第七章
Go Ready Go!

ヴィットリオ・ヴェネト




S:さて、次は順番から言うと何かな?
★:イタリアのヴィットリオ・ヴェネトですね
S:そっか、条約型戦艦の時代がはじまったんだな

S:ここで条約型戦艦の特徴を簡単に出しちゃおうか
☆:えっと、基準排水量35,000tで16インチ砲ですねっ
S:そう、一応はコレが基本になる
  第二次ロンドン条約では砲のサイズは14インチになったけど
  エスカレータ条項ではまたちょっと違う、まあ、最初の制限を頭に入れておいてくれれば良い
  さて、ネルソンで見たように
  16インチ砲、充分な防御をすると速度が出ないってのが判ったな
  10年経って機関の性能向上は重量あたりの出力を大きく改善した
  これで何とかできないかって挑戦が行われる事になるんだな
  その一番手がヴィットリオ・ヴェネトだったんだ
★:ヴェネトは15インチ砲ですね、16インチよりは軽いのでは?
S:イタリアが16インチを採用しなかったのは製造能力の問題が有ったらしい
  だけど、ヴェネトの主砲はその分長くて
  大量の装薬を使って高初速で射撃する構造になっている
☆:軽量高速型の代表格ですねっ
S:この大砲は大した物で、最大射程42kmを誇り
  近距離での威力も無茶苦茶にでかい
  並みの16インチ砲に匹敵するだけの破壊力を持っているとも言える
  だけど、何回も言うけど、中距離の威力はそのカタログ性能とはだいぶ違う、美味しくないな

  

★:対舷側は16インチ砲を上回るんですね
S:でも対甲板ではかなり差がある
  一線級の戦艦の甲板装甲が150mm前後なんだから
  ヴェネトは実用的な戦闘距離ではそれらを打ち抜けない
☆:でも対舷側では物凄く強力ですっ
S:そうだね、ヴェネトは舷側装甲貫徹を狙った方が有利だろう

  

☆:う〜ん・・・並の大砲よりは有利ですけど
  それでも遠距離ではやっぱり甲板に向かっちゃいますね・・・・
S:例えば25kmぐらいで戦闘したら?
★:その距離でもかなりの対舷側威力を持っていますね
S:でも、4割しか舷側に行かない
  舷側装甲を貫徹するには、舷側装甲にあたらないと意味が無い
  つまりこの距離で重視すべきは甲板への打撃力なんだ
☆:そしてヴェネトの砲弾は甲板への威力が足りませんーっ

S:さて、ヴェネトはこの特色ある大砲にあわせて、極めて強力な舷側装甲を持っている
  350mmの傾斜装甲だ、ネルソンの14インチ傾斜と比較しても同等以上と言えるな
★:16インチ艦よりも厚い装甲ですか・・・・近距離仕様なのですね
S:ちゃう
  上のグラフを見れば判るように、舷側装甲への直撃発生確率と威力が16インチよりも高いんだ
  当たる確率が高く、威力が有るから、対応防御をした場合、舷側重視のスタイルになる
  決して遠距離を無視したわけでも近距離仕様って事でも無いんだ
  たぶん対応距離は2〜3万になると思うよ、普通だね

S:そしてヴェネトの舷側装甲は二重方式だった
  外側は固い70mm、空間を置いて280mmのKCだ
  
ピンク色はクッション材50mm、外側70mm、内側280mm

☆:KCってなんですか?
S:クルップ鋼
  簡単に装甲板の構造の変遷を言うとね
  最初は鉄板だったんだ>鋼鉄だけどね
  炭素含有率の高い鋼鉄を鍛造して使ってみると、防御力は高いけど、割れる
  そこで、表面部分を炭素鋼にして、裏側を錬鉄にした物が登場した
  割れにくくて強靭、それまでの普通の鋼鉄装甲の70%の厚さで同等の防御力を発揮する
  これを「複合装甲」と言う
☆:なんで複合なんですかーっ?
S:錬鉄の板の上に炭素鋼を鋳込んで鍛造したんだ
★:なる程、二重構造なんですね
S:日本刀なんかも二重構造だよね、外が固く中が柔らかい、あれと似たような感じだ
  この登場が1877年だ、19世紀末期の艦艇の装甲はこの複合装甲が主流だった
  1886年にニッケル含有量を引き上げたニッケル鋼が登場する
  複合装甲よりは製造がしやすいけど、性能的にはあまり利点が無い
  そして錬鉄の表面に浸炭処理する事で表面を固くする方法が発明された、これがハーヴェイ鋼だ
  同じ頃、ニッケル鋼にクロームも混ぜたニッケル・クローム鋼が発明された
  これは複合装甲の倍ぐらいの防御性能を発揮した
☆:えっと・・・
  複合装甲とハーヴェイ鋼は、つまりは処理をすることで性能を引き上げて
  炭素鋼、ニッケル鋼、ニッケル・クローム鋼は、つまり素材の変化ですねっ
S:そう、そこで、ニッケル・クローム鋼に浸炭処理するってのが生まれる
★:最高の素材に最高の処理を施すんですね
S:これがKCことクルップ鋼だ
  勿論言うほど簡単に出来たわけじゃない、色々と複雑な行程が必要だ
  そして、ニッケル、クローム、銅の含有率を増やして
  浸炭処理の時間を増やす事で性能を改善したのがVC鋼だね
  第二次大戦時のドイツ艦に使われたヴォタンはクローム・モリブデン鋼の一種で
  表面処理はKCと変わらないと思う、実際の性能は良く判らないってのが本当のところだ
  VCと同じ材質のNVNCとモリブデン入りのMNCのスペックを見ると>硬化処理は双方とも無し
  薄いときには差が有るけど厚くなると差は殆ど無いな
★:厚くなると駄目なんですか?
S:俺はその方面の知識が無いので良く判らないんだが
  他の要素や要因に隠れてしまうんだと想像する
  まあ、100mmとかの薄い装甲なら数%ぐらいは違うんじゃないかな
☆:それで数%ですか、意味が無いですねーっ
S:そんな事は無いぞ、数%でも軽く出来るなら他の事に使えるだろ
  まあ、船体の構造材とかを工夫した方が効率的だけどね

S:さて、この二重装甲を見てみよう
  単純に考えると、70+280だから重量は350と同じだね
  表面外側の70mmは砲弾の被帽を破砕して威力を弱めるのに使う
  勿論多少のエネルギー吸収も期待している、そして表面をぶち抜いた砲弾は280mmの装甲で食い止めるんだ
★:どうせなら、表面と本体装甲の取り付け角度を変えれば良いのに・・・
  なんで、別の装甲を使ったのですか?
S:想像なんだけどね、一般的な装甲は表面1/4〜1/3ぐらいの厚さまでが硬化層なんだ
  そして、厚い板を作って、それに硬化処理をするのは製造技術としては大変に難しい
  70mmの硬い板を作って、280mmの普通の板を作って組み合わせるほうが楽だったんじゃないかな
  単にそれが狙いだっただけで、それ以上の踏み込んだ空間装甲という概念は弱かったのかもしれない
  まあ、この70+280の防御力を350相当と見るかどうかは難しいんだが
  硬さを変えたり、間に微妙に空間を入れたり、いろいろ工夫してるから
  350mm一枚で作るより利点があるとイタリアでは考えていたと思う
☆:つまり、強力な舷側装甲を持つのですねっ
S:そうだね、そして充実した甲板装甲を持っている
★:100mmですよ・・・
S:最厚部では200mm以上だよ、決して薄くない
  砲塔やバーベットは350mmでちょっと不満だが
  致命傷を受ける前に逃げるつもりなら、これでも大丈夫だろう
☆:最後まで踏ん張る艦では無いのですか?
S:イタリアの置かれた状況から考えると、戦闘不能になったら帰っても許されるだろう
  別に臆病とか根性なしなんじゃない、戦艦を失う事の意味が物凄く重たいんだ
  耐えられるギリギリまで耐えたら、あとは帰って来いってのが方針だったんだと思うね
  砲塔の装甲を強化して火力を維持した場合、火力が尽きる前に行動能力を失う、つまり帰れなくなる
  どっちを選択するかだ、全ては入らない、イタリア軍は船体喪失を避ける方を選んだんだ
★:ポスト・ジュットランドとしては異例ですね
S:そうだね、生きて帰っても意味は無いというのがジュットランドの教訓だったんだけど
  欧州的考え方では、それでも戦艦戦力が残った事
  そして、それが政治的に大きな意味を持つことを重要視したんだろう
  戦艦とは政治の道具でもあるって事だな

S:ではこのヴェネトの戦闘能力を考えてみよう
☆:仮想的はやっぱりダンケルクですか?
S:たぶんそれが念頭に有ると思うよ
  イタリアは基本的にフランスを仮想的にしていたからね
  だけど、それ以外の各国の一線級も念頭に置かれているとは思う
★:とは言っても、カタログ上でヴェネト以上の戦艦は存在しませんね
S:日米英の16インチ砲艦は火力でヴェネトに勝るけど
  まあ、どんな戦艦が来ても対等以上に戦えると言えるね、強力だ
  だけどね、実際には対敵姿勢とかもあるんで敵戦艦をぶち抜けるという保証は無い
  舷側装甲貫徹を狙う場合の問題点は、この対敵姿勢があるんだ
☆:えっと、敵艦が必ずしも綺麗に横腹を見せているわけではないって事ですねーっ

            

S:そう、多少でも斜め方向から弾丸は打ち込まれる事になるから
  舷側装甲の厚さはカタログ数値よりも引きあがったものになると考えてよい
  支離滅裂な近距離の乱戦なら抜ける角度も有るだろうし
  角度云々を考えても仕方が無い、第一、更にちょっと距離を詰めれば貫徹も期待できる
  だけど、遠目の距離で、僅かな性能優位にすがって戦う場合、この角度の問題は無視できない
★:つまり、あんまり遠くの側で舷側装甲貫徹を期待するのは難しいのですね
S:貫徹能力で勝るのは有利なんだよ
  だけど、舷側装甲貫徹能力で勝る分だけ甲板への打撃量で劣る事は無視できないし
  甲板への打撃は、対敵姿勢で変化する訳ではない、甲板貫徹を狙う方が戦闘結果としては確実性が有るともいえる
  これらは複雑に関連しあうのでどっちが有利とは言いがたいけど、多少火力で劣る戦艦がヴェネト級と戦う場合
  上手く運動すれば、ヴェネトの舷側装甲打撃能力を有る程度は減少できるって事にも注意しよう
★:でも、それは机上の計算に過ぎないような・・・
S:例えばQE級が気合全開で突進したらどうなる?
  この場合、QE級の20kmまでの射撃は大半が甲板に降って来る
  ヴェネトの低伸弾道対抗の比較的薄い甲板装甲は耐え切れる保証が無い
  そして接近運動を狙われた場合、充分に横腹を見せてくれるとは思えないのでQEの330mm装甲を貫徹出来る保証も無い
☆:開き直って接近戦に受けてたつべきですーっ
S:そうだね、2万以内に持ち込めば、分厚い多重舷側装甲と絶大な貫徹力で圧倒的に有利だ
  だけど、それだってもっと接近されたら乱戦になって対等になりかねない
  折角、速度と射程で勝るのに敵の行動に応じるのも馬鹿っぽいしね
  勿論、3万とかの距離で殴りあった場合でも同じだ
  結局ヴェネトの性能優位は、実際問題としてそんなに大きい物ではないんだよ
  戦艦の性能優位なんて果敢な敢闘精神で覆せる程度の物でしか無いのかもしれないな
★:40kmの射程でアウトレンジってのはできないのですか?
S:そんな距離では当たらないし
  地球の丸みとかからそんな距離で充分に敵を確認して照準するのは困難なんだよ
  水面に浮かぶ存在である以上、30〜10km程度の距離での総合的戦闘能力の優劣を論じるべきなんだ
  所詮15インチ砲は15インチなんだな、多少は性能差があっても絶大な違いにはならない

S:ヴェネト級の素晴らしいところは
  国力の不足に苦しみながらも4隻の建造を行った事だ
  つまり、彼らは、強力な艦の建造と、多くの数量という二つの要求を
  可能な限り高いレベルで妥協させたんだ
☆:最低限度の性能で最大多数でしたねっ
S:そう、この場合は最低限度の性能の見切りが難しいけど
  常識的な負担で建造できる限界性能で沢山造ろうとした事は高く評価できると思う


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