大雑把な馬力の変化

栄21型馬力変化

まずはじめに

 エンジンの出力は、平均有効圧力x総行程容積で示されます。
 総行程容積は気筒容積x気筒数x回転数です。つまり排気量x回転数です。ここまでは簡単な理屈ですね。
 厄介というか、ややこしいのは平均有効圧力です。まずは、この平均有効圧力という言葉から分解していきましょう


平均有効圧力

 平均有効圧力は、吸気、圧縮、膨張、排気の各行程で生じる圧を足したり引いたりした結果残る、エンジンの出力圧の基準値です(実際にはある種の二次元平面を描いた面積を言いますが)
 この4つの行程の中で、実際にエネルギーを作り出してるのは膨張行程だけで、他は事実上すべてマイナスになっているということに注意してください。
 つまりエンジンの出力の基本的源泉は、膨張行程にあります。細かい理屈は色々ありますが、ぶっちゃけると燃やした燃料の量に膨張エネルギーは比例しますので、凡そには平均有効圧力は吸気総量(通過空気量)に略比例します。
 燃やした燃料の量に略比例に思うでしょうが、燃料と空気の関係は理論空燃比というのがあって、つまり空気の持つ酸素量以上の燃料(炭素)は燃やせないのです。よって空気量に酸素量は比例するので、燃える燃料の最大量は空気量に比例するわけです。実際には燃やせる以上の燃料を送り込みますが、これは理論値通りの燃料を送り込んでも全部理屈どおりに着火する訳ではないとか色々あるからです。逆に燃料を理論空燃費よりも少ない比率で送り込むことで、空気量に比して寡少な燃焼にして燃費を稼ぐということも行います(いわゆる希薄燃焼はこの一例です)
 まあ最大出力を狙う場合は、空気量に応じた分の酸素量分の燃焼を行わせるのが限度いっぱいですので、空気量=燃焼量とみなして差し支えありません。
 容積あたりの空気量は、密度によって可変します。知ってのように暖かい空気は膨張して密度が下がります。よって高圧でよく冷やした空気が、容積あたりの重量では大きくなります。そのため同じ吸気圧でも気温や吸気温度が低いほうが、空気量が大きく、燃焼量も大きくなります。
 さて、実際のエンジンは、吸気工程でこの空気と燃料を吸い込むのですが、シリンダ容積の100%分を吸い込めるわけではありません。色々な阻害要因があって80%前後がひとつの目安とされています。これを充填効率と言います。
 充填効率の阻害要因は、ひとつは吸気バルブの口径や吸気管の抵抗です。吸い込むべき空気は吸気管等を経由するので、そこで減速したり圧が落ちることで、吸気量が稼げなくなるわけです。またバルブの開口面積等も大きいほうが当然よくなります。これらはいわゆるコンダクタンスですから、気筒内の負圧と、吸気の圧との開きが大きいほうが影響量は大きくなります。
 また空気も重量で示すように、重さと速度からなる慣性を有します。この為、吸気バルブを開いても、すぐには来ませんし、閉めようとしても追っかけてきます。この慣性の影響は、エンジンが高回転になればなるほど、当然深刻になってきます。低速回転ならぜんぜん間に合うけど高速だと吸気がくるのが遅れて、バルブが閉まってしまうわけです。このあたりはバルブタイミングの工夫が求められるようになります。自動車のようにアクセルの開閉が多く、使用回転域が非常に広い場合は厄介な問題になります。
 まあ、飛行機用でしたら、この充填効率はバルブタイミングの適否によって変わるというような要素は事実上無いと考えて結構です。製造設計する段階で良好なタイミングが設定されており、車と違って回転域等が極端な変化をするわけではないので、それで不都合が生じることは無いということです。
 さて、これで燃やす空気の量は、吸気圧と温度からなる空気重量x充填効率になります。

 空気量が判明しても、それだけでは燃やせる量であっても、エネルギー量ではないので、実際には圧縮比がかかわってきます。大きな空気量をどれだけ圧縮したかが、その後の膨張力に大きな影響をもたらすわけで、ぶっちゃけ圧縮比は高いほうがよいです。
 しかし、圧縮比をあげると、圧縮行程の損失も増加します。まあこれは大した影響ではありませんが。  そして、もっと厄介なことに、圧縮すると混合気(燃料と空気の混ざったもの)は高温高圧になるので、点火を待たずして、勝手に燃焼を開始したりします。しかもこういう場合、きわめて異常な形で燃焼が起きて、その衝撃波や高熱がエンジン内を破壊したりすることもあります。いわゆるノッキングとかデトネーションといわれる現象です。
 このノッキングは、様々な要素で起きる可能性や影響度合いが変わってきますが、より耐ノック性能つまりオクタン価の高い燃料を用いてノッキングしにくくする。シリンダ内の混合気の温度や圧力が偏る事がないように工夫する(いわゆるメカニカルオクタン価を稼ぐ)といった、耐アンチノック性能を向上させることと、吸気温度やシリンダ温度を下げて、ノッキングを起こすような温度にならないように工夫すること、そしてあとは圧縮比を下げるとか吸気圧を下げて、ノッキングを起こすような圧力にならないようにするといった対処が必要になってきます。
 まあ、つまりはノッキングするので、圧縮比は限度があるということです。
 また、同様の設計の燃焼室のシリンダでも、冷却性能で不利な空冷のほうがノッキングにも弱くなるという傾向があるようです。

 異なるエンジンを比較検討する場合は、こうした充填効率や圧縮比の違いから来る特性の差は興味をそそる事にもなりますが、同一エンジンで、運転条件が変わる場合を考えるときは、そんなに意味はありませんので割愛しても結構です。

 吸気や圧縮や排気の損失も当然ですが平均有効圧力に影響をもたらします。
 特に飛行機の場合は、排気の損失が可変します。高度を上げれば大気圧が下がるので、排ガスを捨てやすくなり、これは回りまわってシリンダ内に排ガスが残留し難くなり、これは充填効率の改善やシリンダ内温度を下げるのにも役立つので、平均有効圧力を引き上げてくれます。このあたりは自動車でも排気系を整えることで性能向上するのとも同一の理屈です。まあ車の場合は排気の脈動効果による吸出しも併用しますが、これは飛行機では一般的ではありません。理屈面でも不十分なだけではなく、実際問題として高度変化が排気速度の変化につながり最適条件が変わるので(これは自動車でも性能の出る回転数が変わるので判りますね)必要な排気管長さが変わってしまうから使うのが難しいのと、空間と重量の関係から、飛行機に搭載するのが難しいのです。何しろ必要な排気管の容積は基本的にシリンダ容積に比例しますから、大きなシリンダの飛行機用では巨大な脈動用排気管を必要とするので、あまり役に立たないわけです。吸気は条件が整えば一定になりますから、吸気管側の工夫はしてますし、それによる充填効率改善は行ってます。
 また、過給器による掃気作用は飛行機のエンジンでも行ってます。つまり吸気バルブのオーバーラップを大きくして、吸気で排気を押し出すという効果ですね。これは吸気遅れの回避とも相俟って、有効な手段であると考えられており、吸気に渦流を作ってシリンダ内の残留排ガスを上手く押し出そうという努力も行われてます(この応用事例に排ガス温度を抑制する手段として使う場合もあります)

 このような理屈から、エンジンの平均有効圧力は容積あたりの吸気量に略比例し、圧縮比の大小で多少の可変がある。吸気量は吸気圧と吸気温度と充填効率によって可変するという事になります。
 自動車やバイクでも、様々な工夫が行われますが、このような関連で増減しているのだということです。


過給器

 出力は平均有効圧力x総行程容積ですから、馬力の向上はこのどちらかを増すことで得られるわけです。
 総行程容積の増加(排気量や回転数の増)以外の馬力アップ手段は、平均有効圧力を増すという形になるのです。そしてそれには吸気量を増すのが手っ取り早く、そのために用いられるのが過給器です。
 過給器は馬力アップの手段として自動車でもよく使われますが、エンジンに大気圧よりも大きな吸気圧を与えて吸気量を増加させ、それによって平均有効圧力を増加させるというものなのです。

 過給器にもいくつかの種類がありますが、駆動動力を得る仕組みと大気を圧縮する仕組みに分割して考えると、ほとんどの実用エンジンでは遠心式圧縮機を用いています。これは現代の自動車でも概ね同様です。


過給器の性能

 過給器というか圧縮機の性能は色々な面から考察されるべきものですが、飛行機に普通に搭載されている範囲で考えるならば、圧力比と全断熱効率だけで十分です。  圧力比は、大気圧を何倍にして吐き出すかという能力であり、もっと分解すると容量でもあったりするんですが、馬力性能を計算する場合は容量と圧で分けるようにしてますので、この場合も圧だけで進めます。  全断熱効率は、大気を圧縮する過程で発生する温度上昇と、その作業に必要な力を示すのに用います。まあつまりは効率の悪い過給器は、同じ圧縮をするのにより温度上昇が大きく、また駆動に必要な「圧」が大きいということになります。ちなみに、この駆動「圧」が、過給器駆動損失圧で、平均有効圧力から差し引いたものが、エンジンの正味平均有効圧力となります(差し引かれる前のは指示平均有効圧力、馬力は指示馬力になります)

 過給器の圧力比は、過給器の回転数の二乗に比例します。例えば圧力比3倍の過給器を倍の速度で回したら、圧力比は9倍になります。
 ただし圧力比を単純に速度の二乗で変えてはだめですよ。
 3倍−1=2、が過給器の持つ増加させる度合いで、この増加させる度合い2が、速度2倍の二乗で4倍になって8になり、最終的な圧は1+8で9になるという計算になります。
 よって、圧力比の大きい過給器は速度変化に敏感で、圧力比の低い過給器は鈍感であるということになります。

 全断熱効率は第二次大戦当時では60〜70%ぐらい、圧力比は4倍に満たないぐらいが限度でした。

 エンジンにかけられる吸気圧は、この過給器が作る吸気圧(大気圧x圧力比)もしくは、エンジンの側で設定した上限吸気圧のどちらか低いほうになります。
 仮に吸気圧設定の上限が無かったとしたら(もしくは制限を緩和したら)エンジンはものすごい吸気圧を受けることになり、天井知らずの平均有効圧力を発揮することになるでしょう。
 ただし、既に圧縮比に関連して述べた様に、エンジンはノッキングの問題があるので、際限なしの吸気圧はかけられません。吸気圧の増加はそのまま圧縮時の気筒内圧力の増加であり、結果としてノッキングの危険が増加しますし、発生熱量の増加からエンジンの冷却が追いつかず、ノッキングの危険をさらに増加させ、また各部の故障を招くという悪循環に繋がります。よって、自ずから制限すべき限度の吸気圧というのは存在するわけです。

 吸気量(空気重量)は吸気圧に概ね比例しますが、圧が高くなるほど(正確にはシリンダの負圧との乖離が大きくなるほど)吸気管や吸気バルブの損失による充填効率の低下が生じます。これを回避するために、吸気バルブの開放時間を増したり、気筒内に残留する排ガスを効果的に排出する(残ってれば当然吸気の邪魔ですから)といった工夫が大事になってきます。

 これと同時に問題になるのは、吸気圧が高いということは、吸気温度が高いということです。
 圧縮されたら温度が上がるという簡単な理屈ですが、吸気圧は上がっても、吸気温度も上がってしまうので、吸気量は吸気圧ほどには上がらないのです。
 また高温の吸気はエンジンのノッキングを惹起することになるので、大圧力比の過給器で大吸気圧をかけたくても、エンジンの側が受け止めることが出来ないといった問題を起こすことにもなります。

 以上から、エンジンの側が対応できる程度の吸気圧以上を作れる過給器は無駄の塊という事になります。
 必要以上の吸気圧生成能力は、無駄に吸気温度を上げ、無駄に過給器駆動損失を増すだけなのです。またこの事からも判ると思いますが、下手な過給器は、使うことでエンジンの平均有効圧力をある程度増しますが、同時に過給器駆動損失が発生するので、差し引きすると大して馬力が上がらないという問題を生じるわけです(勿論これはエンジンの側の性能とも関連します)


高度変化の影響

 高度が上がると、大気圧と大気温度は下がります。
 この為、吸気量は大気圧に比例して低下し、大気温度の低下によって向上し、最終的には減少します。
 エンジン内の摩擦損失はあまり変わるものでもありませんし、吸排気等の損失も全体に与える影響としては大きなものでもないので、平均有効圧力は、吸気量の低下に概ね比例かやや悪い程度のペースで高度の上昇に伴って低下していきます。
 これが航空機用エンジンの基本的な理屈です。

 ここで意味を持ってくるのが過給器です。
 大気圧が半分になっても、倍の圧力比を持つ過給器を使えば地上高度と同じだけの吸気圧が得られますから、馬力は同じになるはずです。これが過給器による高度性能の確保の理屈です。


 しかし2倍で圧縮できる過給器は、地上高度ではエンジンに地上気圧の2倍の空気を送ってしまいます。これに耐えられるエンジンで無い限り、2倍の圧は過剰です。
 つまり、エンジンは運転条件等によって、かけてもよい吸気圧の設定があり、それをオーバーした分の吸気圧は捨てることになります。
 仮にあるエンジンが地上高度の気圧にまで耐えられるというものだった場合、2倍の圧力比の過給器は、気圧が半分になる高度以下ではオーバーな性能だし、それよりも高度が上がって気圧が下がれば性能不足になります。
 まあ、あらゆる高度に対応できるというか過不足の無い過給器というのは困難なので、多少のオーバーは仕方が無いということで、オーバー分は切り捨てるというのが一般的な使い方です。
 もちろん、このオーバーは面白くないので、変速機等を過給器に組み込むことで、過給器の回転数を変えて圧力比を可変させる工夫もよく行われます。
 過給器の回転数を変えることで、大気圧の変化に対処するわけですが、頻繁に変速を切り替えるのも機構的にも操作的にも困難ですから、一般の過給器では二速程度、多くて三速程度の変速で、オーバー分は多少生じてしまうというようなつくりになっています。
 これをある種の自動管制で最適な回転数にしようという工夫をしたのが、無段変速過給器です。
 第二次大戦時ではフルカン流体接手を用いたものか、排気タービンを用いたものが使われました。どちらも理屈の上では過給器のオーバー性能が生じないことになるので、様々な面から有利であるとされています。
 ま、これらは特殊な例外ですので、とりあえずは割愛して結構です。

 過給器をあまり無駄に回すのは、吸気温度上昇と駆動損失から避けたいし、かといって高高度性能も確保したい。この為、ある程度の変速で、一定範囲の高度で、まあそれなりの性能を得られるような構造にしているというのが、エンジンの高度性能の基本的な理屈です。
 全開高度(過給器の圧力比x大気密度=吸気圧が、エンジンの受け止められる吸気圧に等しい高度)より下では、過給器の性能は過剰であり吸気温度が無駄に高いので平均有効圧力は低下します。そして全開高度より上では吸気圧が確保できないので平均有効圧力は低下します(ただし、過給器の通過空気量も大気圧に従って低下するので、過給器駆動損失は減少していきます。役立ってないんだから馬力も食わないということです)


実際例

 今まで述べてきたことを基準に、典型的な二速過給器を搭載したエンジンとして、栄21型をベースに計算してみます。
 予め断っておきますが、これは、あくまでも計算上の値なので、実際には多少の前後はあると思いますし、憶測や推定で埋めた数字も多数あるので注意してください。鵜呑みにしないで自分で計算してくれると助かります。
 また比較しやすくするために、圧は総容積を掛け合わせて「馬力」に変換してます。ご注意ください。


吸気温度

吸気温度

 大雑把に言うならば大気温度+圧力比で増加する分になってるわけです。
 2速のほうが圧力比が高いので高くなってるわけです。


吸気圧

吸気圧

 こちらは、吸気圧です。
 大気圧x圧力比の吸気圧を過給器は作れるわけですが、エンジンの設定吸気圧が+300とか+200ですから、それぞれ(地上)760+300=1060mmHgと760+200=960mmHgしか受け止められません。
 1速ですと+960が高度3000m弱、2速だと高度6000mまでは保証できるのですが、これが全開高度になります。全開できる高度という事です(つまりここより下の高度では絞ってますし、これより上ではブーストが引けなくなるわけです)


指示馬力

指示馬力

 さて、それで、実際のエンジンの出してる馬力はどうなるかというと、こういう感じになります。
 離昇はブースト圧が高くて回転数も高いので大きな数字になり、1速は2速よりもやや高い馬力です。
 1速は2速よりも、吸気温度が低いので、同じブーストでも、より多くの空気と燃料がエンジンに送り込まれるので、同じ高度・同じブースト(全開高度以内)では馬力が高く、多少全開高度を超えててブーストが下がっても、吸気温度が低いことによる効果のほうが2速で無駄に温度が高いマイナスよりも有利な高度が存在します。このグラフだと4000m以下なら1速を使ったほうが良いということになりますね。


過給器駆動損失

過給器駆動損失

 こちらは過給器の駆動馬力です。
 1速は2速と送ってる空気量がほぼ同じですが、圧力比が低いので駆動に必要な馬力は小さくなってます。
 離昇モードでは、送ってる空気の量が増えるので、それによって若干駆動馬力も増えます(つまりアクセルを絞ってれば、空気量が減るので、駆動馬力は減るわけです)
 また高度によって多少駆動馬力が変わるのは温度等が変わるからです。全開高度より上では送れる空気量が無くなって駆動馬力も減ります。
 この駆動馬力を先ほどの指示馬力から差っぴくと、正味馬力になるわけです。


最終結果

 それぞれの馬力を重ねるとこうなります。
 2速は、1速に比べて、高い吸気温度と過給器の馬力の両面から実馬力が下がるわけです。  また1速全開高度を超えても、4500mまでは2速に切り替えないほうが馬力的に有利だということもわかります。  また指示馬力は吸気量に比例し、概ね燃やした燃料の量に比例していますが、正味馬力は過給器の分が差っぴかれるので、燃やした燃料の量よりも悪く、それは過給器の負担が大きいほうが悪化度合いが大きくなるということも判ると思います。
 強烈な過給器で強烈な吸気圧を与えて大馬力を発生させても、その吸気圧を作るのに馬力を食われるので、使った燃料と得られる馬力の関係は過給器の規模と効率によって変わってくるということです。
 この為、巡航性能を狙う場合は吸気圧を低くして、過給器の影響を減らすということも大事になってきます。


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