自衛隊こぼれ話

     防衛大学校推薦状

        毎年3月になると、防衛大学校卒業生の任官拒否問題が話題になる。これは前々からの問題 である。そして、この解決に特効薬は見当らない。また卒業の際だけでなく、入学試験とその 合格発表にも問題を抱えていた。  予科練の同期生で、息子を防衛大学校に入校させたいと言ってきた者がいる。 「一次試験は実力だから、俺の力は及ばないが、一次に合格すれば方法があるから頑張れ」 と、激励した。  その方法とは推薦状を提出することである。推薦状といっても裏口入学をお願いするのでは ない。防衛大学校は一般の大学に比較して試験期日が早い。そのため、入学する意志もないの に単に腕試しに受験する者がいる。これらの判別は困難である。  だから合格発表に際しては、この入校辞退者を見越して多目に合格させるしか方法がない。 ところが、それでも入校定員に過不足が生じる。二次試験に際し、現職幹部自衛官が推薦状を 提出することは、『この者が合格した場合は責任を持つて入校させます』という誓約書みたい なものである。  彼の息子は、一次試験に見事合格した。連絡を受けたのでさっそく推薦状を提出した。いよ いよ合格発表が近づいた。一刻も早く合格を知らせてやりたいと思い、空幕の知人に電話を入 れて調べてもらった。ところが合格者名簿をみたが、彼の名前は載っていないとの返事である。 そんな馬鹿な! 俺が推薦状を付けているのだ。これでは友達に合わせる顔がない。  今度は、落ちた理由を調べてくれと頼んだ。そこまでは無理ですよ……。と渋るのを無理に 頼み込んだ。 「どうも、特調(身元調査)に問題があった模様です……」 との回答を得た。うーん、これは俺の責任ではない、息子が学校で何か問題でも起こしていた のであろう。  さっそく電話を入れて残念ながらと、不合格とその理由を伝えた。 「思い当たる事があるので……、今度会った時話すから……」 と、なぜか慌てている様子である。裏に何かあるのだろう。  次に会った際に聞いた話によれば、問題を起こしていたのは息子ではなく彼本人であった。 復員して就職した会社で、派手に労働運動をやったらしい。彼とてもご多分に漏れず《特攻く ずれ》である。言動に少々行き過ぎがあったとしても不思議ではない。これがブラックリスト にでも載っていたのかも知れない。 「この件は、息子には絶対内緒にしてくれ……」 と、真剣に頼まれた。親の因果が子に報いるとは、このことであろうか。    その翌年、今度は実姉の次男が防衛大学校を受けたいと言ってきた。そして今度も一次試験 に合格した。こちらは親戚のことで内情は承知している。だから、特調などに引っ掛かる心配 はない。さて、推薦状を書く段になって考えた。できることなら今度こそ確実に合格させてや りたい。それには推薦状を自分で書くより、もっと大物に頼んだ方が効果があるだろうと判断 してその手続きをとった。  お陰で見事に合格して、合格通知や入校案内が送られてきた。ところが入校直前になって、 「長崎大学にも合格したから、そちらの方に行きたい……」 と、言いだした。
   
「もーう、勝手にせーい!」 それ以降二度と再び、防衛大学校の推薦状を書くことはなかった。
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