歩兵操典

第五篇 大隊教練
第二章 戦闘
第一節 攻撃
  1. 第485
    戦闘の為前進する大隊は捜索及び警戒の処置を講じ、隊形を選び、地形、気象等を利用し、成るべく長く集結せる隊勢を以って、速やかに敵に近接す。而して敵砲兵等の有効射撃を被るの顧慮あるに至れば適宜疎開せる隊勢に移り、為し得る限り損害を避けて前進す
  2. 第486
    戦闘の為の前進間、大隊の運動は通常基準中隊及び其の前進目標(方向)を以って規正す。而して基準中隊には所要に応じ逐次前進目標を示し、或は後方に前進方向の基準を標示し、又は磁石に依り方向を指示する等、手段を尽くして方向を誤らせしめざるを要す
  3. 第487
    戦闘の為の前進間、大隊長は勉めて前方に進出し、自ら敵情、地形を監察し、重火器等には適時企図を示して所用の偵察を為さしめ、要すれば此等部隊を前方に推進する等、機を失せず爾後の戦闘を準備す
  4. 第489
    大隊長は敵の警戒陣地に対し、通常砲兵及び重火器支援の下に所要の兵力を以って攻撃せしむると共に、主陣地の捜索に勉む。攻撃に任ずる部隊は、砲兵及び重火器と密に連繋し、配備の間隙より突進し、勉めて敵を包囲す。此の際、為し得る限り俘虜を獲得するの着意を必要とす
    大隊長は主陣地前の撒毒を顧慮し、所要の重火器等をして其の企図を随時破摧し得る如く準備せしむ
  5. 第490
    大隊の展開は、状況の許す限り敵に近接して行う。然れども、戦機を逸し、或は爾後の戦闘を拘束することなきを要す
    展開は秩序と連繋とを保ち、且つ成るべく遮蔽して迅速に行う
  6. 第491
    展開を行うには、大隊長は勉めて中隊長等を集め、現地に就き、状況、自己の企図、就中大隊の攻撃目標及び戦闘遂行の要領を示し、第一線中隊及び其の攻撃目標、重火器等の任務、予備隊、各部隊の関係位置、連絡、要すれば基準中隊、使用弾薬の概数等、所要の事項を命ず
    状況急を要するときは各部隊に逐次所要の命令を下し、速やかに行動に就かしめ、爾後之を補足す
    何れの場合に於いても、大隊長は企図を明示し、命令の内容及び下達法を当時の状況に適合せしめ、各部隊の行動をして敏速適切ならしむ
    中隊の攻撃目標を示すには、通常攻撃すべき敵、若しくは敵の第一線を以ってし、為し得れば爾後攻撃して進出すべき地点、若しくは攻撃前進すべき方向を示す
    現地に就き、未だ攻撃目標を示す能わざるときは、通常基準中隊に依り展開せる大隊の運動を規制し、爾後速やかに攻撃目標を示す
  7. 第492
    展開に方りては、通常重点を指向すべき部分を決定し、之に応ずる如く兵力を部署す。最初より之を決定する能わざるときは、爾後に於ける兵力の使用に支障を生ぜざる如く融通性を存するを要す
    我が兵力に比し著しく広き正面の敵を攻撃する場合に於いても、重点に勉めて大なる兵力を充当し、他の方面には最小限の兵力を用う
  8. 第493
    展開に方り、第一線に幾何の中隊を出すべきやは状況に依るも、少なくも1中隊の予備隊を控置するを可とす
    予備隊は、為し得る限り戦果の拡張、要すれば正面の拡張等に用う。何れの場合に於いても、極力敵を包囲する如く着意す
  9. 第494
    大隊長は、状況、特に地形之を許す限り包囲を行うべし。又、敵の間隙を発見せば、直ちに之に乗じ局部的包囲を行うを要す
  10. 第495
    機関銃中隊は大隊長直轄使用し、主として敵の重火器を射撃し、第一線歩兵の近距離に於ける攻撃に協同せしむ。状況に依り歩兵の中距離に於ける行動を支援せしめ、時として遠距離の重要なる目標を射撃せしむ
    大隊長は状況に依り予備隊の機関銃を直轄使用することあり
    機関銃に任務を与うるには、協同すべき部隊又は射撃区域(目標)を以ってし、且つ要すれば陣地の概要、行動すべき地域等、所要の事項を示す
  11. 第496
    大隊砲は大隊長直轄使用し、主として敵の重火器を射撃し、第一線歩兵の近距離に於ける攻撃に協同せしむ。状況に依り歩兵の中距離に於ける行動を支援せしむることあり
    大隊砲に任務を与うるには、射撃区域(目標)又は協同すべき部隊を以ってし、且つ要すれば陣地の概要、行動の準拠、使用弾薬の概数等、所要の事項を示す
    連隊砲を配属せられたるときは連隊長の用法に準じ使用す。状況に依り、先任指揮官をして連、大隊砲を統一指揮せしむることあり
  12. 第497
    速射砲は大隊長直轄使用し、主として対戦車射撃に任ぜしむ。状況に依り側防機能、特に銃眼に対する射撃等の為、所要の兵力を使用することあり
    速射砲に任務を与うるには、通常対戦車射撃を準備すべき方向、及び行動の準拠を以ってす。側防機能等を射撃せしむるには射撃区域(目標)を以ってし、且つ要すれば陣地の概要、行動の準拠等、所要の事項を示す
  13. 第498
    大隊長重火器を部署するに方りては、特性を考慮し其の統合威力を最大に発揚して第一線歩兵の行動を容易ならしむるを要す。此の際、一部を己に近く配置し火力を適時所望の目標に指向せしめ、或は所要の重火器をして第一線歩兵の前方に在りて躍進し其の前進を援護せしめ、或は包囲に方り外翼を援護するか若しくは正面の敵を抑留せしむ
  14. 第499
    作業隊を配属せられたるときは、大隊長は障碍物の破壊、陣地内の掃蕩、主要なる瓦斯勤務等に使用し、要すれば第一線中隊に配属す
    作業隊及び工兵を配属せられたるとき、之を一指揮官に統一指揮せしむべきや、或は其の特性に応じ各別に使用すべきやは状況に依る
  15. 第500
    戦車を配属せられたるときは、通常第一線歩兵の突撃及び陣内の攻撃に直接協同せしむ。之が為、大隊長は其の企図に基づき、地形、連隊砲及び砲兵の射撃等を考慮して任務を与う
    戦車に任務を与うるには、自己の企図を示し、戦車の攻撃目標、障碍物を破壊すべき地区、戦闘加入の時機、出発位置、戦闘間の集結地、要すれば歩兵線の超越法、歩戦間の連絡等、所要の事項を命ず。状況に依り、単に協同すべき部隊を示すことあり
    攻撃目標を示すには、現実の目標、若しくは敵重火器、特に側防機能の現出を予想する地域を以ってす
    戦闘間の集結地は、掌握を確実にし、連絡を恢復し、爾後の戦闘を準備する為、成るべく掩蔽し、進出便にして連絡容易なるを可とす
    戦車をして側防機能を攻撃せしむるときは、大隊長は通常該方面の第一線中隊より所要の人員を出し、戦車と協同して掃蕩せしむ
    大隊長は所要の重火器等を以って敵の対戦車火器を撲滅若しくは制圧すると共に、所要の部隊を指定し戦車の進路開設、掩護等に任ぜしむ
  16. 第501
    工兵を配属せられたるときは大隊長は之を直轄使用し、或は所要の部隊に配属し、障碍物の破壊、側防機能の撲滅、陣地内の掃蕩、戦場内の交通作業等に任ぜしむ。此の際、勉めて小隊を分割使用せざるを可とす
  17. 第502
    戦闘間、大隊長は戦況の観察及び大隊の指揮に便にして、状況の許す限り第一線に近き所に位置す。此の際、勉めて連隊長、砲兵等との連絡容易にして、且つ報告を得るに便なることを考慮す
    大隊長の位置は著明なる地点を避け、又、本部諸機関の配置は適宜疎開し、運動に方りては蝟集せざること特に必要なり
  18. 第503
    戦闘間、大隊長は協同する連隊砲及び砲兵に対し、適時我が最前線の状況、敵の重火器、特に側防機能の位置及び状態、我が射撃の効果、大隊爾後の企図、此等に対する希望等を通報す。而して射撃を要求するには、通常射撃目標(地点)及び時機、希望すべき効果等を以ってす
    連隊砲及び砲兵に対する連絡は、其の指揮官、又は連絡者に対し直接現況を示して行い、止むを得ざれば通信機関に依り、或は連隊長を通じて行う。而して我が最前線を通報するには、適時第一線をして戦線を標示せしむるを可とす
  19. 第504
    戦闘間、大隊長は絶えず状況、地形を観察し、部下各隊の状況を詳かにし、戦況の推移を洞察して適時各隊に新たなる任務を附与し、適切に重火器の火力を指導し、或は協同する連隊砲、戦車、砲兵等に必要の事項を要求する等、自己の意図の如く積極的に戦闘を指導す。此の間大隊長は旺盛なる企図心と、追随を許さざる創意とを以って、気を失せず占有し得べき利益を獲得すること特に緊要なり
    大隊長は、特に敵陣内の防禦組織を判断し、変転する戦況に即応すべき自主的対策を定め、速やかに所命の目標に進出し得る如く、周到なる準備を整う
  20. 第505
    戦闘の進捗に伴い、大隊長は良く戦況を観察し、特に敵の弱点を看破して、突撃に対する自己の企図を確定し、適時各隊を部署し、我が突撃を妨害すべき敵の重火器、特に側防機能を機を失せず処理し、障碍物の破壊、及び突撃支援の処置を講じ、予備隊を第一線に進むる等、逐次突撃を準備す
    突撃の為百方手段を尽くして準備を周到適切ならしめ、第一線中隊をして其の必成を確信するに至らしむるは、大隊長の重要なる責務なり
  21. 第506
    突撃の直前若しくは突撃開始後、不意に現出すべき側防機能に対しては、各種重火器、戦車等を以って迅速に処理し得る如く準備しあるを要す。之が為、一部の重火器及び戦車を専任せしめ得ば有利なり
  22. 第507
    障碍物、就中鉄條網の破壊は、戦車又は砲兵先ず之に任ずる場合に於いても、大隊長は通常第一線部隊をして突撃に方り更に破壊を強行するの準備を整えしめ、突撃の実施に遺憾なきを要す
    歩兵若しくは工兵を以って障碍物を強行破壊するには、大隊長は重火器等をして密に協同せしめ、状況之を許せば煙を使用し、或は砲兵の掩護下に作業せしめ、時として歩兵砲、機関銃等をして鉄條網を破壊せしむ
  23. 第508
    撒毒地域に対しては、速やかに其の状況を捜索し、之を迂回するか、又は軽易なる防毒具を使用して通過するを通常とす。状況之を要すれば、縦い防毒具を欠くも強行通過を行うべし。此の際、重火器、後方部隊等の為制毒路の構成に勉め、また、被毒人馬、資材の為、応急処置を講ず
  24. 第509
    陣地内に残存する敵の重火器、就中掩蓋を有する機関銃等を掃蕩する為、所要の掃蕩隊を編成し、通常第一線中隊に跟随せしむ。状況に依り、此等掃蕩隊を第一線中隊に配属することあり
  25. 第510
    突撃の機近づくや、大隊長は各種重火器の威力を最高度に発揚し、連隊砲及び砲兵射撃との強調を適切にし、好機を看破するか、若しくは自ら突撃の動機を作為し、第一線中隊をして突撃を敢行せしめ、大隊の全能力を尽くし、所命の目標に向い突進すべし
    突撃発起に関し予め指示せられたる場合に於いては、大隊長は機を失せず準備を整え、所命の如く突撃を敢行すべし
    大隊長の企図する突撃実施に先だち中隊突撃を敢行せば、直ちに此の機を捉えて大隊の突撃を実施し速やかに戦果の拡張するは大隊長の責任なり
    突撃に方りては局部的に煙を使用するを利とすることあり
  26. 第511
    砲兵の突撃支援を受くる場合に於いて突入時期の規正あるときは、大隊長は砲兵との協定を確実にし、爾後の連絡を確保し、各種の信号を併用し、第一線中隊の発進及び砲弾に膚接する突入を的確ならしむ
    砲兵の突撃支援を受くるも突入時期の規正なきときは、大隊長は特に重火器の火力を指導して第一線中隊の自ら行う突撃に適応せしめ、或は戦機に応じて突撃を命じ、且つ、適時砲兵の射程延伸を要求し、以って突撃と火力との協調に遺憾なからしむ
    歩兵の突撃に戦車及び砲兵直接協同する場合に於いて、主として砲兵の突撃支援射撃の効果を利用し突入すべき状況に在りては、歩兵は砲兵の最後の突撃支援射撃開始と同時に突撃準備完了の位置より発進して、我が集中砲弾の濃密部に近迫し、戦車は此の間速やかに歩兵の第一線を超越し、障碍物を破壊して突入し、砲兵は戦車の突入に方り射程を延伸す。此の際、第一線歩兵は最後の砲弾に膚接して敵陣地に突入す
    歩兵の突撃に戦車及び砲兵直接協同する場合に於いて、主として戦車の効果を利用し突撃すべき状況に在りては、戦車は歩、砲兵の掩護下に障碍物を破壊して敵陣地に突入し、重火器、特に側防機能等を制圧し、第一線歩兵は戦車の獲得せる戦果を利用し、気を失せず発進して敵陣地に突入す。此の種突撃に在りては、歩兵は砲兵の射撃と相俟ち敵の対戦車火器を制圧し、我が戦車の行動を容易ならしむること特に緊要なり
  27. 第512
    陣内の攻撃に在りては、機を失せず重火器を推進し、第一線中隊の攻撃を支援せしめ、防禦組織を破摧しつつ果敢に攻撃を続行し、速やかに所命の地点に進出すべし。縦い隣接部隊阻止せらるるも一意前面の敵を攻撃し、敵の逆襲に対しては機を失せず其の初動を制し、又、攻撃成功せる方面に予備隊を進めて深く突進せしむるか、若しくは敵の側背を攻撃せしむる等、速やかに戦果を拡張し、敵をして対応の遑(いとま)なからしむ。此の際、戦車を伴う敵の逆襲を考慮し、之を破摧するの準備を整えあるを要す
    陣内の攻撃に在りては、大隊長は連隊砲、戦車、及び砲兵との連絡の確保に勉め、適時大隊の現況及び爾後の企図を通報して、所望の敵を撲滅若しくは制圧せしめ、或は敵の逆襲を破摧せしむる等、常に歩戦砲の協同を緊密ならしむ
    大隊長は陣内の攻撃の為、縦長配備を有すること緊要なり。之が為、予備隊を使用し尽くしたるときは、為し得る限り速やかに之を設く
  28. 第513
    頑強なる敵に対しては一挙に敵陣を突破し得ざることあり。此の場合に於いては、大隊長は部下各隊をして占領せる地点を確保し、隊勢を整え、百方手段を尽くして突撃の動機を作為し、不撓不屈、飽く迄突撃を反復し、以って最後の勝利を獲得せざるべからず。如何なる場合に於いても突撃部隊の行動をして有効なる火力を欠かしめざる特に緊要なり
  29. 第514
    夜暗を利用し敵に近接して攻撃準備の位置に就き、払暁より攻撃を実行せんとする場合に於いては、大隊長は為し得る限り昼間に於いて捜索ならびに連隊砲、戦車、及び砲兵との協定を行い、且つ企図を秘匿し、成るべく速やかに攻撃に関する企図を示し、攻撃部署の大要、攻撃準備の位置及び之に就く為の前進、障碍物の破壊等、所要の事項を命じ、各部隊をして昼間より諸準備を十分ならしむること必要なり
  30. 第515
    夜間に於いて攻撃準備の位置に就くには、大隊は夜間攻撃に於ける要領に準じ行動す
    攻撃準備の位置に進出するや、大体長は部下の掌握を確実にし、工事に着手せしめ、極力敵陣地を捜索し、且つ敵の出撃に対応するの処置を講じ、黎明に先だち障碍物の破壊、連隊砲、戦車、及び砲兵との協定の補綴、資材の整備、為し得れば側防機能の破壊等、所要の突撃準備を完了するに勉む
    攻撃準備の位置附近に撒毒地域あるときは、勉めて之を越え攻撃を準備するを可とす。制毒は大隊長統一して之を行い、或は各部隊毎に行なわしむ
  31. 第516
    払暁より攻撃を実行するに方り、天明後砲兵の射撃を行いたる後突撃せんとする場合に於いては、大隊長は勉めて工事に拠り損害を避けしむると共に、判明せる敵情、地形に応じ、逐次突撃部署を補足し、又、機会を捉えて敵重火器、特に側防機能の撲滅を図り、突撃準備の完璧を期するを要す。此の際、黎明を利用し部隊の配置を点検し、要すれば部署の補足を行う
  32. 第517
    払暁より攻撃を実行するに方り、攻撃準備の位置を敵前至近距離に設け、黎明を利用し突撃せんとする場合に於いては、大隊の攻撃部署は昼間攻撃に準ずるも、中隊以下に在りては運動及び突撃を容易ならしむる為、適宜集結せる隊勢を保ち、火戦を交うることなく不意に敵陣地に突入す
    突入せる部隊は、天明の近づくに従い逐次昼間の隊勢に移り、爾後の戦闘遂行に遺憾なからしむ。此の際、煙を使用して黎明の状態を延長することあり
    大隊長は特に天明直後の歩砲戦の緊密なる協同に遺憾なき如く攻撃準備を周到ならしむると共に、突入天明に及ぶことあるを顧慮し、特に砲兵との連絡、重火器の使用等に関し予め所要の準備を整う
  33. 第518
    薄暮を利用して突撃を実施せんとする場合に於いては、巧に暮幕に蔽われて敵に近接し突入す。此の際、大隊の攻撃部署は当初昼間に於ける要領に準ずるも、暗黒の度加わるに従い逐次部隊を集結し、中隊以下火戦を交うることなく突入す。突入後の行動は夜間攻撃の要領に準ず
    大隊長は重火器及び協同する砲兵をして十分なる準備を整え、所要に応じ攻撃を支援せしむ。又、戦車を最初の突撃に協同せしむるを得ば有利なり