自衛隊こぼれ話


   平家屋敷跡

                   田川郡方城町 高津政秋氏 町史「方城かたりべ」より。  田川郡方城町大字弁城より大字伊方に至る山の稜線の境界から東側に、約四〜五百メートル寄った 尾根からちょつと降りた所に、山の斜面には珍しく、かなり広い平坦地があります。 ここは昔から「平家屋敷跡だった」と語り継がれ、近所の古老たちからも度々聞かされていました。 私も四十年位前の若い頃、それらしい所を探しに行ったことがあります。話に聞いていた椎の古木 は直に見当たりましたが、屋敷跡と思わしきところは、一面の茅藪で覆われていて地形さえはっき り解らず、そのまま帰ってきたことを思い出します。 この地はその後、荒野を切り開いて整地され、桧や杉の木が植林されて、今ではすくすくと育って います。そこでもう一度平家屋敷跡を、確かめてみたいと思い、最近史跡に関心の深い人たち四人 で、現地を調査してみました。 椎の古木は植林するときも切らずに残していたと聞いていましたので、それを頼りに行きますと、 桧の木立の間こそ透かして見えますが、椎の木の周辺は切り立った岩山で植林さえできない土地で 昔のまま放置されていたため、身の丈に余る藪地でした。その藪を切り開いて、よじ登るようにし て椎の古木にたどりつきました。その時の感動はひとしおでした。 椎の木は一本の幹の廻り三メートル四十センチ、一本は地上で六つに岐れて、そのうちの一枝は、 這うように横に横に延びています。その幹の周りをを測りますと、七メートル余りもありました。 更に三メートル位の木が一本、都合三本の木は岩の合間にがっしりと根を下ろし、樹の高さこそあ まり高くありませんが、ちょうど盆栽のこり固まった姿のようです。 岩のあいだを苦労して育った、普通より小さめな葉っぱの梢を、麓から吹き上げる風が鳴らして、 あたかも一千年の歴史を物語っているかのような感慨に耽りました。 この椎の木より五十メートル位下に屋敷跡と思われる平地がありました。この地は桧がすくすくと 育っていますが、木立の間は透かして見られ、長方形の平地のやや東によったところにくぼ地があ りました。くぼ地の内には大小様々な石が転がっていましたが、これは植林のため整地するときに 邪魔になるものを投げ込んだものだと聞いています。確かに池の跡です。 東上の方向に水路跡らしきものも見られます。これより一段下の所に上より狭い平地があって貯水 池の跡もありました。付近には何ケ所もこうした人工的な平地があって、これが屋敷跡か作物を耕 作していた畑の跡かはは今のところ分りません。 もう一つ「ババコヤ」という地名を私も祖先から聞かされ、地元の人もみんな知っています。私共 はこの山の上の方が「ババコヤ」だと聞かされ、この地に何があったか聞かされていませんでした。 だだ「ここは老婆が一人住んでいた跡なんだろう。」とのみ想像していました。 こんどの調査で感じたことはこの「平家屋敷跡」「ババコヤ」とか云う昔から言い伝えられている 地名をいかに理論的に位置づけるかということでした。 そのためにはこの土地を地形的に判断しなければなりませんが、福智山脈に連なる峰峰は、方城に 至って焼立て坊主を頂点として、尾根は長く延び尾根より深く刻まれた渓谷は「紅葉ケ谷」「ヤゲ ン谷」「ババコヤ」「カラタニ」「ヤクシガ谷」と湧水を集めて伊方川に注いでいます。 現地に立って周囲を見渡せば、ここは峻険なる山の頂上付近に位置して三方山に囲まれ、唯、前方 のみ視界が開け、下田川一帯から伊田、嘉穂の一部まで望まれます。屋敷跡と思わしき裏手は険し い岸壁を背負って椎の大木がそびえ、敵の来襲に備えて、見張りにも最適な場所であったと想像さ れます。 今まで私達のイメージは平家屋敷とは、平家の落人の隠れ里だと「ババコヤ」とは老婆の一人住ま いの跡だっただろうとのみ想像していましたが、これは間違っていたと感じました。 その理由を申しあげますと、屋敷跡と思われる人工的に造った広場が一ケ所ではなく数ケ所もある ことから、かなり大勢の人が住んでいたと思われます。広場の裏手は険しい岸壁を背負った要塞の 地であり「ババコヤ」とは軍馬を調教し飼育していた「馬場古屋」であっただろうと解釈したとき、 この平家屋敷は落人のの里ではなく平家の城塞の跡だっただろうと思います。 平家物語によりますと、平家が西国をその勢力下に治めたのは清盛の全盛時代より二代前の正盛の 時代だとされています。おそらく平安時代の後期に平家の勢力下にあった一族が、天険の地として 山岳の中腹に矢倉、物見台、兵の屯所、馬の調教所などを構えていた跡ではなかったでしょうか? もちろんこれを結論づけるにはまだまだ詳しく調査しなければなりませんし、山続きである弁天城 との関連性も興味深いところです。
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