自衛隊こぼれ話

       趣味と実益

 私が第12飛行教育団に勤務しているとき、第8航空団(築城基地)の会計隊長は松尾3佐 であった。彼との付き合いは長い。私が脊振山サイトに勤務しているとき、彼は下甑島サイト の会計小隊長の職にあった。昭和43〜5年は、第3術科学校の教官室で一緒に勤務した仲で ある。非常に真面目な性格で、われわれがマージャンだやれゴルフだと遊んでいるのを、いつ も苦々しげに見ていた。  その彼と、木更津市の第1補給処で行われた空幕主催の「資金前渡官吏会議」で久しぶりに 再会した。 「永末さーん、俺……、考え方を替えたよ、マージャンも覚えたしゴルフも始めたよ……」 「エッ! 何でまた宗旨替したの?」 資金前渡官吏会議。第1補給処にて
 彼の説明はこうである。部下の空曹が停年を迎えるので、再就職の世話をするため面接に連 れて行った。そして、その面接内容を聞いて仰天した。普通の会社なら会計出身者と聞けば、 「算盤は何級ですか?」 「商業簿記ができますか?」 などと、質問するのが常識というものである。  ところが、そこでは仕事の能力についての質問など一切しなかった。その代わり、 201 「マージャンはできますか?」 「ゴルフのハンディは幾つですか?」 などと聞かれたそうである。これは仕事に関する事務的な能力よりも、人間の交際能力を重視 した選考の仕方である。
「それ、どこの保険屋ですか?」 人間関係を重視する以上、てっきり保険会社が外交員を選考したものだと思った。 「行橋の代理店ですよ……」 「エエッ!」  今度はこちらが絶句した。代理店は代理店でも保険会社の代理店ではなく、われわれが国の 予算を預託している日本銀行の代理店なのだ。もちろん、停年後の再就職だから、保安要員か 集金業務の担当者として選考したのであろう。  それにしても、世の中変われば変わるものである。この事件を契機として彼も一念発起した。 停年後の実益と趣味を兼ねて、マージャンを覚え、ゴルフを始めたというのである。                        *  私が脊振山サイトに勤務していた時期、柳2尉(高尾山)・出水2尉(見島)・石岡3尉 (海栗島)・奥村2尉(福江島)・松尾2尉(下甑島)・後藤3尉(高畑山)がそれぞれ会計 小隊長(分任資金前渡官吏)に配置されていた。司令部の会計班長(主任資金前渡官吏)には 河野2佐が任命されていた。  毎年定例的に「分任資金前渡官吏」を司令部に集めて会議が開かれていた。年度予算の説明 や予算執行に対する注意事項、その他関係法令の改正に就いての説明などが主な議題であった。 ある年のこと、夜の懇親会が終わったあと、柳2尉の呼びかけで一卓囲むことになった。ただ し、真面目がとりえの松尾2尉はこの種の遊びに無縁なことは言うまでもない。  会議も最終日となって、見島サイトの出水2尉が私の所に来た。 「ナッ永末さん、オッお金……、少しカッ貸してくれんね……」 「いいですよ、 でも何んに使うの? お土産でも買って帰るの?」 「うーん……、チッちょっとカッ帰りの旅費が……」 と、言い渋っている。  こんなに付き合いの良い人もいたのだ。それに引きかえ、発起人であり独り勝ちの柳2尉は、 ただ、ニヤニヤと笑っているだけである。平和な時代の楽しい交遊の一齣であった。
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