けていない。なのに内部で「爆発」や「火災」が 発生している。これは統裁部が「現況表示」を行ったのだと直感した。
   
演習ではその流れを円滑にし、訓練効果を高めるため統裁部で「○○○爆破・負傷者〇名」 「○○○に火災発生」などの状況を示して対応処置を演練することがある。しかし、その場合 は演習規定にその旨を記載するのが通例となっている。ところが、今回の演習規定には統裁部 が「現況表示」を行うとの規定はない。演習規定を確認し直した。 「──仮設敵は実人員を以て示す。仮設敵の服装は作業服に──」と、あるだけで、統裁部が 「現況表示」を実施するとは一言半句も書かれていない。これは明らかに演習規定に違反して いる。 審判官はフェーカーの勢力が弱い場合、目的達成以前に阻止された状況でも「爆破成功」や 「火災発生」など、フェーカー有利に判定して演習を盛り上げることがある。これは演習部隊 の演練を目的とするためでそれなりに意味があるので容認できる。しかし、演習規定にも明記 せずに、審判官が一方的にフェーカーの代役をしたのでは警備部隊側は混乱する。 野球の試合でも審判員が公正を欠けば、監督が抗議して試合は中断する。演習でも同じであ る。すぐに指揮班を集合させ命令を伝達した。 「フェーカーが基地内に潜入した兆候があるが、これは審判官に変装して行動していると考え られる。よつて各隊は、審判官の服装をした者をすべて検束して、所持品を検査せよ。発煙筒 その他不審な物件を所持している場合は、フェーカーが変装したものと判断して逮捕せよ」 「命令伝達者は、直ちに復命する必要なし。命令の実行状況を確認してから報告せよ」 命令伝達者は各隊へ散って行った。基地防衛隊司令の鑰山1佐には、 「フェーカーが審判官に変装した兆候がありますから、各隊に確認させます」 とだけ電話で報告した。 しばらく様子をみていると、命令伝達者がニコニコしながら帰ってきた。彼らの報告を聞く と、予感は的中していた。やはり、審判官がフェーカーが侵入してもいないのに勝手に「現況 表示」を行っていたのである。 「新隊員が面白がって審判官を追っかけ回していますよ」 と、当人も面白そうに話している。日ごろ威張っている教官連中が、新隊員に追っかけられて 逃げ回っている姿を想像して笑いが込み上げてきた。
   
さーて、このままで治まるはずがない。案の定、電話が鳴り響いた。統裁部の幕僚からだ。 「馬鹿者! 審判官を逮捕させてどうするんだ!」 「審判官は逮捕しておりません、逮捕したのは審判官に変装したフェーカーです」 「何でもいいから、すぐ釈放せよ!」 「できません! こちらは演習規定によって行動しています、規定を読み直してください」  演習規定の不備を持ち出せば相手は何も言えない。自分たちが起案した文書だからである。 「──状況に応じて、審判官が『現況表示』を行う──」との一項目を入れておけば、このよ うな問題は起こらなかったのである。 統裁部幕僚勤務の学生隊長も、私の頑固さは承知しているので手の施しようがない。こちら も日ごろの欝憤を晴らせる絶好の機会だと思っているから後に引かない。演習部隊指揮官とし ての意地である。これで演習は目茶苦茶になってしまった。審判官が一人もいなくなったのだ から当然である。 しばらくして、基地防衛隊司令鑰山1佐から電話があった。 「永末、もういいだろう……」 どうやら鑰山1佐も事情を理解したらしい。 「ハーイ、了解しました」 直属の指揮官からの命令であれば鉾を収めるしかない。野球試合でも抗議が長引けばフアンが 怒る。納得したのではないが演習は進行中である。演習全部を中止に追い込むこともできない。 「発煙筒その他の所持品を没収して釈放せよ」 と、指揮班に命じて各隊に伝達させた。発煙筒などの資材を没収しておけば、次の準備に相当 な時間がかかるはずである。せめてもの腹いせである。 誰でも上級者に楯突くのは得策でないことぐらい承知している。しかし、日ごろの不満が積 もっていると、機会があれば爆発する。学生隊に所属してすでに半年を経過し、その欠陥体質 は見抜いていた。問題は学校でありながら、その主体である学生の教育環境を軽視して、その 改善策を具申しても一向に改めないことに対する不満である。 一般企業であれば、こんな反乱を起こせば首が危ない。ところが自衛隊ではこの程度の反抗 では「懲戒処分」の対象にはならない。当事者には睨まれても、 「それだけの筋を通すとは、たいした奴だ」 と、ある面では評価される場合もある。  ともあれ、 大隊長の配置もこれで終わりだと観念した。そもそも大隊長などに祭り上げられ たのが間違いの基なのだ。見切りを付けるのによい機会である。未練などさらにない。
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