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李翔宇様hush2021/12/06 [21時41分40秒]
 お久しぶりです。
>根本中佐
 昭和14年だと1939年ですのでフランスはまだ降伏していません。したがって、翌15年が正しいですし、戦史叢書の根本中佐は、他の文書にあるように根木(もとき)中佐が正しいです。
 少し日本語が分かりづらいのですが、御教示ありがとうございました。
 また、こちらに書き込まれる人がおられようとは思っておりませんでしたので、御礼申し上げるのが遅くなった点をお詫び申し上げます。
 いい研究になりますよう、祈っております。
 


根本中佐の最期李 翔宇2021/11/28 [13時04分49秒]
hushさん、お久しぶりです。最近では、研究のために、大学院生になって、戦史叢書第065巻 大本営陸軍部 大東亜戦争開戦経緯<1>と陸軍省編集「佛印問題経緯」を読んでいます。
この中から、根本純一海軍中佐の最期を発見しました。根本純一海軍中佐は仏印派遣の軍事外交機関「西原機関」の海軍代表の一人であった(柳澤蔵之助大佐大佐の下)、フランス飛行機に乗って、本土から仏領広州湾植民地へ、日本軍艦仏印入港の事項を協調します。しかしながら、根本中佐機は昭和14年7月7日広州湾上空に、日本軍戦闘機に誤って撃墜された。後で、彼の遺体が涠洲島付近に発見された。
出典:戦史叢書第065巻 大本営陸軍部 大東亜戦争開戦経緯<1>、第二章 米内内閣の対外施策、北部仏印進駐の序曲、海軍艦艇のハイフォン及び広州湾入港;「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C12120103700、仏印問題経緯 其1仏印海機密第3号(防衛省防衛研究所)」;「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C12120103800、仏印問題経緯 其1仏印海機密第4号(防衛省防衛研究所)」
仏印海機密第3,4号は柳澤大佐と海軍省の大野竹二大佐の情報通信です。
ご協力ならば、ありがとうございます!


Re.いたずらがhush2021/07/28 [12時50分55秒]
深澤祐輔様
 御教示ありがとうございます。もし、拙サイトにいたずらがされているようでしたら、該当するページのURLを教えていただければ幸いです。もっとも、このサイトの制作環境は、今の技術にまったく対応していませんので、乗っ取られたら移転するしかありませんが。
 


いたずらが深澤祐輔2021/07/27 [22時25分55秒]
愛読させて頂いておりますが、こちらのサイトも含め最近海軍関係のデータに対する悪質の悪戯が増えています。先日防衛研究所の資料までハッキングされていました。 使用している文字から判断して、中国人ハッカーかと思われます。 お気づきでしょうか?


hush2021/04/01 [17時33分15秒]
 いつも大変お世話になっております。
 印度総督様と私だけというのは、さすがに不気味で、あまりに申し訳なく思っており、他の方が戻ってこられないのなら、私も撤退の方向で考えております。
 ただ、別の掲示板を探すかどうかも含めてもう少し検討の時間が欲しいので、今しばらくお時間をいただければ幸いに存じます。
 どちらにしろ、管理人様には申し訳なく思うと同時に、感謝の言葉しかないぐらいありがたく思っております。
 


引っ越し確認について雇われ管理人@力の弐號2021/03/31 [23時41分29秒]
前からの予告の通り、印度総督様とhush様の鳥街を除いて全て削除しました。
で、従来どおりの番地ですと、あまりにも空き家が多くなったので従来の67番地では辿り着くまで一苦労と思います。
ですのでとりあえず0000番地を印度総督様に、0001番地をhush様に割り当てました。
直接リンクも踏まえ、従来の67番地・72番地も残してありますが、データは別々なので、1番地に書いたものが72番地に反映されるわけでは有りません。
ですので、好きな番地を使用して構いませんが、どちらか一方を選んで頂ければと思います。


鳥町の皆様へhush2021/03/25 [06時57分18秒]
 久しぶりに伝言板をのぞいたら、鳥町を一部を除いて閉鎖したいという意向が書かれていました。
 26日前の書き込みで、猶予期間は過ぎていますが、継続使用されたい場合は早めに連絡されたほうがと思っています。
 


力石健次郎の御令孫様hush2021/02/15 [12時01分06秒]
 貴重なお話をありがとうございます。
 当時でも、伝わる所には、ある程度情報は伝わっていたのですね。
 なお、御存知かとはおもいますが、厚生労働省の下記のページから軍歴証明書をとることが可能です。
 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/senbotsusha/seido04/index.html
 末筆ではありますが、御祖父様の御冥福を祈ります。
 


原爆について力石健次郎の孫2021/02/14 [02時06分36秒]
祖父の兄進平は100まで生きたのですが、祖父は78で天寿を全う致しました。
ところで原爆についてですが、情報はある程度持っていたようです。
調査時に部下たちには水を飲まないことや、
むやみに様々な物に触れたりしないようにと伝え出発したそうです。
1人があまりの暑さに水を飲み、その後大変らしかったのですが
一応命は取り留めたと伺いました。滞在時間も確か1時間程度で帰るように
指示があったと聞いたような記憶があります。
原爆について、日本結構よく理解していたのではないかと感じました。


力石健次郎の御令孫様hush2021/02/07 [23時54分13秒]
 ありがとうございました。
 今頃になって、生没年を聞くということは、御存命だったらと思って冷や汗が出ました。
 ところで、家の近所の人で陸軍船舶工兵だった人も、救助で広島に行かされて同様の目にあったらしいですが、そのようなケースは多かったのかもしれませんね。
 日本でも作ろうとしていたぐらいですから、原爆だというのは分かっていたはずですので、無駄に危険な目にあわされたということなのでしょうね。
 


力石健次郎の生没年力石健次郎の孫2021/02/07 [00時49分16秒]
こちらこそお気遣いありがとうございます。祖父健次郎の生没年ですが
1916年(大正5年)8月6日 - 1995年(平成7年)2月9日になります。
原爆投下の日が誕生日で、その時呉にいたのですが、
キノコ雲が上がり、翌日広島に調査へ赴いたと聞いています。
わざわざ誕生日に落としおってと生前語ってましたが、
広島は本当に大変な状態だったと話してくれていました。
もし宜しければ生没年を追記いただければと存じます。


力石健次郎の御令孫様hush2021/02/05 [12時30分52秒]
 情報提供ありがとうございます。
 生没年等、お分かりのことがございましたら、御教示いただければ、さらに改訂しますので、よろしくお願いします。
 


御礼:力石の読み方力石健次郎の孫2021/02/05 [09時33分45秒]
こちらこそ、ご対応誠にありがとうございました。"Chikaraishi" に掲載されている名前は家族を含んだ親戚にあたります。一同が揃い感無量です。関係性といたしましては、力石雄一郎の弟が力石敏三郎、雄一郎の子が五郎(三菱商事副社長)、小弥太(東京銀行役員と聞いています)、敏三郎の子が進平(三菱レーヨン専務)、健次郎(外務官僚)となり、当方は実は健次郎の孫にあたります。皆、愛媛県大洲出身ですが、雄一郎、敏三郎の父にあたる八十綱が大洲藩主加藤家に仕えており藩主が東京に出てきた際に執事として声がかかり同行した形になったようで、愛媛・東京の表記が混ざっています。尚、祖父健次郎は既に外務官僚入省済みでしたが志願して戦争に行っており、戦後復員しています。


無名氏様hush2021/02/01 [23時30分43秒]
 御指摘ありがとうございます。
 我々の世代は力石というと、そう読むものだと思っていますので…。
 それはともかくとして、「日本海軍士官総覧」に掲載されている力石姓の人は5名おりまして、うち4名は索引の「ち」の項にあるのですが、力石五郎だけは「り」のところに収められています。
 もっとも、この人物が1府5県の知事を務めた力石雄一郎の子で三菱商事副社長、初等社顧問を務めた力石五郎であるとするのなら、「ちからいし」でしょう。この人物は1917年の生まれで、東京帝国大学を卒業して2年短期現役の主計中尉に任官したとしたら丁度の年齢だから余計にそう思うのですが、本籍地が東京になっているのが少し気にはなっています。力石雄一郎は内務官僚でもあるので、東京に籍があっても不思議はないのですが、愛媛の人だからです。
 仰る通りだとは思いますが、索引の件もあり、ネット上で調べる限りでは電話帳には4名の力石五郎が登録されているので、迷う部分もあるのです。
 もし、そちら様がこの件に御存じのことがありましたら、さらなる御教示をいただければ幸いです。
 


力石の読み方2021/02/01 [00時15分50秒]
人名辞典拝見しました。すごい記録ですね。
こちらでよろしかったのかわからないのですが、
力石五郎、力石敏三郎がリキイシで登録されています。
正しくはチカライシと存じます。もし差し支えなければご修正ください。


Mr. Matthew Jones.hush2021/01/22 [12時02分35秒]
 いつもありがとうございます。
 野地少佐LtCdr. Noji Sousukeが抜けていたようですね。

 なお、 https://forum.axishistory.com/viewtopic.php?f=65&p=2221049 から、御教示いただいたと思いますが、そちらにKawamura Yurao、あるいはKawamura Furaoとありますのは間違いで、Kawamura Toraoが正しい読み方です。
 


Squadron 13Matthew Jones2021/01/22 [03時53分59秒]
飛行隊13 (I)
有効化 1938.8/1
非アクティブ化 1938.12/15

司令官
少将 男爵 鮫島具重 (兵37) – 1938.8/1 - 1938.9/1
少将 桑折英三郎 (兵37) – 1938.9/1 - 1938.12/15

上級参謀将校
中佐 宮崎重敏 (兵46) – 1938.8/1 - 1938.8/5
中佐 久米幾次 (兵46) – 1938.8/5 - 1938.12/15

チーフエンジニア
機関大佐 西岡喜一郎 (機24) – 1938.8/1 - 1938.12/15

スタッフ砲術士官
欠員 – 1938.8/1 - 1938.12/15

スタッフエンジニアリングオフィサー
機関大尉 今井和夫 (機35) – 1938.8/1 - 1938.12/15 (機関少佐 1938.11/15)

スタッフコミュニケーションオフィサー
大尉 河村富良夫 (兵54) – 1938.8/1 - 1938.12/15

飛行隊13 (II)
有効化 1939.11/15
非アクティブ化 1940.11/15

司令官
少将 山田満 (兵37) – 1939.11/15 - 1940.11/15

上級参謀将校
中佐 伊藤清六 (兵49) – 1939.11/15 - 1940.10/1
欠員 – 1940.10/1 - 1940.11/15

チーフエンジニア
機関大佐 岸川覚雄 (機27) – 1939.11/15 - 1940.11/15

スタッフ砲術士官
少佐 野地宗助 (兵51) – 1939.11/15 - 1940.4/24
欠員 – 1940.4/24 - 1940.10/5
少佐 今井秋次郎 (兵54) – 1940.10/5 - 1940.11/15

スタッフエンジニアリングオフィサー
機関大尉 武市義雄 (機38) – 1939.11/15 - 1940.11/15

スタッフコミュニケーションオフィサー
少佐 山仲伝吾 (兵54) – 1939.11/15 - 1940.11/15


Squadron 13 (I)
Activated 1 August 1938
Deactivated 15 December 1938

Commanders
RADM Baron Samejima Tomoshige (37) – 1 August 1938 – 1 September 1938
RADM Koori Hidesaburo (37) – 1 September 1938 – 15 December 1938

Senior Staff Officers
Cdr. Miyazaki Shigetoshi (46) – 1 August 1938 – 5 August 1938
Cdr. Kume Ikuji (46) – 5 August 1938 – 15 December 1938

Chief Engineers
(E) Capt. Nishioka Kiichiro (Eng. 24) – 1 August 1938 – 15 December 1938

Staff Gunnery Officers
VACANT – 1 August 1938 – 15 December 1938

Staff Engineering Officers
(E) Lt. / (E) LtCdr. Imai Kazuo (Eng. 35) – 1 August 1938 – 15 December 1938

Staff Communications Officers
Lt. Kawamura Yurao (54) – 1 August 1938 – 15 December 1938

Squadron 13 (II)
Activated 15 November 1939
Deactivated 15 November 1940

Commanders
RADM Yamada Mitsuru (37) – 15 November 1939 – 15 November 1940

Senior Staff Officers
Cdr. Ito Seiroku (49) – 15 November 1939 – 1 October 1940
VACANT – 1 October 1940 – 15 November 1940

Chief Engineers
(E) Capt. Kishikawa Kakuo (Eng. 27) – 15 November 1939 – 15 November 1940

Staff Gunnery Officers
LtCdr. Noji Sosuke (51) – 15 November 1939 – 24 April 1940
VACANT – 24 April 1940 – 5 October 1940
LtCdr. Imai Shujiro (54) – 5 October 1940 – 15 November 1940

Staff Engineering Officers
(E) Lt. Takechi Yoshio (Eng. 38) – 15 November 1939 – 15 November 1940

Staff Communications Officers
LtCdr. Yamanaka Dengo (54) – 15 November 1939 – 15 November 1940


李翔宇様hush2021/01/20 [19時48分31秒]
 ごめんなさい、直っていませんでした。
 先ほど、戦隊が開くように致しました。
 大変、失礼致しました。
 


李翔宇様hush2021/01/19 [08時14分06秒]
 御指摘ありがとうございます。
 訂正いたしました。
 


「戦隊」のサイトが違います李翔宇2021/01/19 [00時06分23秒]
「戦隊」のサイトを入っている時に、潜水隊のサイトが出ています。直すことは本当にありがとうございます。


Mr. Matthew Jones.hush2021/01/04 [12時37分22秒]
 ありがとうございます。
 お陰でより正確なものができます。
 経理学校卒業時の順番というのは、少尉任官後に随分と変わっている場合があり、もしかすると出身学校別の50音順となっているのかもしれないと思う場合があります。
 


Paymaster Academy 22Matthew Jones2021/01/04 [08時39分19秒]
ISHII Tsugio 石井次男 and ITO Hiroshi 伊藤博 are both listed as 3/15.
HANADA Itsuro 花田逸郎 and TAKAHASHI Hajime 高橋甫 are both listed as 15/15.

石井次男石井次男と伊藤博伊藤博はともに3/15に記載されています。
HANADAItsuro花田逸郎とTAKAHASHI高橋甫は両方とも15/15としてリストされています。


Mr. Matthew Jones.hush2021/01/04 [00時15分51秒]
 今頃になって書き込みに気づきましたが、こちらでは小林恵は264/625に直っています。もし、263のままでしたら、一度、そのページを更新してみてください。
 http://hush.gooside.com/name/Biography/41141nakana.html#anchor242494
 


Naval Academy Class 72Matthew Jones2021/01/02 [22時46分32秒]
中西健造 and 小林恵 are still both reading 263/625.

中西健造と小林恵はまだ263/625を読んでいます.


Mr. Matthew Jones.hush2021/01/02 [13時19分18秒]
 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。本年が、よい年になりますよう祈っております。
 昨年に引き続き、本年も貴重なご指摘をいただき感謝申し上げます。
 さきほど、訂正いたしましたので、御確認いただければ幸いです。
 


Naval Academy Class 72Matthew Jones2021/01/01 [21時05分20秒]
まず、明けましておめでとうございます、私の友人...あなたとあなたの家族にとって幸せで繁栄する年になるかもしれません。

海軍兵学校クラス72に関する簡単なメモをいくつかご紹介します。

小林恵小林恵と中西健三中西健造はどちらも263/625と記されています。
小林正一小林正一と中田高安中田隆保はどちらも105/625と記されています。

First off, Happy New Year, my friend...may it be a happy and prosperous one for you and your family.

Just a couple of quick notes for Naval Academy Class 72.

KOBAYASHI Megumi 小林恵 and NAKANISHI Kenzo 中西健造 are both marked 263/625.
KOBAYASHI Shoichi 小林正一 and NAKATA Takayasu 中田隆保 are both marked 105/625.


Mr. Matthew Jones.hush2020/12/24 [20時44分38秒]
 御指摘、ありがとうございます。120位あたりで何人か数字が間違っておりましたので、早速訂正させてもらいました。
 なお、久良心滋は久良知滋が、中島干弘は千弘が正しいです。もとにされたと思われるHPは漢字の間違いがいくつかあり、千が干、井が丼というように、よく似た漢字になっている場合がありますので、ご注意ください。
 今年はCOVIDで大変な年でありましたが、よい年をお迎えください。
 今後ともよろしくお願いいたします。
 


Naval Academy Class 71Matthew Jones2020/12/23 [21時10分40秒]
第71期では、久良心滋と中島干弘の両方が126/581にランク付けされています。 どちらが正しい? あなたが提供できる情報をありがとう。

For 第71期, both 久良知滋 and 中島干弘 are ranked 126/581. Which is correct? Thanks for any info you can provide.


横須賀マン様hush2020/12/11 [12時11分38秒]
 御教示、ありがとうございます。御教示を参考にして調べましたら、海軍機関学校選修学生6期として1926年に卒業していました。予備士官かと思っていましたが、特務士官だったのですね。
 


海軍広岡誠一少佐について横須賀マン2020/12/10 [20時22分01秒]
この広岡少佐は海軍機関学校の選修学生あがりのようです。
そしてあの広岡達郎さん(元巨人選手)のお父さんのようですよ。


hushさまPharris2020/10/15 [14時18分37秒]
返信ほったらかしにして申し訳なかったですが…
ファリスのページちゃんと見てます:-)


Pharris様hush2020/10/12 [22時01分02秒]
 ささやかな御礼として、少しページを改変しました。
 http://hush.gooside.com/Text/5h/53Fu/F301rFuara_.html#anchor1509601
 御笑納下さいませ。
 


訂正ご苦労様ですPharris2020/10/12 [10時26分54秒]
早速の訂正ありがとうございました。
艦船辞典にはいつも大変お世話になっています。


Pharris様hush2020/10/12 [07時32分22秒]
 ありがとうございます。
 あわてて、直しました。
 


ヒューストンのページについてPharris2020/10/12 [01時59分56秒]
「ひゆ〜」の項目、ヒューストンのページを表示しようとすると鳳翔のページが表示されてしまいます。
URLを見るにヒューストンのページ自体が鳳翔の内容になっているようです。
取り急ぎご連絡まで。


hush御教示多謝2020/09/30 [18時46分40秒]
 なるほど、「きとみ」ですか。遅くなりましたが、修正させていただくとともに、こちらで分かる範囲で、若干、情報を付け加えておきました。もし、生没年(生きておられたら百歳を遙かに超えておられるはずですので)等、ご存じのことで、差し支えのない程度でことがございましたら、御教示いただければ追加させていただきます。
 知人にも同姓の者がおりますし、私と同じ三重県人の方ですので、南勢の方だろうとは思いますが、もし、他にも情報をお持ちでしたら、お教えいただければと思っております。
 ありがとうございました。
 


瑞鳳 乗組員について喜富の知人2020/09/29 [01時02分10秒]
瑞鳳 乗組員の浦田喜富ですが、「よしとみ」ではなく「きとみ」と読みます。
ずっと気になっていたので、修正していただけますでしょうか?
選択肢がよくわからないのでそのままで申し訳こざいませんが、よろしくお願いいたします。
彼の軍人時代のことは全く知らないので、少しでも知ることができて良かったです。
ありがとうございます。


拙サイトにアクセスできない方々にhush2020/09/19 [09時36分22秒]
 最近、お世話になっている方から拙サイトに入れないという情報を得ました。ただ、それは新規購入されたコンピューターからでは入れないが、スマートフォン等からでは入れるそうです。
 その時はなぜだろうと思ったのですが、よく考えてみると、拙サイトは2002年の創設時から、同じ仕様で作成しています。作成ソフトはWindows XPどころか、Windows98時代のものです。
 しかも、無料HPということで使っているgooside.comは、かの悪名高きFC2ですので、セキュリティーを強めている現代のブラウザーやアンチ・ウィルス・ソフトから見れば、危険極まりない代物です。
 実際、拙サイトのindexページの左上には、引っかかる人もおられないと思いますが、どぎつい広告が出ていることもあります。
 さりとて、有料HPに移る気もありませんし、他の無料HPは容量が足りないように思います。第一、こういう趣味のものを金を出してまで発表したいという気がないのです。
 したがって、当面、このままの状態でいこうと思っております。
 もちろん、セキュリティーを下げてまで訪問していただくようなサイトではないことは自身がよく承知しておりますので、これは、御覧いただけない方々に対する説明だと理解していただければと思っております。
 御理解いただければ幸甚に存じます。
 


Mr. Matthew Jones.hush2020/07/04 [20時59分15秒]
 ご紹介ありがとうございます。
 参考にさせていただきます。
 


Officer ListingMatthew Jones2020/07/03 [09時04分36秒]
I'm happy to help in any way I can. I know your entries - particularly the class listings - have helped me out immensely! I have complete listings for several other vessels - again, courtesy of his extremely generous help - so let me know what ships you would like to update and I'll see what I have.

できる限りのお手伝いをさせていただきます。 あなたのエントリー、特にクラスのリストは、私を非常に助けてくれました。 私は他のいくつかの船の完全なリストを持っています-繰り返しになりますが、彼の非常に寛大な支援のおかげで-どの船を更新したいか教えてください。


Mr. Matthew Jones.hush2020/07/03 [08時25分35秒]
 ありがとうございます。
 I don't know how to thank you for your help.
 Mr. Fontessa does not know to me, but seems to be examining the official gazette and public relations of the resignation as I am.
 
 


UranamiMatthew Jones2020/07/02 [19時45分25秒]
I noticed you were updating Uranami. Courtesy of Fontessa on AxisHistory Forums, here is a complete list of officers for her.

Commanding Officers
(Chief Equipping Officer) - Cdr. Goto Aritomo (38) - 15 January 1929 - 25 April 1929
Cdr. Goto Aritomo (38) - 25 April 1929 - 2 November 1931
LtCdr. / Cdr. Edo Heitaro (40) - 2 November 1931 - 1 December 1932 (Cdr on 1 December 1931)
Cdr. Yashima Motonari (39) - 1 December 1932 - 1 May 1933
Cdr. Kimura Susumu (40) - 1 May 1933 - 15 November 1933
Cdr. Furuki Momozo (41) - 15 November 1933 - 15 January 1935
Cdr. Hisamune Sojiro (41) - 15 January 1935 - 1 November 1935
Cdr. Tawara Yoshioki (43) - 1 November 1935 - 1 December 1936
Cdr. Shimazaki Toshio (44) - 1 December 1936 - 1 December 1937
LtCdr. Orita Tsuneo (49) - 1 December 1937 - 5 October 1938
LtCdr. / Cdr. Nomaguchi Kanetomo (48) - 5 October 1938 - 15 November 1939 (Cdr on 15 November 1938)
Cdr. Semba Shigeo (50) - 15 November 1939 - 15 April 1941
LtCdr. / Cdr. Hagio Tsutomu (52) - 15 April 1941 - 15 May 1943 (Cdr on 1 November 1942)
LtCdr. Tanaka Tomoo (57) - 15 May 1943 - 15 April 1944
LtCdr. / Cdr.* Sako Kaei (61) - 15 April 1944 - 26 October 1944 (Killed; Cdr posthumously)

Torpedo Officers
(Equipping Officer) – Lt. Masumoto Kaname (48) – 15 January 1929 – 25 April 1929
Lt. Masumoto Kaname (48) - 25 April 1929 - 1 November 1930
Lt. Shirahama Masashichi (49) - 1 November 1930 - 1 December 1931
Lt. Mori Hiroshi (48) - 1 December 1931 - 1 December 1932
Lt. Furuya Kiyoto (52) – 1 December 1932 – 15 November 1935
Lt. Matsumoto Hideshi (52) – 15 November 1935 – 1 December 1936
Lt. Higashi Hideo (52) – 1 December 1936 – 29 July 1937
Lt. Izumi Masachika (53) – 29 July 1937 – 1 December 1937
VACANT – 1 December 1937 – 15 December 1938
Lt. Orita Zenji (59) – 15 December 1938 – 15 May 1939
VACANT – 15 May 1939 - 15 October 1940
Lt. Takahashi Satoshi (62) - 15 October 1940 - 1 April 1941
Lt. (j.g.) / Lt. Ono Aiji (65) - 1 April 1941 - 6 April 1942 (Lt on 15 October 1941)
Lt. Unaki Tsuyoshi (64) - 6 April 1942 - 15 November 1942
Lt. (j.g.) / Lt. Utsunomiya Michiharu (69) - 15 November 1942 - 1 July 1944 (Lt on 15 March 1944)
Lt. (j.g.) Iwane Tsuyoshi (71) - 1 July 1944 - 15 August 1944
Lt. (j.g.) / Lt.* Kawabata Tatsumu (71) - 15 August 1944 - 26 October 1944 (Killed; Lt posthumously)

Gunnery Officers
(Equipping Officer) – Lt. Izutsu Yoshiro (49) – 20 March 1929 – 25 April 1929
Lt. Izutsu Yoshizo (49) - 25 April 1929 – 5 September 1929
Lt. Shiga Masanari (48) – 5 September 1929 – 1 December 1930
Lt. Nakagawa Hisao (50) – 1 December 1930 – 1 December 1932
VACANT – 1 December 1932 – 25 May 1933
Lt. Mochizuki Yoshikazu (53) – 25 May 1933 – 1 November 1933
VACANT – 1 November 1933 – 18 July 1934
Lt. Yoshida Akifusa (54) – 18 July 1934 – 1 December 1936
Lt. Kido Tomimatsu (55) – 1 December 1936 – 1 December 1937
VACANT – 1 December 1937 – 1 August 1938
Lt. Suzuki Koichi (59) – 1 August 1938 – 10 September 1938
VACANT – 10 September 1938 – 1 December 1938
Lt. Tsuchiya Tetsuhiko (58) – 1 December 1938 – 15 October 1940
VACANT – 15 October 1940 – 15 November 1940
Lt. (j.g.) / Lt. Yoshida Masatame (64) – 15 November 1940 – 10 September 1941 (Lt on 15 May 1941)
VACANT – 10 September 1941 – 15 October 1941
Lt. (j.g.) Urushibara Kiyohisa (67) – 15 October 1941 - 26 January 1943
Lt. (j.g.) Kaminari Masahiro (68) - 26 January 1943 - 12 May 1943
Lt. (j.g.) / Lt. / LtCdr.* Kami Sadao (68) - 12 May 1943 - 26 October 1944 (Lt on 1 November 1943; Died of Wounds 31 October 1944; LtCdr posthumously)

Navigators
(Equipping Officer) - Lt. Miya Yujiro (50) - 1 April 1929 - 25 April 1929
Lt. Miya Yujiro (50) - 25 April 1929 - 30 November 1929
Lt. Miura Gishiro (51) - 30 November 1929 – 1 December 1930
Lt. Oba Fumie (51) – 1 December 1930 – 15 November 1932
VACANT – 15 November 1932 – 1 December 1932
Lt. Tsuna Hajime (52) – 1 December 1932 – 1 November 1933
VACANT – 1 November 1933 - 18 July 1934
Lt. Furuya Kiyoto (52) - 18 July 1934 – 15 November 1934
Lt. Furuhashi Saijiro (51) – 15 November 1934 – 31 October 1935
VACANT – 31 October 1935 – 16 December 1935
Lt. Hatano Kenji (57) – 16 December 1935 – 1 December 1936
Lt. Tsuchiya Tetsuhiko (58) - 1 December 1936 - 3 February 1938
VACANT - 3 February 1938 – 15 December 1938
Lt. (j.g.) Minagawa Yoshio (63) – 15 December 1938 – 15 November 1939
Lt. (j.g.) Yoshida Masatame (64) – 15 November 1939 – 15 November 1940
Lt. (j.g.) Ogura Masutoshi (65) – 15 November 1940 – 25 March 1941
Lt. (j.g.) Oshikane Masahiro (66) – 25 March 1941 – 20 December 1941
Lt. (j.g.) Sadahiro Yutaka (Res.) – 20 December 1941 – 15 November 1942
Lt. (j.g.) Tanaka Shogo (Res.) – 15 November 1942 - 3 February 1943
Lt. (j.g.) / Lt. Matsuura Eitaro (Res.) - 3 February 1943 - 15 September 1944
Lt. (j.g.) Hori Kenjiro (72) - 15 September 1944 - 26 October 1944

Chief Engineers
(Equipping Officer) – (E) Lt. Morimoto Yoshio (Eng. 27) – 15 January 1929 – 25 April 1929
(E) Lt. Morimoto Yoshio (Eng. 27) - 25 April 1929 – 1 December 1930
(E) Lt. Nakayama Sakae (Eng. 29) – 1 December 1930 – 1 December 1932
(E) Lt. Fujino Tsutomu (Eng. 31) – 1 December 1932 – 15 November 1934
(E) LtCdr. Shiraishi Hiroshi (Eng. 31) – 15 November 1934 – 15 October 1935
(E) Lt. / (E) LtCdr. Morimoto Kazuo (Eng. 31) – 15 October 1935 – 1 December 1937 (LtCdr on 15 November 1935)
(E) LtCdr. Sakaiya Tomotaro (Eng. 33) – 1 December 1937 – 15 November 1939
VACANT – 15 November 1939 – 15 October 1940
(E) Lt. (j.g.) / Lt. Shigemoto Gunichi (Spec. Duty) – 15 October 1940 – 15 May 1943 (Lt on 1 November 1942)
Lt. (j.g.) / Lt. / LtCdr.* Nakatsu Masao (Spec. Duty) – 15 May 1943 - 26 October 1944 (KIA) (Lt on 1 May 1944; Killed; LtCdr on 26 October 1944)





浦波を更新しているようです。 AxisHistoryフォーラムのFontessaの厚意により、彼女の役員の全リストを以下に示します。

司令官
(最高装備責任者) - 中佐 五藤存知 (兵38) - 29.1/15 - 29.4/25
中佐 五藤存知 (兵38) - 29.4/25 - 31.11/2
少佐 / 中佐 江戸兵太郎 (兵40) - 31.11/2 - 32.12/1 (中佐 31.12/1)
中佐 八島元徳 (兵39) - 32.12/1 - 33.5/1
中佐 木村進 (兵40) - 33.5/1 - 33.11/15
中佐 古木百蔵 (兵41) - 33.11/15 - 35.1/15
中佐 久宗米次郎 (兵41) - 35.1/15 - 35.11/1
中佐 田原吉興 (兵43) - 35.11/1 - 36.12/1
中佐 島崎利雄 (兵44) - 36.12/1 - 37.12/1
少佐 折田常雄 (兵49) - 37.12/1 - 38.10/5
少佐 / 中佐 野間口兼知 (兵48) - 38.10/5 - 39.11/15 (中佐 39.11/15)
中佐 仙波繁雄 (兵50) - 39.11/15 - 41.4/15
少佐 / 中佐 萩尾力 (兵52) - 41.4/15 - 43.5/15 (中佐 42.11/1)
少佐 田中知生 (兵57) - 43.5/15 - 44.4/15
少佐 / 中佐* 佐古加栄 (兵61) - 44.4/15 - 44.10/26 (死亡, 中佐)

水雷長
(装備役員) – 大尉 桝本要 (兵48) – 29.1/15 – 29.4/25
大尉 桝本要 (兵48) - 29.4/25 - 30.11/1
大尉 白浜政七 (兵49) - 30.11/1 - 31.12/1
大尉 森寛 (兵48) - 31.12/1 - 32.12/1
大尉 古谷清渡 (兵52) – 32.12/1 – 35.11/15
大尉 松元秀志 (兵52) – 35.11/15 – 36.12/1
大尉 東日出夫 (兵52) – 36.12/1 – 37.7/29
大尉 泉雅爾 (兵53) – 37.7/29 – 37.12/1
欠員 – 37.12/1 – 38.12/15
大尉 折田善次 (兵59) – 38.12/15 – 39.5/15
欠員 – 39.5/15 - 40.10/15
大尉 高橋敏 (兵62) - 40.10/15 - 41.4/1
中尉 / 大尉 大野愛二 (兵65) - 41.4/1 - 42.4/6 (大尉 41.10/15)
大尉 宇那木勁 (兵64) - 42.4/6 - 42.11/15
中尉 / 大尉 宇都宮道春 (兵69) - 42.11/15 - 44.7/1 (大尉 44.3/15)
中尉 岩根剛 (兵71) - 44.7/1 - 44.8/15
中尉 / 大尉* 川畑努 (兵71) - 44.8/15 - 44.10/26 (死亡, 大尉)

砲術長
(装備役員) – 大尉 井筒義三 (兵49) – 29.3/20 – 29.4/25
大尉 井筒義三 (兵49) - 29.4/25 – 29.9/5
大尉 志賀正成 (兵48) – 29.9/5 – 30.12/1
大尉 中川寿雄 (兵50) – 30.12/1 – 32.12/1
欠員 – 32.12/1 – 33.5/25
大尉 望月嘉一 (兵53) – 33.5/25 – 33.11/1
欠員 – 33.11/1 – 34.7/18
大尉 吉田章房 (兵54) – 34.7/18 – 36.12/1
大尉 城戸富待 (兵55) – 36.12/1 – 37.12/1
欠員 – 37.12/1 – 38.8/1
大尉 鈴木孝一 (兵59) – 38.8/1 – 38.9/10
欠員 – 38.9/10 – 38.12/1
大尉 土屋鉄彦 (兵58) – 38.12/1 – 40.10/15
欠員 – 40.10/15 – 40.11/15
中尉 / 大尉 吉田正為 (兵64) – 40.11/15 – 41.9/10 (大尉 41.5/15)
欠員 – 41.9/10 – 41.10/15
中尉 漆原清久 (兵67) – 41.10/15 - 43.1/26
中尉 雷正博 (兵68) - 43.1/26 - 43.5/12
中尉 / 大尉 / 少佐* 神貞夫 (兵68) - 43.5/12 - 44.10/26 (大尉 43.11/1; 死亡 44.10/31, 少佐)

航海長
(装備役員) - 大尉 宮雄次郎 (兵50) - 29.4/1 - 29.4/25
大尉 宮雄次郎 (兵50) - 29.4/25 - 29.11/30
大尉 三浦義四郎 (兵51) - 29.11/30 – 30.12/1
大尉 大場文衛 (兵51) – 30.12/1 – 32.11/15
欠員 – 32.11/15 – 32.12/1
大尉 継秋葉 (兵52) – 32.12/1 – 33.11/1
欠員 – 33.11/1 - 34.7/18
大尉 古谷清渡 (兵52) - 34.7/18 – 34.11/15
大尉 古橋才次郎 (兵51) – 34.11/15 – 35.10/31
欠員 – 35.10/31 – 35.12/16
大尉 畑野健二 (兵57) – 35.12/16 – 36.12/1
大尉 土屋鉄彦 (兵58) - 36.12/1 - 38.2/3
欠員 - 38.2/3 – 38.12/15
中尉 皆川芳雄 (兵63) – 38.12/15 – 39.11/15
中尉 吉田正為 (兵64) – 39.11/15 – 40.11/15
中尉 小倉益敏 (兵65) – 40.11/15 – 41.3/25
中尉 押兼正広 (兵66) – 41.3/25 – 41.12/20
中尉 貞広豊 (予備) – 41.12/20 – 42.11/15
中尉 田中正吾 (予備) – 42.11/15 - 43.2/3
中尉 / 大尉 松浦栄太郎 (予備) - 43.2/3 - 44.9/15
中尉 堀剣二郎 (兵72) - 44.9/15 - 44.10/26

機関長
(装備役員) – 機関大尉 森本芳夫 (機27) – 29.1/15 – 29.4/25
機関大尉 森本芳夫 (機27) - 29.4/25 – 30.12/1
機関大尉 中山栄 (機29) – 30.12/1 – 32.12/1
機関大尉 藤野勉 (機31) – 32.12/1 – 34.11/15
機関少佐 白石洋 (機31) – 34.11/15 – 35.10/15
機関大尉 / 機関少佐 森本一男 (機31) – 35.10/15 – 37.12/1 (機関少佐 35.11/15)
機関少佐 堺谷友太郎 (機33) – 37.12/1 – 39.11/15
欠員 – 39.11/15 – 40.10/15
機関中尉 / 大尉 重本郡一 (専修学生) – 40.10/15 – 43.5/15 (大尉 42.11/1)
中尉 / 大尉 / 少佐* 中津正夫 (専修学生) – 43.5/15 - 44.10/26 (大尉 44.5/1; 死亡, 少佐)


Mr. Matthew Jones.hush 2020/05/30 [18時55分03秒]
 いつもありがとうございます。
 第70期346番は http://hush.gooside.com/name/Biography/131ku.html#anchor272892 の公家(山田)吉男少佐です。
 I am always grateful for your help.
The 70th term 346th is Major Yoshio Kuge (exYamada) of http://hush.gooside.com/name/Biography/131ku.html#anchor272892.


Naval Academy Class 70Matthew Jones2020/05/30 [13時21分39秒]
432のうち346を卒業した人は誰もリストに載っていないと思います。 情報ありがとうございます。

I believe the list is missing whoever graduated 346/432. Any idea who that is? Thanks for any info.


鳥街の皆様方へhush2020/05/28 [07時15分11秒]
 私の申し上げることではないのですが、訳の分からない広告に襲われている所が多いようです。一度、御確認されてはいかがでしょうか?
 


Donny Chan様hush2020/05/28 [07時14分34秒]
 久しぶりにメイルを確認しましたら、4月にメイルを戴いていたことを知って驚きました。
 貴重な情報を戴いたことに御礼申し上げるとともに、これだけの長期間放置していたことを御寛恕戴ければ幸いに存じます。
 ただ、メイルは見ませんので、今後、何かございましたら、こちらのほうへ御記入戴ければと思っております。


御礼hush2020/05/14 [22時40分59秒]
 こちらこそ鄭重な御礼をありがとうございます。
 存外に海外の方も見ておられるようですので、できるだけ人名の読み方は記しておりますが、間違いも多いだろうと思っております。
 今後ともよしなにお願い申し上げます。
 


ご訂正いただきありがとうございます。櫻菊てふやう2020/05/14 [12時02分35秒]
人名事典の該当ページ、確認いたしました。
迅速なご対応をいただき、ありがとうございました。

こちらこそ、素敵なデータベースを公開していただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。


櫻菊てふやう様hush2020/05/13 [18時51分18秒]
 御教示多謝。
 訂正致しました。
 今後とも、お気づきの点がありましたらよろしくお願い申し上げます。
 


平柳育郎海軍大尉の名前の読み方櫻菊てふやう2020/05/12 [15時11分09秒]
はじめまして。
櫻菊てふやうと申します。
人名事典のページから参りました。

ハンモックナンバーや名前の読み方など参考になる情報が多く、
とても助かります。ありがとうございます。

さて、人名事典の平柳育郎海軍大尉(海兵70期首席)の項目について気になるところがありました。人名事典では、名前の読み方がYasuoとなっていましたが、70期の記録映画、勝利の基礎の卒業式の場面では、
「第70期生徒御下賜品拝受者、平柳育郎(ひらやなぎいくろう)」と読まれていました。
名前の読みはIkuro(いくろう)だと思います。

・勝利の基礎、平柳育郎生徒の卒業式の場面
https://www.youtube.com/watch?v=NchGKpqHRz4&t=57s

もし、よろしければ修正していただけますと嬉しいです。
よろしくお願いします。


李翔宇様hush2020/04/06 [20時31分14秒]
 情報の提供ありがとうございました。多分、前回と同じ行動調書からの抜粋かと思いますが、任務欄の戦闘機搭乗員及基地員の前は屏空とあるように見えます。もし、そうならば東港の北側にある屏東飛行場の可能性があります。もっとも、それは陸軍の管轄ですが。
 なお、昭南は、知っておられると思いますが、シンガポールのことです。
 しかし、東港の航空基地もサーキットとして平和利用されている(閉鎖されたそうですが)そうで、ああいう負の遺産がそういうふうに使われるというのは嬉しいことです。
 


大金茂少佐の最期李 翔宇2020/04/05 [23時19分58秒]
昭和十七年六月朔日、ポートブレアーから、東港空飛行隊長大金茂少佐機発進した。この任務は、戦機搭乗員及基地員空輸移動打合、昭南基地調査です。
離水直後、3、4番発動機不調により。11時23分、基地南東方面15浬に不時着大破沈没した。
被害は、軽傷3名、重傷2名、行方不明17名、死亡2名、大金茂少佐ぐるみです。


李翔宇様hush2020/04/02 [07時31分54秒]
 貴重な情報をありがとうございました。
 行動調書の7時40分発進は日向嘉秀大尉の搭乗機ですので、発進時刻は改めさせてもらいました。
 今後とも、よろしく御願いします。
 


横山哲夫大尉機の最期李 翔宇2020/04/02 [00時06分45秒]
最近B作戦計画(つまり印度洋二度交通破壊計画)を調べていました。イギリス軍の記録、特に2つのイギリス空母と比較するために航空部隊の行動調書を読んでいました。
8月2日の正午に空母フォーミダブルからの戦闘機が1隻の飛行艇を撃墜したが分かりました。自分はこの飛行艇が東港空に所属していると思います、その後、行動調書を読みました。
昭和十七年八月二日朝七時四十分、ブレアから、東港空の飛行艇四機は発進した。しかし、三機のみは帰投した。横山哲夫大尉(兵67、223/248高知)機は行方不明。
だから、横山大尉はフォーミダブルのマートレットMk.I(つまりF4F)戦闘機に撃墜されたと思う。
間違っている場合は、再確認してください。ご協力ありがとうございます!


李翔宇様hush2020/02/04 [12時54分49秒]
 御教示多謝。早速、直しておきました。


第三御影丸の沈没李 翔宇2020/02/03 [15時16分20秒]
昭和十七年七月十三日、海軍特設運送船、第三御影丸が元陸軍輸送船安山丸と衝突して沈没した。
間違っている場合は、再確認してください。ご協力ありがとうございます!


李翔宇様hush 2020/01/30 [17時02分01秒]
 我和戸田S.源五郎樣這的出色人不同。這就是為什麼我認為這太受好評了。但是,如果能對
李翔宇樣的研究有所幇助,我會感到很高興。

 戸田S.源五郎様のような素晴らしい方では私はないので、身に余る賞賛であると思っています。ただ、
李翔宇様の研究に、少しでも役に立てたのなら嬉しいことだと思っています。
 


中国の海軍研究者から李 翔宇2020/01/30 [10時14分37秒]
長期にわたる努力と詳細なデータベースに感謝します!私はあなたのサイトと戸田S.源五郎様に基づいて戦没した特設艦船に関する情報を収集していました。日本の海軍史の研究により良い未来を描くことができればいいのに。
今後ともご指導、ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます


Mr. Matthew Jones. hush2019/10/21 [17時50分08秒]
 いつもありがとうございます。
 Kagaが見つかったことは、日本でも報道されました。
 また、別の空母(Akagi or Souryuu)も見つかったようですね。
 亡くなられた方々の御冥福を祈ります。
 
I am always grateful for your help.
The fact that an old burial mound was found has also been reported in Japan.
Also, another aircraft carrier Akagi seems to have been found.
I pray for the happiness of those who died in warships.
 


MAJOR Wreck News!Matthew Jones2019/10/18 [21時09分16秒]
Don't know if you heard, but RV Petrel has located the wreck of KAGA. She is upright and in over 17,000 feet of water with most of her flight deck missing.

聞いたかどうかはわかりませんが、RV PetrelはKAGAの難破船を見つけました。 彼女は直立しており、17,000フィート以上の水域にあり、ほとんどのフライトデッキがありません。


Mr. Matthew Jones.2019/07/08 [21時27分01秒]
 いつもありがとうございます。
 楽しみにしていただければ、幸いです。
 


SurgeonsMatthew Jones2019/07/07 [15時22分32秒]
このサイトで外科医のセクションを始めてくれてありがとう。 もっと楽しみにしています!

Just wanted to say thanks for starting a Surgeons section on the site. Looking forward to more!


返信武蔵2019/05/25 [19時16分17秒]
そうですか。確かに事らも個人情報を書き込んでしまいました。スイマセン。こちらも考え方の違いでああいった書き込みをしてしまいました。スイマセンでした。


伏して御返答申し上げます。2019/05/25 [14時40分43秒]
伏して御返答申し上げます。
 別段不快であったわけではなく、否定も致しておりません。ただ、個人情報が余りに多すぎたので削除させていただいたような次第です。なお、削除した部分は保存してありますので、必要がありましたら、きちんとではありませんが復元できると思っております。
 


追記武蔵2019/05/25 [11時24分24秒]
ですのでコメントはして頂かなくていいので。何卒、ご理解のほどをお願いいたします。


謝罪武蔵2019/05/25 [11時16分22秒]
今回は謝罪をしたく事らにコメントいたしました。自分の居たらないコメントで貴殿を不快にさせてしまった事を深くお詫び申し上げます。自分、父がアメリカ人で母が日本人なのです。ですのでアメリカに対しての愛国心はあります。ですが貴殿は日本人なので貴殿に否定されたくはありません。父方の祖父はイタリア系アメリカ人で戦時中にアメリカ軍に入ってました。白人であったため日本人ほどの差別は受けなかったそうです。戦闘機に乗って日本とたたかっあそうです。名前は伏せます。色々言われるのがつらいので。父はアメリカ海軍の特殊部隊員なので名前を伏せます。少し話がずれましたが本当にも酸いわけありませんでした。もう此方のコメント欄には書き込みを致しません。


Mr. Matthew Jones.hush2019/05/06 [22時56分01秒]
 いつもありがとうございます。
 Furutakaが見つかったことは、日本でも報道されました。
 Furutakaで亡くなられた方々の御冥福を祈ります。
 
I am always grateful for your help.
The fact that an old burial mound was found has also been reported in Japan.
I pray for the happiness of those who died in Furutaka.
 


Another AnnouncementMatthew Jones2019/05/06 [09時45分36秒]
RV Petrel announced on Facebook today that it located the wreck of Furutaka on 25 February 2019. Didn't know if it had been announced in Japan or not.

RV Petrelは本日、Facebookで2019年2月25日にFurutakaの難破船を発見したと発表しました。日本で発表されたかどうか知りませんでした。


Mr. Matthew Jones.hush2019/05/03 [19時23分55秒]
 いつもありがとうございます。
 ただ、その写真の人物は丹野大佐ではないそうです。
 


Speaking of Tanno Yuzo...Matthew Jones2019/05/03 [12時41分11秒]
Found this pic on an IJN Facebook group just now. The caption is as follows:

Tokyo Bay, 30 August 1945. Commander Tanno Yuzo hands over the keys of Yokosuka Naval Base to Captain H. J. Buchanan, Royal Australian Navy.

たった今、この写真をIJNのFacebookグループで見つけました。 キャプションは次のとおりです。

1945年8月30日、東京湾。丹野雄三司令官が横須賀海軍基地の鍵を手渡す。

https://imgur.com/w5wzK5U


Mr. Matthew Jones.2019/04/27 [16時04分55秒]
 御紹介ありがとうございます。
 神通のeternal patrolもようやく終わりそうです。
 亡くなった方々の御冥福を祈ります。
 


A Red-Letter Day for IJN Buffs!Matthew Jones2019/04/27 [03時52分14秒]
Today has seen not one, but THREE major reveals. The first is the first photo of destroyer YUGUMO, showing her officers posing in front of her bridge structure on her commissioning day, 5 December 1941.

今日は誰も見ていませんが、3つの主要な点が明らかにされています。 最初の写真は駆逐艦弓雲の最初の写真で、1941年12月5日の試運転当日に彼女の役員が橋の構造物の前でポーズをとっています。

二つ目はMUSASHIの新しい写真です。

https://twitter.com/kureport_tenbo/status/1121364618943709184?s=21&fbclid=IwAR2RhWyWDfiL49bl1FYBtAVBhqr8JfoFcxxOJIX9lNQa5RZYPldbtSC5kd8

それは明らかに大和博物館の独占記事です。 これは本当に素晴らしい発見です!

最後は、RV Petrelがソロモン諸島のKula湾の近くの900メートルの水に沈没したということです。

The second is a NEW photo of MUSASHI, seen here:

https://twitter.com/kureport_tenbo/status/1121364618943709184?s=21&fbclid=IwAR2RhWyWDfiL49bl1FYBtAVBhqr8JfoFcxxOJIX9lNQa5RZYPldbtSC5kd8

It is apparently a Yamato Museum exclusive. This is an incredible find indeed!

The last is that RV Petrel has found the wreck of IJN JINTSU in 900 meters of water near Kula Gulf, in the Solomon Islands.


Mr. Matthew Jones.2019/04/26 [18時20分04秒]
 いつもありがとうございます。
 残念ながら、その空白部分は公式記録に残っていませんでした。
 ところで、表のEquipping OfficerとしてKamiyamaとありますが、これはKouyamaが正しいです。また、Yamazumi WakitoとありますのもYamakumaです。
 日本人の名前の読み方はとても難しいです。それは、漢字に何通りもの読み方があるからです。たとえば、角田はTsunoda、Kakuda、SumidaとTsunota、Kakuta、Sumitaという6通りの読み方があります。神山はKamiyamaと読むのが普通ですが、神山徳平の場合はKouyama
と読みます(この人の子は有名な俳優です)。
 苗字も、私の研究対象ですので、書き添えておきます。
 


YubariMatthew Jones2019/04/25 [13時45分32秒]
Thanks for the post on YUBARI...I had Torpedo Officer LT UMEZAWA Akira, but I didn't have his start date. You filled in a blank for me!

If you can fill in the two blanks I have, please let me know!

YUBARIへの投稿をありがとう...私はTorpedo Officer LTの梅澤明を持っていたが、私は彼の開始日を持っていなかった。あなたは私のために空白を埋めました!

これが私が今YUBARI魚雷役員のために持っているものです:

(装備担当) - LT神山徳平(38) - 1923年3月1日 - 1923年7月31日
LT / LCDR神山徳平(38) - 1923年7月31日 - 1924年12月1日
LT ISAKI俊二(42) - 1924年12月1日 - 1925年12月1日
西田正雄(44) - 1925年12月1日 - 1926年12月1日
LT勝原光義(45) - 1926年12月1日 - 1927年12月1日
LT石田史郎(46) - 1927年12月1日 - 1928年3月1日
ヴァカント - 1928年3月1日 - 1930年3月3日
山本岩田(46) - 1930年3月3日 - 1930年11月1日
山本和紀LT(48) - 1930年11月1日 - 1933年11月1日
ヴァカント - 1933年11月1日 - 1934年7月18日
LTとむらきよし(49) - 1934年7月18日 - 1934年10月22日
ヴァカント - 1934年10月22日 - 1935年10月25日
LT MAKINO Akira(51) - 1935年10月25日 - 1936年12月1日
LCDR高塚治(51) - 1936年12月1日 - 1937年12月1日
??? - 1937年12月1日 - 1939年1月20日
LCDR宇月英二郎(52) - 1939年1月20日 - 1939年7月15日
LCDR相澤北一(Spec。Duty 3) - 1939年7月15日 - 1939年10月15日
??? - 1939年10月15日 - 1942年9月10日
LTJG梅澤明(Spec。Duty) - 1942年9月10日 - 1942年11月5日
LTJG / LT INOUE五郎(スペック) - 1942年11月5日 - 1944年4月28日

あなたが私が持っている2つの空白を埋めることができるならば、私に知らせてください!

Here's what I now have for YUBARI Torpedo Officers:

(Equipping Officer) – LT KAMIYAMA Tokuhei (38) – 1 March 1923 – 31 July 1923
LT / LCDR KAMIYAMA Tokuhei (38) - 31 July 1923 - 1 December 1924
LT ISAKI Shunji (42) - 1 December 1924 - 1 December 1925
LT NISHIDA Masao (44) - 1 December 1925 - 1 December 1926
LT KATSUHARA Mitsuyoshi (45) - 1 December 1926 - 1 December 1927
LT ISHIHATA Shiro (46) - 1 December 1927 – 1 March 1928
VACANT – 1 March 1928 - 3 March 1930
LT YAMAMOTO Iwata (46) - 3 March 1930 - 1 November 1930
LT YAMAZUMI Wakito (48) – 1 November 1930 – 1 November 1933
VACANT – 1 November 1933 – 18 July 1934
LT TOMURA Kiyoshi (49) – 18 July 1934 – 22 October 1934
VACANT – 22 October 1934 – 25 October 1935
LT MAKINO Akira (51) – 25 October 1935 – 1 December 1936
LCDR TAKASUKA Osamu (51) – 1 December 1936 – 1 December 1937
??? – 1 December 1937 – 20 January 1939
LCDR UTSUKI Hidejiro (52) – 20 January 1939 - 15 July 1939
LCDR AIZAWA Kitaichi (Spec. Duty 3) - 15 July 1939 – 15 October 1939
??? – 15 October 1939 – 10 September 1942
LTJG UMEZAWA Akira (Spec. Duty) – 10 September 1942 – 5 November 1942
LTJG / LT INOUE Goro (Spec. Duty) – 5 November 1942 - 28 April 1944


無題Matthew Jones2019/04/21 [20時26分29秒]
It's possible that he was slated to take over CAPT HAYASHI's position as YAMATO Damage Control Officer, but the final sortie occurred before he could arrive aboard. I don't have him listed in YAMATO's personnel records, but I do known CAPT HAYASHI was KIA.

What I have for him:

HAYASHI SHIRO 林紫郎
Naval Academy Class 51 (238/255)
Midshipman - 07/14/23
Ensign - 04/01/24
Lieutenant Junior Grade - 12/01/26
Lieutenant - 11/30/29
IZUMO Operations Officer - 08/25/37 - 05/05/38
Lieutenant Commander - 12/01/37
CHIYODA Equipping Officer - 05/05/38 - 09/10/38
TAIGEI Operations Officer - 09/10/38 - 12/22/38
KIRISHIMA Operations Officer - 09/01/41 - 11/15/42
Commander - 10/15/41
NAGATO Operations Officer - 12/20/42 - 10/28/43
YAMATO Operations Officer - 10/28/43 - 12/01/43
YAMATO Damage Control Officer - 12/01/43 - 04/07/45
Captain - 10/15/44
Rear Admiral - 04/07/45 (Killed In Action)

ヤマトの損害管理責任者としてCAPT HAYASHIの地位を引き継ぐ予定だったのかもしれませんが、最終的な出撃は彼が乗船する前に起こりました。 私は彼をYAMATOの人事記録に載せていませんが、私はCAPT HAYASHIがKIAであることを知っています。

私が彼のために持っているもの:

林志郎林紫郎
海軍士官学校クラス51(238/255)
ミッドシップマン - 07/14/23
エンサイン - 04/01/24
中学校ジュニアグレード - 12/01/26
中尉 - 11/30/29
出雲オペレーションズオフィサー - 08/25/37 - 05/05/38
中尉司令官 - 12/01/37
千代田装備役員 - 05/05/38 - 09/10/38
TAIGEIオペレーションズオフィサー - 09/10/38 - 12/22/38
KIRISHIMAオペレーションズオフィサー - 41/01/41 - 11/15/42
司令官 - 10/15/41
ナガトオペレーションオフィサー - 12/20/42 - 10/28/43
ヤマトオペレーションオフィサー - 10/28/43 - 12/01/43
YAMATO損害管理責任者 - 12/01/43 - 04/07/45
キャプテン - 10/15/44
後部提督 - 04/07/45(殺された行動)


Yuzo TannoMatthew Jones2019/04/18 [21時06分40秒]
What I have for Yuzo Tanno:

丹野雄三 Yuzo Tanno Naval Academy 51 (254/255) Yamagata
Midshipman - 14 July 1923
Ensign - 1 December 1924
Lieutenant Junior Grade - 1 December 1926
Lieutenant - 30 November 1929
Kako Division Officer - 1 December 1930 - ???
Muroto Operations Officer - 1 December 1936 - 10 February 1937
Settsu Operations Officer - 10 February 1937 - 1 December 1937
Lieutenant Commander - 1 December 1937
Erimo Operations Officer - 1 December 1937 - 5 May 1938
Izumo Operations Officer - 5 May 1938 - 15 May 1939
Kinugasa Operations Officer - 15 May 1939 - 15 November 1939
Furutaka Operations Officer - 15 November 1939 - 15 November 1940
Yamashiro Operations Officer - 15 November 1940 - 15 August 1942
Commander - 1 November 1942
Saga Commanding Officer - 1 September 1942 - 1 October 1944
Captain - 5 September 1945

丹野雄三に持っているもの:

丹野雄三丹野雄三海軍士官学校51(254/255)やまがた
ミッドシップマン - 1923年7月14日
エンサイン - 1924年12月1日
中学校ジュニアグレード - 1926年12月1日
中尉 - 1929年11月30日
加古事業部長 - 1930年12月1日 - ???
室戸事業責任者 - 1936年12月1日 - 1937年2月10日
摂津事業責任者 - 1937年2月10日 - 1937年12月1日
中尉司令官 - 1937年12月1日
エリモオペレーションオフィサー - 1937年12月1日 - 1938年5月5日
出雲オペレーションズオフィサー - 1938年5月5日 - 1939年5月15日
衣笠オペレーションズオフィサー - 1939年5月15日 - 1939年11月15日
フルタカオペレーションズオフィサー - 1939年11月15日 - 1940年11月15日
ヤマシロオペレーションオフィサー - 1940年11月15日 - 1942年8月15日
司令官 - 1942年11月1日
佐賀指揮官 - 1942年9月1日 - 1944年10月1日
キャプテン - 1945年9月5日


Res:Hiei's Wreck Locatedhush2019/02/06 [19時20分58秒]
Yes. It was also reported in Japan. The rudder which caused the loss was particularly interesting. Also, as it was a ship whose final situation was unknown, it was also interesting to see that the explosion had occurred at the end.
By the way, I add how to read names when I update the personal name dictionary. However, since it is difficult for me to read the name of a Japanese person, I can not say that it is absolutely right, but I hope that it will be helpful.
There is a notation such as “府立六中Furitsu Roku Chuu?” in Etajima Class, which was the name of the middle school you were from, and stands for Tokyo Pref. 6th Middle School (now Shinjuku High School).
Because “?”mark was attached, I will add an answer for your question.

 はい。日本でも報道されました。喪失の原因になった舵は特に興味深かったです。また、最終状況が不明な艦ですので、最後に爆発を起こしていたことが分かったのも興味深かったです。
 ところで、人名事典の更新時に読み方を入れております。ただ、日本人の名前の読み方は、私にも難しいので、絶対に正しいと言い切れるものではありませんが、御参考になれば幸いです。
 なお、Etajima Classの中に府立六中?というような表記がありますが、これは出身中学校名で、東京府立第6中学校(現在の新宿高等学校)の略です。?がついていたので、念のため書き添えておきます。
 


Hiei's Wreck LocatedMatthew Jones2019/02/06 [08時45分43秒]
It was announced today on the Facebook page of RV Petrel (the same group that located Musashi) that they have found the wreck of battleship Hiei. She lies (sadly) upside-down in Ironbottom Sound over 900 meters deep. She is only about 4 miles away from her sister ship Kirishima.

"As they were in life, so are they in death...together."

337/5000
本日、RV Petrel(武蔵と同じグループ)のFacebookページで戦艦Hieiの残骸が見つかったことが発表されました。 彼女は(残念ながら)深さ900メートルを超えるIronbottom Soundに逆さまに横になっています。 彼女は姉妹船のキリシマからたった4マイルのところにあります。

「彼らが人生の中にいたように、彼らもまた死んでいるのです…一緒に」


Res:Eta Jima Class 67hush 2019/01/09 [00時01分37秒]
 Thanks a friend of mine for pointing that out.I made some revisions.
 ありがとうございました。


Eta Jima Class 67Matthew Jones2019/01/08 [03時50分56秒]
The class rankings for MURAKAMI Katsue (村上勝衛) and WATANABE Ichiro (渡辺一郎) are both 190/248.
80件以上の発言は削除されます。

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