高出力エンジンを生産するとは


高出力エンジンを生産するとは


私自身のエンジン整備の経験から(といっても二輪車なんですけど)、少々ガソリ
ンエンジンについて一席ぶってみたいとおもいます。

○高出力化するために

レシプロエンジンとはすなわち「ピストンの往復運動をクランクによって回転力と
して取り出す機関」です。ガソリンエンジンの場合、このピストンの往復運動をガ
ソリンの燃焼による気体の膨張を利用して行っております。
基本的に第二次大戦で使われた航空エンジンは殆どが4サイクルエンジンですので
(でしたよね...)、エンジン出力(馬力)を高めるポイントはおおまかに次の
ようになります。


1.排気量を高めること

2.最大回転数を上げること

3.圧縮比を上げること


1.の排気量の問題は、わかりやすいですね。単位時間当たりのガソリンの燃焼量
をふやしてやれば、それだけ大きな運動エネルギーを取り出すことができるわけで
す。

2.これはなかなか難問です。回転数を上げれば上げるほど、ピストンとシリンダ
ーの接触抵抗が大きくなってしまいます(摩擦面の速度が2倍になると、抵抗は2
乗分増加していく)。またキャブレターを使った負圧吸気に頼っているエンジンで
は混合気の充填効率も悪くなります。いくら排気量が大きいエンジンをつくっても
混合気が全て入りきらないうちに吸気バルブが閉じてしまっては、意味がありませ
ん。空気の流速にも限界があるのです。これを防ぐにはピストンの往復距離を短く
してやることで対策できます。つまりシリンダーのショートストローク化ですね。
ピンとこないひとは頭に”回転するクランク”と”往復運動用のピストン”、”両
者を連結しているコンロッド”を連想してみてください(ってコレ自体わからない
とハナシが終わってしまうのですが...)。わかり易いように逆の手順で説明し
ます。クランクが一回転すると、ピストンは上から下へ一往復します。早く回せば
当然ピストンの動きも早くなります。このままでは抵抗が増加しますし、熱的にも
不利ですよね。もちろん部品の耐久性にも悪影響です。
そこで、可能な限りコンロッドの取り付け位置(クランク側の)をクランク軸に近
寄らせます。どうですか、ピストンの往復距離が短くなりましたね。クランク一回
転につきピストン一往復は変わりませんから、ピストンの往復距離が短ければ短い
ほど(シリンダーがショートストロークになるほど)ピストンスピードは低くなる
のです。エンジンの排気量はシリンダーのストローク長と内径(これをボアと呼ぶ
)できまりますので、このままではストロークの分だけ排気量が落ちてしまいます
ね。それじゃ、ボアを広げてやりましょうか...。あ、ちょっと待ってください
よ。やたらとボアを上げるのは困ります。理由は次の通りです。

・燃焼室に流入してきた混合気(ガソリンと空気を気化させたもので、この混合比
を空燃比という。一般的なエンジンは12〜13:1)に点火するスパークプラグ
は燃焼室内部では形状から言えばただの”突起”です。理想的な燃焼を行うにはで
きればその数は少ない方が望ましいのです(普通は1個所、多くて2個所)、あま
りに燃焼室の径が大きいと全ての混合気の燃焼が終わる前にピストンが下がりはじ
めてしまい、ロスとなるからです。できればピストンが行程の上端に達したところ
(上死点)で瞬間的に燃焼が始まり、完結することが望ましいのです。もっともエ
ンジンの径が大きくなること自体が設計上不利です。

う〜む。そうなるとたいしてボアも稼げませんね・・・。ということで多気筒化と
なるわけです。(な、長かった・・・ふう)
シリンダーの数が増えれば、エンジン自体は大型化しますが、それによる「ショー
トストローク化」、「1シリンダーあたりの小排気量化による熱問題の回避」、「
スムーズな回転による振動の低減」、「各部品の耐久時間増加」等のメリットによ
りお釣が来るほどの高出力化が期待できます。

さて忘れかけていた3.の圧縮比の増加ですが、通常の車などのガソリンエンジン
では大体8〜10です。高回転高出力を要求される二輪車などではまれに12くら
いとってありますが、あまり大きくするのは非現実的です。では圧縮率とは?
これはシリンダー内に流入してきた混合気が燃焼する際に、最終的にどれくらい圧
縮されたかを現します。かりにここに1000ccの容量を持つシリンダーがあっ
たとします。吸気が終わり、ピストンが上始点に達したときそこの容積が100c
cだった場合、混合気が1/10に圧縮されたことになります。これが圧縮比です
。圧縮比が大きいと混合気は非常に高温になり、点火時に極めて爆発に近い燃焼を
おこし、大きなエネルギーを生み出します。ですから圧縮比を高めることは高出力
化に貢献できるのです。ただし無意味にこの値を大きくするのはあまり利口ではあ
りません。なぜなら、

・混合気の温度があまりに高温度に達すると、オクタン価の低い燃料ではプラグが
スパークする前にシリンダー内で耐え切れずに自然着火してしまう。この状態は燃
焼というよりも爆発状態に近く、通常の燃焼よりも100倍近くのスピードで火炎
伝播がおきてしまう。このときは燃焼室内部のあちこち(高温部分)で爆発が発生
し勝手な方向に衝撃波が走り、ピストン上部等をはげしく叩く(結果、溶けること
もある)。ピストンは上始点に達する前なので当然上昇中であるからして、この異
常爆発(プリイグニッション)はその運動を妨害する(すなわちノッキング)。高
圧縮比のエンジンや吸気温度の異様に高いエンジン(ターボエンジンなど)にレギ
ュラーガソリンなどのオクタン価の低いガソリンを使うと、高回転時にこの状況が
再現できる(基本的にはハイオクガソリンが指定されているだろう)。

という問題があるからです。

○過給器とは

皆さんは車や二輪車で山に登ったことはありますでしょうか。おそらく高度が高く
なってくるにつれ、ガクッとトルク感が無くなってしまうことにお気づきかと思い
ます(最近の車は自動で補正してくれるものもあるようですが)。この理由は簡単
で、空燃比が変わったために適切な燃焼が行われなくなったからです。高い山に登
れば空気が薄くなります。しかしキャブレター内で吸い出されるガソリンの量は一
定なので空気の量に比べてガソリンの量が多いことになります(チョーク状態)。
これでは効率よく燃焼が行われるはずがありません。空燃比を変えないためには以
下の努力が必要です。

・空気(酸素分子)の密度に合わせてガソリンの吹き出し量を減らしてやる
・なんらかの手段で空気(酸素分子)の密度を上げる

軍用機として運用する以上、高出力を維持したいですから最初の選択はあまり選び
たくないですね。となると、結論は一つになります。
具体的には過給器の使用が考えられますが、次に簡単に説明しておきます。
理屈は簡単で、大気から取り込んだ希薄な空気をコンプレッサー(加圧用タービン
)を使って圧縮しているだけです。このタービンの動力源をどこから得るかによっ
て、若干構造が変わってきます。

・機械式タービン
エンジンの動力(クランク軸の動力)を用いてタービン(スーパーチャージャー)
を回転させる。ギアなどを用いてタービン軸と動力源が接続された瞬間より加圧が
可能なので微力ながら低回転から効果が期待できるが、タービンの回転はそのまま
エンジンの回転損失となる(自転車の前照灯のイメージ)。

・排気タービン
エンジンの排圧を利用してタービンを回転させる。大きな排圧が必要となるため、
タービンの動作にはある程度のエンジンの回転数が条件となる。動力源を排気に頼
っているため、機械式に比べ損失が少ないが、高温にさらされるタービン部分の材
質には耐熱性の物が要求される。大排気量のエンジンであれば、その効果も大きい
。構造上、通常排気時と加圧時とでエキゾーストパイプのルートが変わる(タービ
ンを使わないときは、それ自身がスムーズな排気を妨害してしまうから)。

過給器を装備した飛行機には(車でもそうですが)通常の計器の他にブースト計と
いうものがついています。これはシリンダー内のブースト圧を指すもので、通常吸
気(負圧による吸気)の場合は針がメーターの黒い部分(黒ブースト:マイナスブ
ースト)を指し、シリンダー内の圧力と大気圧が同じになった場合は針は0を指し
ます(黒ブーストの限界)、このままではこれ以上スロットルを開いても回転は上
がりません。なぜならいくらピストンが下がっても圧力が大気圧と一致していて、
混合気が吸い込まれないからです。このときタービンを動作させます。とたんに混
合気が加圧されてシリンダー内に流入(というより噴射というイメージ?)してき
ます。圧縮の度合いにもよりますが、このとき針は0を通り越して赤い部分(赤ブ
ースト:プラスブースト)を指すはずです。パイロットはこのブースト計の動きを
見ながら、過給器を無駄のないよう動作させているんですね。
以前なんかの本であの坂井三郎氏が、
「零戦五二型では二速まで入れると、高度6000mでも赤ブースト一杯の出力を
得た...」
ということをおっしゃられていたという記憶があるのですが、つまりこれはスロッ
トルレスポンスの限界が零戦五二型では高度6000mだということになるわけで
すね(この高度以上になるとエンジンのツキが悪くなってくる)。

ちょっと話が逸れました、本題に戻ります。
これらの過給器を使うことで空燃比は維持され、理想に近い燃焼を行うことができ
ますが、こうなると別の問題も発生してきます。
前にもありましたが、空気は圧縮すると熱をもちます。熱を持つということは物体
の体積が”増える”(熱膨張)ということですね。これではせっかく空燃比を戻し
ても、シリンダーに流入する混合気の量は以前より減ってしまいますよね(とはい
っても、過給器によるパワー向上は絶大です)。混合気の量が減るということはつ
まり単位時間内でのガソリンの燃焼量が減るということです。これをなんとかする
にはもはや”冷やす”しかありません。すなわち混合気がシリンダー内に入る前に
温度を下げてやり、充填効率をあげてやるのです。このためエンジンによっては中
間冷却器(インタークーラー)といってラジエターの様なものをタービンとの間に
配置しているものもあります。

こう書くと戦争中に日本軍が排気タービンを実用化できなかったのは、決してター
ビンの材質に困ったからだけではないことがわかりますね。もし量産化に成功して
も、あの燃料事情じゃ、カタログ値の半分も出なかったんじゃないでしょうか。当
時のエンジニアの方々はこれらの問題を知りながらも量産化に努力されていたわけ
ですね...。(感慨)


さて、エンジンについてあ〜だ、こ〜だいろいろと述べましたが、いかがだったで
しょうか?概ね文面に誤りは無いとは思いますが、なにぶん手元に資料が無いので
数値等は正確ではないかもしれません。もしよろしければ、ご意見、ご指摘、訂正
をお待ちしております。

これまで随分乱暴な表現で失礼しましたことをお詫び申し上げます。私自身あまり
堅苦しい表現は苦手なので、気楽に書かせていただきました。なお、私のような人
間に意見できる場所を提供して頂いた皆様に感謝いたします。

辻 幸康 

E-Mail:tuji@ddt.or.jp
URL:http://www.ddt.or.jp/~tuji/title.htm