第九章
sweet Songs

リシュリュー完成想像図(ぉ




S:多少順番としてはアレだけど、リシュリューに行くか
☆:実質的に戦前には完成しなかった戦艦ですよねーっ
S:そうだね、ただ戦争にいきなり負けなければ間に合っただろう
  取りあえず、戦後に完成した二番艦のジャンバールは除外して考えるね
★:つまり、何とか間に合ったかもしれないといえるレベルのリシュリューを見るのですね
S:まあ、どっちにしても戦艦としての能力は変わらないんだがね

S:リシュリューはダンケルクの拡大強化モデルとも言える艦だ
  4連装主砲を前に集中配備して、極めて高速だ
  公称数値では32ノットだっけか
  オーバーロードで29のドイツ艦や、特殊状況下で30ノットのイタリア艦と比較しても高速だ
  これと主砲を前に配置した事で、突進して敵艦を叩くには最高といえる
★:でも、本当に32なんて出るんですか?
S:出ないだろ、常識的には30ぐらいだと思う
  でも、この世代の戦艦が公称35,000t、実質40,000t弱で、馬力が11〜13万馬力なのに対して
  リシュリューはサイズは同じで155,000馬力だ、10〜20%馬力が大きい、単純に計算しても5〜10%程高速になる
  もし他の戦艦が実質28ノット出るなら、リシュリューは30ノットが狙える
☆:カタログ数値はともかく、確実に速いと思われますねっ

S:リシュリューはビスマルクやヴェネトに対抗して建造された戦艦だと言える
★:つまり、遡るとポケット戦艦であるドイッチュラントから玉突きでここまで来たと
S:軍備とは相対的なものだからね
  第一次大戦後の海軍休日時代、一応各国の軍事バランスは均衡していたんだ
  だけどドイッチュラントの登場は、結果的にそれを大きく揺るがしてしまったんだ
☆:でも、ドイッチュラントは旧式化した前弩級戦艦の代替だったのですよね?
S:これはフランス海軍の装備が完璧な旧式戦艦主体だった事にも大きな原因が有る
  勿論何処の国も旧式化した戦艦を主体とした装備だったんだけど
  フランスの場合準弩級戦艦まで残っていたんだ
☆:第一次大戦前に旧式の烙印を押された戦艦ですねっ
S:こうした旧式戦艦でも使いようによっては有力な戦力になるのは何度も説明したよね
  だけど旧式戦艦は機動力に大きな問題を抱えていた
  機動力に注力したような厄介な艦が出てきた場合、フランスは対抗手段を持っていない
  実際問題として、数量に勝る旧式戦艦で対抗する事は可能だけど
  それは別の問題を産み出す
★:対抗できるなら問題は無いのでは?
S:敵高速艦を一定の地域から駆逐するのに、より多くの頭数が必要になるんだよ
  低速艦は一定時間内に哨戒・警備できる範囲が小さい
  つまり穴の無いように警戒線を張る場合数が沢山必要になる
  条約では各国の保有量を決めていたから、同じ量で運用効率が悪いと制海できる面積が減ってしまう
  今までは敵艦も低速だったから問題は無かったんだけどね
★:つまりドイツが高速戦闘艦を出して、イタリアが同様に高速艦を出してくると
  フランス海軍としては困った事になるのですね
S:英国みたいに多数の巡洋艦と、少数とはいえ巡洋戦艦を抱えていて
  更に戦艦数が多く、またその戦艦の速度も比較的高い場合、問題は緩和する
  でもフランスにはそのどれも存在しない
  彼らは高速でなんでも出来て強力な凄い戦艦が必要になってしまったんだな
☆:でも、それならダンケルクの時にリシュリュー級を建造すればよかったと思いますーっ
S:そうだね、まったくその通りだと思う
  ダンケルクは良く出来た戦艦だ、だけど一線級の戦艦と戦って勝てるフネでは無いね
  ただ、ダンケルクはドイツを睨んで計画された軍艦だ
  つまりヴェルサイユ条約が有ると言うのが根底に有ったんだ
★:ドイツはもっと強力な軍艦を建造できないという前提条件従ったのですね
S:そう、もし敵がポケ戦程度なら無理にもっと巨大な戦艦を建造する必要は無い
  ドイツが条約を廃棄して、英国と海軍協定を結ぶとは思っていなかったんだろうね
  結果、ドイツはある程度の艦艇建造枠を確保してしまい、そしてビスマルクが建造される
★:フランスとしては大慌てですね
S:イタリアもダンケルクへの過剰な反応としてヴェネト級の建造を開始する
  イタリアの場合元々戦艦戦力でフランスに対して劣勢だったから
  ダンケルクの登場は相対戦力が更に低下する事に繋がる、ヴェネトの建造はある意味当然だ
  だけど平行して旧式戦艦の大幅リニューアルもされちゃうとフランスとしては困る
★:まさに対策が相手の反応を呼び、それが更に別の反応にと連なってしまったのですね

S:さて、計画年度が多少遅いだけあってリシュリューはライバル達よりも進んでいる
  これにはダンケルクという一種の『試作』を経験していた事もあるだろうね
☆:やっぱり経験がモノをいってるのですねーっ
S:まあ、イタリア戦艦の場合も旧式艦改装が一種の試作になっているし
  ドイツのだってポケ戦やシャルはビスマルクの試作とも言えるんだがな
★:それなのにリシュリューがより進んでいるのは何故でしょう?
S:やっぱり国力と長期に渡り研究していた結果だと思うよ

S:さて、リシュリューの成り立ちはわかったね
  次は彼女の戦闘能力を考えてみよう
★:15インチ、いえ38サンチ主砲ですね
☆:イタリアやドイツと同じ規模の大砲になってますね
  なんで16インチにしなかったのでしょう
S:イタリアは製造能力、ドイツも最終的には同じく製造能力の問題だと思う
  リシュリューの場合はたぶん4連装にするのが大変だったんだと思う
☆:やっぱり難しいんですか?
S:技術的な問題はクリア出来ると思うよ
  フランスは第一次大戦の頃から4連装の研究を進めていたからね
  最大の問題になるのは砲塔の大きさだ
  ダンケルクのところで出したけど、もう一度この表を見て欲しい

  二連装 三連装 四連装
直径 9.0 10.4 13.7
重量 1,132 1,512 2,165
一門当たり 566 504 541

S:見てのとおり砲塔の直径が物凄い事になる
  一般に砲塔直径の3倍の船体幅が欲しいと言われているから
  16インチ砲4連装だと40m以上の幅を持つ戦艦になる
  勿論、4門を一度に発射した場合バーベットにかかるストレスも大きい
  強度を上げたら重たくなるしね
☆:16インチ3連装では駄目ですか?
S:そうなると2基6門になるでしょ、これはやっぱりちょっと少ないだろう
  ネルソンが同サイズで9門積んでるんだから誰が見たって少ないと批判されちゃう
☆:でも、全然高速なんですよーっ
S:内外から批判を受けるだろうね『弱い』って
  海軍の立場の弱いフランスでは一般の評価も無視できないだろう
  つまり9門積むことが要求されちゃう、そうなったら速度は捨てないといけない
  速度で数の不足を、主に兵力配置の面で補うつもりだったのにこれじゃ本末転倒だ
★:最重要視すべきは充分な速度を持った上での火力ですね
S:4連装の持つ重量面の利点も大口径になるとあまり大きくない
  つまり4連装を採用するならやっぱり15インチ級までだったんだろう
☆:そして浮いた重量を馬力と防御に回すんですねっ
S:そゆ事だね

S:さてリシュリューは防御力に優れた戦艦だ
  傾斜した装甲は345mm、これはヴェネトとほぼ同等で極めて強力だね
  それに甲板も重厚な装甲を張り、更に傾斜甲板まで組み合わせている、もうトンデモナイ重防御だ
  武装を減らしてまで重装甲重防御に注力して、更に水中防御も物凄く充実している
★:当時考えられるあらゆる事を盛り込んだ防御力ですね
S:ああ、防御力が優れるというのは、このぐらいやりこんだ艦に与えられるべき言葉だ
☆:あははーっ、どっかの時代遅れの最新鋭旧式戦艦に与えられる言葉じゃないですねーっ
S:やめいっ!
★:えっと・・・
  傾斜甲板は船内容積にマイナスですよね、あまり美味しくないのでは?

S:リシュリューはこうなってる

  

S:上の甲板が150mm、傾斜部は50mmでどちらかというと被害拡散防止用途だ
★:あくまでも外側で食い止めるけど、中に突入されても何とか食い止めるという形ですね
S:実に良く出来ていると思う、これなら戦闘能力維持と船体の安全の双方を高い次元で満足させられるな
  また、多重化された水中防御は船体幅のかなりを使っていて、大変に強力だ
☆:穴は無いですねーっ
S:水中弾対策が無いのが弱点といえるけど、この多重隔壁なら大損害には繋がりにくいだろう
  どっかの戦艦と違って簡単にはやられないと思う

★:これなら同世代最強を名乗れますね
S:それはどうかな
  まず、リシュリューは物凄く良く出来た防御を持つけど、その半分は「死なない」防御だ
  重要視すべきは戦闘能力の維持だったよね
☆:でも4連装砲塔はつまりは砲塔被弾率や砲塔防御に有利なんですよね?
S:砲塔前面430mm、バーベット355mm
  どちらも舷側装甲と比較して優れているとはいえないね
  砲塔は開口部が大きく厚さほどの強度は無いし
  被弾率が高く、貫徹されると生存にすら影響するバーベットも厚いとは言えない
  勿論、ドイツやイタリアの戦艦よりはマシだけどね
  そして戦力とは相対的だから、リシュリューの火力も問題になる

☆:リシュリューの主砲は45口径の38サンチですねっ
  あまり長くないんですねーっ
S:多分重量の問題が有ったんだろう
  ドイツのより1割重たい砲弾をドイツのより速い速度で発射するから
  装薬を多く使っているんだと思う、命数は悪そうだな
★:やっぱり高速型なんですね
S:そう、つまりは舷側への打撃を優先したタイプだと思うよ
  じゃあ、欧州新型戦艦群の火力を見てみよう

  

S:まずは舷側装甲への威力だ
  落角によっても違うんだけど
  傾斜装甲を持った仏艦や伊艦の場合、凡そ45cmぐらいの貫徹力がないとぶち抜けないだろう
★:伊仏だと20km弱、独のは15kmぐらいでその威力になりますね
S:落角から考えても20km程度から舷側に当たり出す事を考えると
  伊仏の戦艦が強靭な舷側装甲を持つのは当然だね
  イタリア艦の方が舷側装甲が多少強力で、砲も多少強力だ
  つまり、イタリアのヴェネトが僅かに舷側威力では優位だと言える
☆:ビスマルクは薄い装甲で威力も弱いですーっ
S:まあざっと見て
  伊仏の主砲ならビスマルクを20〜25kmで抜ける、ビスが伊仏艦を抜くのは15kmだからかなり見劣りするね

  

S:こっちは対甲板貫徹力だ
★:イタリアとフランスのはこれも殆ど同じですね
  砲弾が低速な分だけドイツのが落角が大きいのでしょうか、甲板への威力が大きいですね
S:リシュリューは甲板に150mmの装甲を張っている
  つまり安全範囲は遠距離側でも30km以上になる、じつに強靭だと言える
  ヴェネトは防御甲板の上に二層の甲板を持ち、それらにも多少の装甲を張ってある
  合計すると150mm級になるけど、まあせいぜい120mm相当にしかならない
  ビスマルクも同様で、もっと薄い、せいぜい100ちょっとだ
  リシュリューは150mm装甲を抜かれても40mmの甲板で被害を食い止める事も期待できる、が、まあこれはオマケだな

☆:となると・・・・
  ヴェネト対リシュリューで
  20km近辺でヴェネトが優位、それ以下では対等
  30km近辺でリシュリュー優位、それ以上では対等ですねっ♪
★:近距離側の威力は状況次第なので確実性はあまり無く
  3万近辺でどれだけ当たるかがポイントですね、そこで上手く立ち回ればリシュリュー有利でしょう
  ただ砲数で劣る事と砲塔被弾による火力喪失の危険性は
  長時間に渡る殴り合いになった時にリシュリュー不利に働きます
S:まあここでは、48:52ぐらいでリシュリューとしておこう
  まだ、色々あるんだからね(にやり)
★:何か裏が有るんですか?
S:いいかい、リシュリューの大砲は45口径だ
  50口径を越えるヴェネトと殆ど同等の性能で威力を出す事は不思議だと思わないか?
☆:言われてみれば・・・
★:もしかすると異常に多く、無茶なぐらいに装薬を詰めてるのですか?
S:そゆこと、つまりコレはマトモには使えない、あまり意味の無いスペック上の話でしかない
  初速830m/sという無茶やった場合での計算数値なんでね、本来の性能は785m/sなんだ
★:ではもっと威力は低いんですか?
S:そう思うよ、たぶんこんな感じだと思うんだな

  
  

☆:あははーっ、全然違いますーっ
S:こうすると、遠距離側の威力はかえって高くなるわな
  つまり、接近したら装薬を沢山使ってぶち抜いて
  遠距離では山弾道で上から重力を使って打ち抜くって形にする事も可能なんだ
  勿論状況によって使い分けがどの位出来ていたのかってのは有るんだけど
  ま、過剰な火薬を使った凶悪高初速モードはカタログだけと見ても良いだろうな
  さて、じゃあ二人にこの砲威力だと相対戦力はどうなるか見てもらおっか
☆:はいっ、佐祐理にお任せくださいーっ
  リシュリューの火力ですと、ヴェネトの舷側には16kmぐらい、甲板は25kmぐらいですねっ
  ビスマルク相手ですと、舷側は21kmぐらい、甲板は23kmぐらいでしょうーっ
★:となると、相対戦力は
  ヴェネト対リシュリューで、15〜20kmはヴェネト有利、25〜32kmはリシュリュー優位
  舷側に対する威力が不確定な分を考えるとリシュリューは距離さえ大きく取れば有利です
  ビスマルクとですと15〜20kmでリシュリュー優位、23〜30kmでもリシュリュー優位
  総合的に見て圧倒的にリシュリューが強力です
S:中近距離でヴェネトと殴り合いしなければリシュリュー最強と言えるね
  ただ、一番良く発生しそうな殴り合いでヴェネトより不利なのは痛いな
★:でも、その時は装薬を増やして高初速にすれば戦えますね
S:ただ、命中率は下がると思うぞ、砲数でも不利だから、中近距離はヴェネトのほうが僅かに有利だ

★:リシュリューは火力よりも防御と機動力にリソースを回した戦艦で
  継戦能力にもそれなりの配慮をしたバランスの良い戦艦だと言えますね
S:そうだね、同世代の欧州戦艦と比較した場合そう言えると思う
  そして、それだけだ
  ダンケルクが目の前のポケ戦しか考えていなかったように
  リシュリューは目の前の欧州戦艦しか見えていなかったんだ
  ネルソンのようなバケモノ火力と殴り合ったら当然負ける
☆:速度で勝るのでなんとかなりますよーっ
S:そして、日米が投入しようとしていた新型戦艦にはまったくもって歯が立たない
  なんとかなる可能性を僅かでも持っていたのは絶大な火力を持つヴェネトだけだ
  今しか見ていないのでは駄目なんだ
  将来、もっととんでもない物が出てきたとき、それでも対抗するには火力しかないんだ
  リシュリューは優れた技術で産み出された優秀な戦艦だ
  だが、その優れた技術で『今』に対応する事しかしなかった
  自分達よりも強力な海軍から、強力な軍艦が、今もう出てこようと言うのに、それに対する事を放棄している
  考えるのを止めていたといっても良い
  ポケ戦が玉突きでリシュリューを生み出したように
  他の玉突きが何を起こすのか
  フランスは近くしか見ていなかった
  日米の競争が飛び火したら何が起こるのか、それを考えるべきだったんだな
★:でも、それは欧州からしたら全然遠くの世界でしょう?
S:ジャンバールが殴りあったのは誰だ?
☆:あ・・・マサチューセッツ
S:決して無関係ではいられなかったはずなんだよ


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