作戦要務令

第三部


第8篇 宣伝の実施及び防衛

第1章 宣伝の実施
  1. 第289
    宣伝は特殊の機関及び各部隊之を実施す
  2. 第290
    宣伝の為には、上級機関に於いて先ず方針を確立し、其の必要なる点は関係諸機関及び軍隊の末梢に至る迄、良く之を徹底せしむるを要す。而して、之が実施に当る者は常に上級機関の方針に基づき、状況、就中敵の素質及び性情を考慮して其の都度の目的を明確にし、之に応じて宣伝の重点、内容、之を及ぼす範囲、時期、手段、方法、効果の判定、之が利用法等を周到に計画し、堅確なる信念を以って之を遂行するを要す
  3. 第291
    直接作戦目的達成の補助手段たらしめんとする宣伝に在りては、予め作戦に関する高級指揮官の企図を知悉し、以って宣伝の実施をして作戦に緊密に調和せしむるを要す
  4. 第292
    宣伝の実施に方りては、其の重点に向かい我が全宣伝力を巧に統合集中すると共に、状況の推移に応ずる機宜の処置を適切ならしむるを要す。而して、宣伝の重点は目的に依り千差万別なりと雖も、敵に関するものに在りては其の弱点に着意すること緊要なり
    敵の弱点を捉うる為には、其の国家及び社会組織、思想的傾向、戦争の口実、戦闘の成績、軍隊の志気、給養、各種民族の利害及び為政者に対する感情、国民の風俗、習慣、宗教、日常生活、特に其の欠陥、戦争に対する態度等に就き、十分なる観察を遂ぐるを要す
  5. 第293
    宣伝の内容は常に条理一貫し、多衆の認識する事実、及び被宣伝者の微妙なる心理に適応すること緊要なり。而して、大衆に対し、迅速に効果を収めんとする場合に於いては、宣伝の内容及び其の表現法は簡明具体的にして且つ煽情的なるを要し、知性ある輿論に対して行わんとする場合に於いては内容豊富にして理路整然且つ表現着実なるを要す
  6. 第294
    宣伝は、奏効する迄に要する時日を考慮し予め之を行う場合、事件の発生に伴い之を行う場合、持続的効果を収めんが為長期に亙り反復実施する場合等ありと雖も、常に状況の推移を洞察し、機先を制する如く実施の時期を選定すること緊要なり。何れの場合に於いても、各種の手段を尽くし予め宣伝奏効の素地を醸成すると共に、所要に応じ宣伝実施の好機を作為するを要す
  7. 第295
    宣伝の手段及び方法は状況に依り変転極りなしと雖も、普通の場合に於いては我が各種機関、中立国の通信及び言論機関、戦地の官公吏及び住民、敵側の俘虜等を通じて、新聞、冊子、「ビラ」、絵画、写真、歌謡、活動写真、口演、口伝、放送等を利用し、長短相補い、表裏相通ずる如く、公然或は隠密に之を行うものとす
    何れの場合に於いても、宣伝は我が為にせんとするが如き観を呈するときは著しく其の効果を減少す
  8. 第296
    正義に即する我が信念及び行動を闡明(せんめい)すると共に、敵の非人道的行為を摘発して之が膺懲の必要を明かならしむるは極めて重要にして、有ゆる機会を捉えて内外に宣伝し、之が徹底を期するを要す
    軍隊自ら軍紀を確立し、住民に対する賞罰を厳正にし、且つ其の利権を尊重し、以って一般住民をして我が軍を畏敬信頼するに至らしむるは、各種宣伝奏効の為極めて緊要なり
  9. 第297
    我が作戦行動に関し敵を欺騙せんとする宣伝は高級指揮官の周到なる統制下に之を行い、軍隊の陽動、偽装其の他、敵の常然察知すべき我が軍の状況等と良く符合し、宣伝の内容、時期、方法、時として介在すべき小なる矛盾等、悉く実際に在り得べき用件を具備せしむるを要す
  10. 第298
    宣伝の効果は絶えず之を観察し、要すれば其の不備を補綴すると共に、爾後行うべき宣伝を適切に連繋せしむること緊要なり
  11. 第299
    戦地より発する公私各種の通信は内外の輿論に多大の反響を与うることあるを以って、其の統制及び取締を適切ならしむるを要す