1936年発布

赤軍臨時野外教令


第十二章 軍隊の移動
  1. 其の一 行軍
    1. 第317
      巧妙に計画せられ、且つ実施せらるる行軍は、戦闘加入の為最も有利なる条件を提供するものなり。行軍の成否は軍隊の慣熟の度と、指揮官及び幕僚の行軍計画、及び之が指導の能力如何に依りて決す
      現代戦資材の複雑多岐なると其の特質とは、敵の航空部隊、自動車化機械化部隊、化学及び技術資材、ならびに長射程砲の火力に対し絶えず軍隊を掩護するの必要と相俟って、各兵種及び各兵団の行軍に対し高度の要求を課するに至れり
    2. 第318
      行軍計画を周到ならしむることは、指揮官及び其の幕僚の最も重要なる責務に属す。行軍は適時各部隊をして所命の地区に到達せしむるのみならず、軍隊の体力気力を維持し、軍隊及び各種資材の常続的戦備を保障し、企図を秘匿し、且つ敵の不意に乗じ得ざるべからず。行軍は努めて夜間又は視界を制限せらるる条件(霧)の下に於いて之を行うを要す
    3. 第319
      行軍は之を前進行退却行とに分類し、其れ何れの場合に在りても側敵行たることあり
      行軍は諸兵連合の独立の縦隊を以って実施し、縦隊は行軍間縦深横広に疎開す。横広に疎開する為には併行路及び縦隊路(道路外の地形に沿い)を利用す
      縦深に疎開する場合の連隊縦隊間の距離は約1粁、大隊縦隊間の距離は約500米とす
      疎開の部署、各縦隊の編組、及び是等相互の距離感覚は、兵団の任務及び当時の状況に依りて之を定む
      数縦隊を以ってする行軍に当りては、各縦隊は相互に支援し得るのみならず、戦闘の為適時展開を完了し得ざるべからず
    4. 第320
      狙撃兵団の前進速度は1時間4粁、兵の負担量を軽減せる場合は1時間5粁とす
      大隊以下の小部隊にして負担量を軽減せる場合は、急行軍の速度は1時間8粁に達す
      騎兵の普通行軍速度は1時間7粁半(道路又は行動便なる地形に沿い)、自転車部隊は1時間10粁、自動車化部隊は1時間15乃至25粁、機械化兵団は1時間12乃至20粁とす
    5. 第321
      一般兵団の一日行程は、普通行軍に於いて8時間32粁、強行軍に於いては10乃至12時間以上(大休止の時間を増加す)とす。軍隊若し一部は徒歩を以って、一部は自動車に依り移動する時は総合行軍を行うことを得。本行軍に在りては、特に精確なる時間計算、周到なる交通規正及び危害予防を必要とす
      〔原註〕強行軍及び急行軍は軍隊に異常なる努力を要求するを以って、其の実施は特に重要なる戦闘目的を達成せんとする場合のみに限るものとす
    6. 第322
      体力を愛惜する為、小休止(50分更新の後10分)及び大休止(1時間半乃至3時間)を予定す
      行軍の計画及び実施、休止、宿営及び停止に当りては、状況之を許す限り、兵員の体力を愛惜する為あらゆる手段を講ずるを要す
      行軍を行うに当りては、先ず一昼夜8時間以上の睡眠を与え、適時食事を給し、而も衛生保健の方則を恪守するを要す
      幹部は兵の足の状態、武装の調整、馬匹の状態其の他を監督する義務あり
      配宿、縦隊の構成、梯隊距離の作為等の為無用の時間を費消し、或は無益に体力を酷使すべからず。行軍開始前、大隊(騎兵中隊)を一地に集合することは之を禁止す。各部隊には出発地点(又は線)及び其の通過時間を指示するに止むべし
      行軍実施に当りては、厳に行軍隊形を恪守すべし。中級及び上級幹部は隊列内所定の位置に在りて行進すべし。連隊長及び師団長は其の幕僚と共に前衛と同行、又は縦隊の先頭に在りて行進し、行軍の秩序維持、及び戦闘準備に関し常に監視を怠らざるの義務あり
    7. 第323
      軍隊は不意に敵と衝突することを避くる為、捜索及び警戒部隊を配置し、縦隊の直接警戒、及び対空、対化学、対戦車防禦を部署し、且つ前後左右に亙る連絡を完成す
    8. 第324
      行軍の算定ならびに計画の為必要なる事項左の如し
      1. 最高度に任務の遂行を保証し得べき道路を捜索、且つ選定し、縦隊路を表示すると共に地図を準備す
      2. 道路修理の為必要なる手段を定む
      3. 道路の延長(其の状態を顧慮し)、行進速度、更新時間、及び休止地点を算定す
      4. 地上の敵との距離を考慮す
      5. 敵の空中、地上及び化学攻撃を顧慮して、全行程及び一部地区の地形を判断し、所要の警戒ならびに対抗手段を定む
      6. 各兵団に道路を配当し、縦隊の編組、縦隊指揮官、出発線及び中間統制線通過時刻、大休止地区を定め、各兵団の宿営地を指定す
      7. 行進交叉の場合、縦隊の行進時刻及び順序を定む
      行軍に関しては、命令下達せらるる兵団(部隊)指揮官、上級指揮官より行軍命令を受領せば軍隊の準備の時間を与うる為、速かに要旨命令を下達す。本要旨命令には、出発時刻、行軍序列、行進路、及び予定する前進行程を指示するものとす
    9. 第325
      狙撃(騎兵)師団の前進の為には2条の道路を与うること極めて肝要なり
      機械化牽引の部隊は、独立せる別の道路又は縦隊路を前進す。若し一般縦隊に続行する場合に於いては梯隊距離間を躍進す
      第一輜重(戦闘行李)は自己の部隊と共に行進し、前進行に在りては後尾に、退却行に在りては先頭に位置す
    10. 第326
      兵団は遮蔽しつつ行軍隊形を以って道路の一側又は両側に沿い行動す。如何なる場合に在りても、厳に自動車及び行違いの為、自由なる通路を残すこと肝要なり
      所定の梯隊距離及び行軍の法則は厳に之を恪守すべし
    11. 第327
      兵団の隘路又は峠道通過は、間断無く之を行うか、或は躍進的に之を行う。此の際は、行進規正の為隘路(峠道)司令官を任命す
      2個の縦隊偶然遭遇せるか、又は行進交叉の場合に於いては、先任部隊(兵団)指揮官、其の戦闘任務を顧慮して軍隊通過の順序を定む
    12. 第328
      大休止の為、軍隊は行軍命令に応じて道路を離れ、露営又は村落露営の要領を以って分散配置せらる。大休止地点の捜索は予め之を行うものとし、努めて上空に遮蔽すると共に軍隊の利便をも顧慮するを要す(水、木蔭等)
      敵と衝突を予想する場合に於いては、展開を迅速ならしめ、不意の敵襲を撃退し得る如く配置を定め、警戒手段を講ずるものとす
    13. 第329
      行軍を行うに当りては、一般兵団司令部及び縦隊指揮官は積極的対空対戦車防禦手段を定め、監視及び警報の手段を決定し、之等の任務を指定せざるべからず
      縦隊及び各部隊指揮官は、行軍間此れ等資材の戦闘準備、遮蔽手段の励行、及び疎散行軍隊形の保持を監督し、決して油断すべからず(蔭影の側に沿う前進、両側の森林を利用し得る場合、道路上の行進又は停止の禁止其の他)
      隘路及び峠道通過を掩護する為には、最も多数の積極的資材を集中せざるべからず
      隘路及び狭隘は、持久毒物を以って毒化せらるる場合を顧慮し、予め之が迂回路を偵察し置くを要す
      昼間行軍に当りては、常に空中観察を困難ならしむべき状況(霧、雲其の他)を利用することに努むべし。状況に依り、行軍を掩蔽する為煙を利用することあり
    14. 第330
      行軍間の通信連絡組織は、指揮官をして行軍間所要の命令を与え、戦闘警戒機関及び隣接縦隊より適時報告、通報を受領し得しめざるべからず。之が為、機動資材(飛行機、自動車、自動自転車、自転車、伝騎)、信号器材(無線、音響、及び発光信号)を十分に利用する外、各縦隊に所要の通信器材を配当するを要す
      無線通信は単に捜索警戒機関、対空監視哨、及び空地連絡にのみ使用せらる。其の他の無線機は、予め定められたる計画に基き、随時相互の間に無線通信網を構成し得るの準備に在らざるべからず
    15. 第331
      軍隊の夜行軍は、通常道路に沿いて実施せらる。縦隊路に依る前進は、状況若し之を要するか、若しくは地形之に便なる場合(平坦なる砂漠地其の他)、小部隊を以って行う場合に限るものとす
    16. 第332
      月夜に於ける夜行軍の速度は昼間と同様1時間4粁とす(一般兵団の為)
      闇夜、若しくは道路不良なるときは、行進速度は各兵種共昼間の約4分の1に減少す
    17. 第333
      夜行軍を容易ならしむる為採るべき手段左の如し
      1. 昼間偵察を行い、道路を調査し之を選定す
      2. 軍隊、道路を失わざる如く手段を講ず(嚮導者、標識、道標其の他)
      3. 夜間及び薄暮の特性、及び其の継続時間を顧慮す
      4. 夜行軍に便なる如く縦隊を分割す
      5. 十分なる警戒ならびに連絡の手段を講ず
    18. 第334
      夜行軍を予定する場合に在りては、行軍の為完全に夜暗を利用し得る如く、一道路上に行進する部隊の梯隊区分を行い、各梯隊共、同時に行進を発起し得る如く部署するを要す
    19. 第335
      軍隊は夜間努めて集結して行進す。状況若し之を許せば、行進速度の相似たる部隊を以って行軍縦隊を組成するを要す。此の際、砲兵に対しては独立の掩護部隊を附せざるべからず。自動車化、機械化部隊に対しては、努めて別の道路を指定す。若し是無き時は、歩兵(騎兵)の後方又は前方を躍進的に(状況に依り)、如何なる場合に在りても歩兵(騎兵)を追い越すこと無く行進す。警戒部隊との距離を短縮し、直接警戒機関を増加する外、各部隊は警急部隊を定む
    20. 第336
      夜行軍実施前に当りては、休養の為軍隊に昼間十分なる時間を与うるを要す。此の際、兵員が実際此の時間を睡眠に利用する如く監督せざるべからず
    21. 第337
      夜間は行軍軍紀、音響及び火光軍紀を厳守し、縦隊指揮官の許可無くして喫煙し、或は大声を以って会話し若しくは号令する如きことあるべからず。小休止に当りては各自の居睡りを戒むるを要す。各中隊(騎兵、砲兵中隊共)の後尾には一幹部を行進せしめ、行軍の秩序を監督せしむ
      指揮官の許可無くして夜間射撃を行うを得ず
    22. 第338
      夜行軍に当りては、対空及び対化学防禦を完全ならしむるを要す。夜行軍を予定する進路の偵察には、高射砲及び高射機関銃隊、ならびに化学部隊の偵察者も之に含ましむべし。其の任務は、渡河点、隘路、急坂路、ならびに毒化其の他の場合採るべき迂回路等の近傍に於いて、高射砲及び高射機関銃の陣地を選定するに在り。連隊の縦隊間の距離は500米とす
      対空監視哨及び監視斥候は昼間予め之を派遣するを要す
      若し行軍の終了天明後(払暁)となるときは(特に夏季短夜に当り)、天明迄に完全に昼間の対空、対化学、対戦車防禦の手段を完成するを要す
    23. 第339
      冬季、スキーに依らざる行進速度は平均1時間3乃至4粁、大なるスキー部隊は1時間7乃至8粁、小部隊は10粁に達す。一日行程は昼夜を通し6乃至7時間以下とす
      小休止は之を短縮し、或は全く之を廃止するを要す