帝国海軍潜水艦伝習所


視聴覚室
−映画「轟沈」を読む−


 みなさん、こんにちは。
 今回はあくまで気楽に映画を見たいと思います。
 当然、潜水艦の映画ですが、潜水艦モノと言えば古くは「眼下の敵」最近では「Uボート」等の名作があり、日本でも「ろ号潜水艦浮上せず」といった名作だか何だか解らないものの、私BUNには非常に感動を与える作品もあります。そして現在、幸運にも、恐らく日本最初の潜水艦ドキュメンタリー映画である「轟沈」のビデオが発売されていますので、今回この映画をじっくりと鑑賞したく思います。あ、そこ、帰らないように。
 辛抱して見ればいいことありますよ。きっと。



映画の概要


 「轟沈」は昭和19年4月に公開された戦意高揚目的の報道映画です。
 こうした映画は大袈裟なナレーションとヤラセ映像に満ちた退屈なものも多くありますが、この「轟沈」は実際に見てみると実に淡々とした描写とリアルな映像に満ちており、色々と貴重な場面が収録されています。
 内容としては、ほとんどストーリーらしいものは存在しませんが、ペナン島と思われる軍港から物資を積み込み、インド洋の通商破壊戦に出撃した伊号潜水艦が長い哨戒の後、敵商船を撃沈して帰還するまでが一時間程にまとめられています。
 そもそもインド洋通商破壊戦は伊号潜水艦がまともに実施したほぼ唯一の正攻法の作戦でもあり、このテーマだけでも好感が持てるというものです。
 とは言うものの、実はこの映画そのものについて撮影の経緯や関連する資料等、私は一切持ち合わせておりません。とにかく、ビデオ一本で読みとれるモノを読む、といった形で進めようと思います。それでは鑑賞を始めましょう。


軍港


 昭和18年8月、恐らくペナン島と思われる軍港に出撃から帰投する伊号潜水艦の姿が映ります。シルエットは丙型の様にも見えますが、まだこの時点では何型かは判りません。次に接岸した潜水艦から乗員が退艦してきます。チラッと映る艦橋から乙型潜水艦であることが判ります。塗装は17年後半から19年半ばにかけてかなり広く採用されていたグレーの二色迷彩です。「ほう、乙型潜の物語なのか」と思ってしまいますが乙型が映るのは全編通じてこの一瞬くらいです。そうは問屋が卸してくれないのです。
 そうこうしている内に岸壁に積み上げられた補給品の積み込みが始まります。魚雷も上甲板にあるハッチから積み込まれて行きます。よく模型などで魚雷を暗いグレーや鉄色に塗ったものが見かけられますが、フィルムに映る魚雷は銀色に輝き、ピカピカであることにも注目しましょう。はい、ポイントです。魚雷はピカピカなのです。
 その他、食料品も積み込まれて行きます。ジャガイモ等の野菜、ひとケース12個入りの海軍軍需部製の缶詰赤飯、何だか解らない海軍熱糧食50キロ250カロリー入り300個詰め、等と読みとれます。缶詰御飯が当時からあったとは知りませんでしたが、現代の自衛隊にも通じる所があります。ごくごく自然に積み込まれる食料品ですが、実は伏線となっているようです。
 しかし、よく見ると、ここで水兵達が糧食を持って走っている艦が化けています。艦橋下部がふっくらとした海大4型の旧式潜水艦に成り果ててしまっているのです。このまま海大4型で出撃してしまうのかと、少々心細くなりますが、そんな心配をよそに映画は悠然と続きます。
 来る航海について、上甲板に集合した乗員達に向かい、艦長らしき士官からの説明が行われます。帝国海軍はそんな丁寧に作戦の説明などしなかったはずですので、当然演出ですが、士官達がグラスに注いだワインかシャンパンで乾杯しています。防暑帽を被った参謀も南洋の雰囲気です。


出航


 いさましい音楽と共に出航の時が訪れます。おっと、また潜水艦が化けています。スマートな艦橋、飛行機格納筒無し、カタパルト無し、備砲前部に一門、丙型によく似ていますがよく見ると海大5型であることがわかります。意外と海大5型は男前なのです。でも良かった、ほんの少しですが新型で出撃です。帽振れで見送られる乗員達が立つ何もない後甲板が随分と長く見えます。
 遂に航海が始まり、波に洗われる艦首が映ります。備砲のブルワークの形状等からまだ海大5型であることが、かろうじて確認できます。この波が「ざっぱーん」の艦首はこの後も度々出てきます。港外には何故か重巡が見えますがこの際、あまり気にしないことにします。
 波をかぶらない後甲板では乗員達が名残惜しそうに最後のタバコを吸っています。何となく本物臭いシーンです。しかし、これが演出であるかはさておき、よく見るとまた艦が化けています。後甲板でタバコを吸う乗員達の間に備砲が見えるのです。後甲板に備砲があるとは、この艦、乙型でしょうか?それとも…。とにかく最新式になったので安心しかけると、艦は一瞬の後に再び海大5型に戻ってしまうのです。まったくこの映画、油断もスキもありません。
 「艦内休息、甲法」の号令と共に艦内休息の木札が掛け替えられ、乗員達が艦内に姿を消します。下がった木札を読むと、

艦内休息  甲法  艦橋当直員の他、艦橋に上がるを得ず
乙法  艦橋休息…(読めない)艦上便所使用禁止
丙法  艦橋休息制限無し 艦上便所使用差し支え無し

 とあり、艦内休息にも色々な体制があることがわかります。


潜水艦の食事


 炊飯室が映り、炊事兵が野菜を剥いたり、色々と仕事をしています。本講座に出てきた電気釜も出演、活躍しております。今日は野菜の煮込みと煮魚がおかずのようです。皿数から見て、そうですね、吉野屋の朝定食よりは内容が良いのではないでしょうか。今朝、朝定だった人、伊号に負けてますね。
 ここで入るナレーションは「このような食事が楽しめるのも生鮮食料のある最初の一週間程で、その後の缶詰ばかりの食事には全く食欲が沸かなくなる」等となかなかシビアなものです。


することがない


 作戦会議のシーンが挟まれますが、海図を広げての会議が写されるはずもなく、演出とわかります。また、どこか顔ぶれも違うように思われます。訓練のシーンもありますが、艦上に出て備砲の防水をはずし、操砲訓練を行う時に映る艦橋、備砲は例の「ざっぱーん」用の海大5型のものなので、やはり演出と見て良いでしょう。しかし、艦内のゴミを重り入りの缶に詰めて投棄するところは興味を引きます。
 艦内では非番の乗員達はひたすら寝ています。無駄に活動して空気を汚さない為ですが、何というか、全く勇ましい印象はありません。起きている乗員は囲碁やトランプをしたりバナナを食べたりしています。
 写すモノが無いのか、再び食事シーンとなります。今度は数日経った後の様で缶詰材料中心の食事ですが、甲板に打ち上げられたトビウオを開いて艦橋にぶら下げ、干物にしたものがおかずになっており「うまさが忘れられない」とのナレーションが入ります。本当に美味しかったのではないでしょうか。
 同時に「健康維持のため副食物より多くの薬を飲む」と、大きな瓶入りの栄養剤各種を沢山飲む様子が描かれます。これは不味そうです。


戦闘開始か?


 艦長が発令所前の神棚に礼拝して戦果を祈ります。他国の潜水艦には無い日本独特の装備、「神棚」が見られます。この装備のお陰で潜水艦内がピシッと締まって見えるというものです。伊号の場合は何神社を勧請したのでしょうか。南無八幡大菩薩の幟を掲げた艦もあったので所属鎮守府最寄りの八幡様なのでしょうか。そんなことを考えている内に、そろそろ戦闘の気配がして来ます。
 しかし、この映画のリアルな所は、潜水艦の戦闘というものが、報道班員の思惑等と全く別の所で行われ、劇映画にあるような「いいシーン」が殆ど撮影できていない為に、いつの間にか魚雷が発射され、いつの間にか捕虜を海上から引き揚げているといったかなりぶっきらぼうな映像運びにあります。
 と言う訳で、あっさりと捕虜の英国人(?)が士官達の前に連れてこられ、尋問を受けています。眼鏡のいかにもインテリらしい通訳係が雰囲気を出していますが、この映像も演出なのでしょうか。


それでも航海は続く


 結局、その捕虜から何が聞き出せたのかさっぱり解らないまま、航海は続いて行きますが、日課表が映りましたので、読んでみることにします。艦内にやはり本講座に取り上げた蛍光灯が灯って「熱を持たない昼光放電灯」と解説されています。

10:00 配置に着け
11:00 潜航
11:30 朝食
16:45 昼食 魚雷手入れ
22:00 夕食
00:15 浮上
01:00 夜食
出撃30日目

 と、以上ですが、現地時間ではないので実際の時間とは異なりますが、こんな暮らしにをしている方も居るのではないでしょうか。結構なことだと思いますが昼食後の魚雷の手入れだけは忘れず励行して欲しいものです。


敵が見えた


 といっても、敵が見えたと黒板に書いただけで、潜望鏡を覗く艦長のみが外界を把握しています。我々には何が何だか解りません。例によっていつの間にか魚雷が発射され、敵が沈み、捕虜が艦内に現れます。この時の捕虜は前回に現れたのと違い、精悍で表情が暗くどこか本物臭い映像です。
 とにかく撃沈できた様なので、艦長が撃沈の記録を木札(伊号は何かにつけ木札を下げる様ですね)に書き込み、今までの戦果に加えます。当然、神棚礼拝です。この艦長、十中八九ホンモノではないでしょうか。敬礼の仕草など、本物の匂いがします。
 さて、潜水艦の暮らしは退屈ですので、この木札も順に読んでみることにします。

16年12月10日 商船撃沈 8000トン
17年6月5日 商船撃沈 2500トン
17年6月6日 商船撃沈 10000トン
17年6月8日 商船撃沈 8000トン
17年7月3日 商船撃沈 13000トン
17年7月6日 商船撃沈 8000トン
17年7月8日 商船撃沈 9000トン
17年7月9日 商船撃沈 7000トン
18年1月30日 商船撃沈 7000トン
18年3月5日 油槽船大破 15000トン
18年7月23日 油槽船撃沈 7600トン
そして、新たな戦果として
18年9月14日 油槽船撃沈 6400トン

 が艦長の手によって加わります。
 しかし、この艦、日本の潜水艦にしては非常に戦果に恵まれた殊勲艦です。艦長の顔も自信に満ちて見えます。

 発射管には次の魚雷が装填され「実装」の木札(また木札)が下げられます。
 リアルな艦長は退場し、今度は若くて自分でしゃべる艦長が出てきて次の敵は護衛艦を伴うので、爆雷攻撃を受けても慌てず頑張れ、と訓示します。
 例によって訳のわからないまま戦闘は進行し、魚雷が発射され、敵の護衛艦が接近して来た様子です。聴音機を操作する兵が忙しく聴音機の向きを変える動作を行い、ヘッドフォンを着けた兵が敵の方向を刻々と告げます。
 と、ここで突然、画面は暗闇となり、映像が途切れます。何が起こったのでしょうか?
 映像が無いまま、「敵の爆雷攻撃で照明が壊れ、後部に浸水が発生、傾斜が生じ・・」と文字のみが映し出されます。結局「敵駆逐艦は我を撃沈せりと誤認して去っていった。」とのことなのですが、こういう演出も「有り」なのでしょうか。


伊号大宴会


 司令部から祝電が届き、戦果が艦内に発表され、帰港を前に宴会が開かれます。
 軍港で積み込んだ缶詰赤飯が供され、他の料理と共にビールも空けられる様子が映し出され、あの赤飯が「戦勝祝賀用」であったことが判ります。やはり、わざわざ軍需部が缶詰赤飯を用意したのは、艦内で赤飯を炊飯できない潜水艦の為なのでしょうか。このような帝国海軍の「宴会を大切にする心」を我々も見習いたく思います。
 さて、宴会場面は続きますが、ビールで乾杯のあとの映像には見事な一升瓶が出てきます。日本盛か何かではと読めるような気がしますが、それより、はるかに重要かつ注目すべきことは、帝国海軍においても、我等がオヤジ宴会の鉄則である「とりあえず、ビール」が守られている、と言う点です。
 帝国海軍は、そして伊号潜水艦は「とりあえず、ビール」なのです。


帰港


 「轟沈」の歌がかかり、艦は帰途に着きます。
 お馴染みの「うれし涙に潜望鏡も 曇る夕日の インド洋」の歌詞が流れます。でも、しばし涙で曇らせるのも結構ですが、やはり潜望鏡は早々に下げるべきではないでしょうか。
 さて、帰港場面は再び、「艦内休息 丙法」となり後甲板で乗員が喫煙します。出港時と違い、みんな髭が伸び放題でなかなか精悍です。そして人々に囲まれて、またあの後甲板の備砲が映ります。
 戦果と共に、無事、帰港投錨です。


出演潜水艦は何か?


 さて、色々と姿形を変えてまるで一隻の潜水艦のように演技した伊号潜水艦達ですが、果たして、彼等は何処の誰だったのでしょう。
 まず、主役である長い艦内生活に報道班員を同乗させた艦ですが、例の「戦果の木札」がヒントになります。あの戦果は航空機を搭載し、旗艦設備を備えた大型の甲型潜水艦、伊10の挙げた戦果にピッタリと対応するのです。伊10と名乗らずにあれだけの戦果を正確に演出する必要は一切ありませんので、あの映像は全くの本物と見て良いでしょう。
 ということは、木札の日付と伊10の行動記録から判断すると、この映画は伊10の昭和18年9月2日に始まり、10月30日に終わる航海のドキュメンタリーであったことが判明します。また、伊10は艦長が戦果の木札を掛ける9月14日の戦果、すなわちノルウエーのタンカー プラモラ(6,361トン)に続き、この航海中、他に4隻の商船(9月24日、アメリカ船エリアス・ホーエ(7,167トン)、10月2日、ノルウエー船ストービー(4,863トン)、10月5日、同じくノルウエー タンカー アンナ・コウディーン(9,057)トン、10月24日、イギリス船 コンゲラ(4,533トン))を撃沈しています。
 次に脇役、代役の潜水艦達ですが、出航シーン、艦上シーン等で伊10の吹き替え役となったのは、伊10の航海日程から推測して恐らく海大5型の伊166ではないかと思われます。伊10帰港直後にペナンに入港してきた海大5型で、フィルム現像後、使用できない映像、撮影できなかったシーンの再撮影の余裕があったと考えられるからです。次候補に12月にシンガポールへも寄港している伊165も考えられますが、どんなものでしょう。
 少しだけ顔を出す旧式な海大4型は伊162ではないかと想像しています。根拠はペナンへの入港日時がうまく噛み合う様に思える点です。
 また、伊10の吹き替えにわざわざ伊166が使われた理由は、おそらく甲型の航空設備が機密であったことと、この航海で実施された9月20日のペリム飛行偵察に大きな理由があるものと考えています。伊10の艦上の映像が後甲板に限られていることからもそれがうかがえます。


おわりに


 さて、映画「轟沈」のビデオ一本勝負で何とかこれだけの事が読みとれました。
 このように宣伝映画にしては非常に演出味の少ない貴重な映像を沢山含んだ映画ですので、じっくり見ればもっと色々な発見があると思います。潜水艦に興味のある者にとっては実に面白い映画です。繰り返し写し出されるビデオを覗いた妻も「伊号は、狭くて貧乏臭いけれど工夫が一杯なのね。…ウチミタイ」と申しております。
 大丈夫、「マル五計画」でマンション買う予定なんだよ。


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