帝国海軍会議大中継
−日本空母がカタパルトを捨てた日−


旧式会議中継家 BUN
bun@platon.co.jp




 突然ですが、中継担当のBUNです。
本日、昭和十八年六月十八日の帝国海軍会議中継は、赤煉瓦も厳めしい、ここ海軍省のとある会議室より「帝国海軍の艦艇艤装並飛行機整備方針打合会議」を中継いたします。
 本来、軍機に属する議題を扱う会議ですので、直接の詳しい実況は中継できませんが、主に速記録を使用してお報せいたします。言うまでもありませんが、私BUNの中継は全て「真実」ですので御注意願います。
 さて、本日の会議は上記の議題について、航空本部、艦政本部、軍令部、軍務局、空技廠からの代表者を集め検討するのが目的です。
 具体的な議題は以下の通りです。


1. 小型低速空母に対する将来方針
(イ) ロケット
(ロ) 射出機
(ハ) 其の他

2. 搭載艦艤装方針
(イ) 将来の搭載機並之に伴う艤装
(ロ) 給油艦の艤装

3. 右に伴う飛行機整備方針

4. 其の他必要なる事項


 ご存知の通り、帝国海軍には飛鷹型を始め艦型の小さい低速の空母群がありますが、今回の会議では、日進月歩(主に日本以外では)の航空機の発展の中でそれら運用に制限のある小型空母を今後どうやって活用して行くか、という興味深い議題を中心に議論が行われる予定です。各部門の大佐クラスの出席があり、それなりの顔ぶれで構成されたこの会議の行方に皆様と共に注目して行きましょう。
 まず、会議冒頭に航空本部の天谷大佐からの説明があります。
 内容を要約しますと、重い新型機を短距離で離艦させる為の発艦促進用ロケットの研究が進み、実用化の見込みが立っている事、同じく離艦促進用射出機(空母用のカタパルト)の研究も進んでおり、昭和二十年以降完成予定である事、しかし、小型の非アイランド型の空母には射出機の装備による突起が垂れ下がる飛行甲板前端直下に位置する艦橋の視界を妨げること著しく、装備が困難なのではないかとの疑問がある事などが手短に語られました。今回の会議の事実上の進行役はこの航空本部の天谷大佐のようです。
 説明が終わり天谷大佐は着席しましたが、大佐の説明内容について、航空本部、艦政本部、空技廠の技術将校達は良く理解したようですが、軍令部や軍務局からの出席者には天谷大佐の話は少々難しかったようです。質問もありません。
 そこで、艦政本部の稲川大佐が艦政本部の立場からフォローを入れます。


「艦本としては特空母には補助艦橋を設置する等の検討を行っているところです。」


との補足説明です。
 実際、本音から言えば艦政本部としては昔の計画で建造した空母に航空本部の都合でやたらに高速機を搭載されても何とも迷惑千万な訳ですが、さすが大東亜決戦下です。見事な協調体制を保っています。立派なものです。この頃には本来艦政本部の管轄であった航空魚雷が航空本部に移管されるなど、艦政本部としては面白くない、否、協調的な状況にある海軍造兵関係ですが、この、すかさずフォローに入る男らしいサッパリとした態度には頭が下がります。本音ならですが・・・。

 しかし、です。こんな決戦下の協調体制にあっても独自の問題意識と路線を保持しつづける技術者集団が海軍には存在します。碇義朗さんの著書でも有名なあの組織ですね。最近は「いや、あそこはそんな馬鹿な組織ではない。」とか「それなりに有効に機能していた。」とする説も現れて来ましたが、そのような衒学的な評価は如何かと思います。それでは空技廠松浦少佐の発言の速記録が回ってきましたので読み上げます。


「空技廠においては現在の単葉に一時、複葉を附する案、すなわち、離艦促進用投下翼を試作しました。これを装着する時は、二割乃至二割五分の範囲で離艦距離を短縮できる見込みです。」


 ・・・・・誰も発言しません。凄い提案です。さすが実験組織、海軍最高の技術者集団である空技廠です。何と豪気にも一機でも飛行機が欲しいこの時期に、艦上機一機につきもう一枚主翼を造るというのです。もう、空技廠以外では絶対に考えられないような破天荒な提案です(しかも当然元ネタは外国産)。天山1000機造ったら、主翼は2000枚必要、それぞれ二回発艦したら主翼が3000枚も必要なこの提案に出席者一同言葉も無く、会議室内に沈黙の暗雲がたれ込めている様子です。おもむろに煙草に火をつけた者や、携帯の留守録を聞き始めた者も出てきました。
 見かねて主宰者側から


「この研究も促進しては如何かと思います。」


との言葉が入りそれ以外何も発言の無いまま次へ進んで行きます。
 しかし、話の腰が折れてしまったので、今度は軍令部の瀬戸中佐が発言します。


「発艦はいいが、小型空母の着艦は問題にならぬのですか?」


との用兵側からの率直な質問です。
 天谷大佐が回答します。


「着艦制動装置六型が成功した為に、制動能力は十分あるのですが、やはり低速に対する操縦者の操縦誤差に対しては不安があります。」


 カタパルトで射出しても、今度は帰還した機を着艦させなければなりません。そうすると、小型で低速な航空母艦は一層不利なのです。だったら最初から小型の艦隊空母など造らずに汎用の大型空母を造っていれば良かったのですが、現に日本には何隻もあるのだから仕方ありません。だからこそ今回の会議が持たれたのです。当たり前のことですが、さすが技術将校、正直です。天谷大佐、結構、誠実な人なのかも知れません。でも、ホントかなあ・・・。
 そこへ、艦政本部の佐藤大佐が畳み掛けます。


「更に低速な特空母の着艦は差支えないのですか?」


 確かに小型低速空母(ここでは飛鷹、隼鷹型を指す)より更に小型低速の商戦改造空母では新型機の着艦はより問題なのですが、同じ造兵側から理屈は通っていても議事を滞らせる発言は天谷大佐を多少苛立たせたようです。大佐の口調が変わります。


「前に申しました通り、確かに不安はありますが、無理にでも着艦せしめなくてはならない。即ち、不可能とは思っておりません!」


 台本から外れた発言に対して強い口調での否定です。ちょっとビックリします。そう、この会議には議事進行側に一定の台本が存在しているようです。さすが日本の会議!会議以前の何時か何処かで「根回し」が済んでいるのでしょう。
 しかし、台本があるのなら、ツルんでいるのは誰と誰なのでしょうか?叩かれ、無視されるのは誰なのでしょうか?
 成り行きを見守りたいと思います。

 航空本部の上坂技術大尉が射出機について説明しています。新型射出機の試作品は20年夏頃完成を目途に研究中とのことです。この説明、丁寧ですが、内容が少々のんびりしています。何しろ20年夏までカタパルトの試作は出来上がらないと言い切っているのです。この決戦下、あの富嶽だって20年には完成するという建前なのに、どうしたことでしょう。この人も正直なのでしょうか?
 そこへ艦政本部の稲川技術大佐が発言します。


「射出機の滑走車に搭載した機体の内、中間のものが故障した場合は非常に困ることになりませんか。」


 これは説明が必要ですね。どうもこの時のカタパルトは他の軍艦のカタパルトのように台車に搭載してレールでカタパルトの射出位置まで載せて行く形式であったようです。そうすると、故障機が出た場合、どうやってその列から外して後ろに下げるのかという問題が生じるのではないか、という疑問を稲川大佐は述べているのです。
 これに対して、同じく艦政本部の上出大佐が発言します。


「一機なら、中間軌道へ導けるが、多数なら、そのまま射出して捨てるしかない。」


 あっさりと言ってのけましたが、やはり艦政本部は既存空母へのカタパルト搭載に関して否定的な見解を持っていますね。
 さっきの佐藤大佐も発言します。


「ロケットは陸上基地においても今後の高速機には是非とも必要な物であるのだから、射出機はロケットが成功しなかった場合の第二の案としては如何です?」


 だんだん艦政本部の腹が見えて来たような気がします。
 おそらく艦政本部は、航空の都合で艦を改造したくないのです。本来ならば管轄外の陸上基地での航空機運用の将来像まで持ち出してカタパルトの搭載を渋ります。艦本側としてはちょっと高性能の飛行機を運用する為に、全空母にそんな改造をするくらいなら他の軍艦の建造計画を消化したいのです。
 でも、臭いですね。航空本部もどうやらそれに同調しているような気配です。この会議、「発艦促進はロケットで」という合意が既に航空本部と艦政本部の主要部署間で出来ているようです。マル五計画以降の新造空母の建造問題などで航空本部はカタパルトを捨てる妥協でも行ったのでしょうか?本来RATOとカタパルトは別に考えるべき物ではないかと私は思いますが、何とも不自然な展開です。

 こんな議事進行に対して航空本部教育部の斎藤大佐が発言します。教育部ですから、まあ、オブザーバー参加のような立場の人なのでしょうが「根回し」から外れた立場の人の発言はかくも適切です。


「外国にロケットが出来ているなら、一から研究せずにその資料を早く取り入れては如何ですか。また、射出機も、現在の様式でなく、即ち、滑走車などを使用せず、必要な時だけ甲板上に突出し、不要の際は倒して甲板上に突起物が無いようにする案は出来ないものですか。
 それに、また、飛行機を現在のように並べるのではなく、飛行甲板の片側に並べて、片側を全長にわたり発艦に利用するようにしては如何ですか。」


 既存の技術があるなら、早く導入しろ。そして、出鱈目で実用性の無いこんなカタパルトなんて造ったのは誰だ。空母の甲板上での飛行機の運用ひとつだって研究の余地があるではないか。と、斎藤大佐は言っている訳ですが、まことに鋭く、且つ先見の明に富んだ発言です。この人の発言を出席者達がまともに受け止めていれば、我が信濃は世界初のアングルドデッキ空母になっていた可能性だってあるような気がしますが、駄目なものは仕方がありません。「なら君に任せるわ」と言われたところで、斎藤大佐自身も、では具体的にどうやればいいか、困ったことだと思います。結局流されて行く運命の意見でした。
 こうして、かなり先見の明ある、というかむしろまともな常識のある斎藤大佐がいくら正論を吐いても、発言内容が鋭くても、既に決定されている事は変わりません。
 天谷大佐が冷静に回答します。


「独逸からロケットを購入することは手配済みです。」


 そうかぁ?ほんとかぁ?RATOがいつ日本に着くんだぁ?
 そこにまた、傍観者のはずの軍務局南中佐が発言します。


「では、飛鷹に早速(射出機)一一型を装備してみては如何ですか?」


 ある物は積んじゃえ、という軍人らしい考え方です。戦時の海軍艦艇への新型装備というものは、多くはこうした修理での入渠時を利用して搭載されるのですから、南中佐の意見はある程度もっともな話なのです。しかし・・・・。
 射出機はやめたはずなのに、何を言うんだとばかりに天谷大佐は答えます。


「これによって飛鷹の修理期間が延びなければ差支え無いが、修理が延びるのでは不得策と思います。」


と、まるで艦政本部か軍令部に移籍したような発言で押さえにかかります。航空本部も、もうカタパルトは完全に捨てて掛かっているのです。
 そんなこんなで、結局カタパルト問題については以下の結論となりました。


1. ロケットで進むことに決定し極力促進すること

2. 射出機は万が一の場合を考慮して(!)飛鷹、隼鷹、大鷹、雲鷹に装備することとし図面成案を得て置くこと

3. 空母専用射出機の計画は当分これを中止すること

4. 飛行甲板の延長は艦本にて極力進めること

5. 離艦促進翼の研究は航本にて之を極力進めること


と決定し、議題は次に移ります。
 搭載艦の儀装方針ですが、これは主として軍令部の方針で決定する問題ですので軍令部の意見がまず求められました。
 軍令部瀬戸中佐が発言します。


「軍令部では研究未済ですから研究決定の上、書類で回答します。」


 何だかこの会議、用兵側と造兵側がしっくり行ってない印象を与えますが、結構重要に思えるこの議題について軍令部は発言しませんでした。何か事情があったのか、この議題について知らされたのが会議直前であった、とか、もう、私にはいろんな妄想が浮かんできます。
 この後、瀬戸中佐は給油艦に航空艤装をしなかった場合の資材、工数について質問していますが、こうした質問に対して、


「航本で調査の上、通知します。」


と、冷たく返されています。
 渋い顔をした軍令部瀬戸中佐は着席した後、配られていた缶入り十六茶をゴクリと飲み干しています。下の喫茶から飲み物を出前するのは決戦下の経費節減の為、取り止めになっていたのです。

 次に議題は飛行機の整備方針に移ります。
 発言は当然、航空本部の天谷大佐です。


「ロケット実験に対しては九七艦攻5機を当て今秋までに完了し、次に十三試艦爆に移ります。また母艦の飛行機搭載法に関しては、

1. 横押し車による案
2. 天井に吊る案
3. 尾部台を使用する案
4. 庫内の出っ張りを無くする案
5. 車輪方向転換案
6. 折り畳み法の改善

など、着想は色々ありますが、いずれも成案を得ておりませんので、各部の研究協力を得たいと思います。」


との発言です。
 6番以外は航空本部の責任ではない、といったニュアンスも感じられますが、やはり外国艦上機と比べた場合、6番の折り畳み法の改善が日本艦上機には一番必要に思えますので、なかなかいい度胸です。
 天谷大佐が技術屋らしく味気ない内容(背景が「京都」)のパワーポイントを閉じ、プロジェクターを消した後、艦本の稲川大佐が反論します。


「格納庫の出っ張りを取れというが、航空本部の要求で格納庫を広げた為に出っ張りがあるのであってこれは仕方が無い。むしろ問題となっている艦速を落としてまで格納庫を広げるのはどうかと思う。」


 やはりロケット以外の議題では航空本部と艦政本部は対立してしまいます。これでは何も決りそうにありません。そこで呑みさしの十六茶の缶を灰皿代わりに使おうとしていた空技廠の松浦中佐の行儀の悪さを横目で睨んでいた軍令部の瀬戸中佐に話が振られました。
 瀬戸中佐は、


「現在は基地航空兵力の整備に重点を置いているので空母建造も、之が為に一部延期とされた次第であります。軍令部としては之に伴って空母の計画においても再検討する心算であります。」


 艦本の自由にはさせない、との発言です。ああ、喧嘩が又ひとつ増えてしまいました。
と、このように議論が続かなくなったところで、会議は終了の方向です。


「この問題に関しては、関係各部にて至急研究して貰いたいと思います。特に御意見無ければ、本日の打合せ会は之を以って終わります。」


 会議終了です。日本空母へのカタパルト搭載の事実上の中止が決定された会議がただ今終了いたしました。



 こうして昭和十八年六月十六日の「艦船艤装並飛行機整備方針打合会議」は終了したのですが、検討資料として「飛行甲板延長に依る発艦機数増大状況調」が作成されました。
 それによると、雲龍型で8.0m、翔鶴型で11.0m等、各型の空母の延長余地とその際の一回での発艦機数の増大(いずれも3〜6機程度)が予測されています。中でも翔鶴型は一回の発艦機数57機、合計104機の搭載が計算されており、その際は19機の甲板繋止が予定されています(根拠はよくわかりません)。
 気になる信濃の飛行機運用ですが、飛行甲板の幅が広くとも、


「左舷着艦、右舷準備並び発艦区域とすることを得ば極めて好都合なるも、制動索の装甲板貫通不能の為、実現不可能」


との残念な結論となっています。装甲飛行甲板だって、やろうと思えば何とかなりそうな気もするのですが、やる気が無いものは仕方がありません。
 肝心の小型空母に関しては、飛行甲板の延長の余地そのものは十分にあるのですが、もともと低速である為に


「この程度の延長では問題にならず。但し、
1. ロケット離艦完成し上は極めて有効。
2. 連続収容時前甲板に留め得る機数を増す。」


といった消極的な評価に終わっています。
 肝心の小型空母の艤装変更による有効活用案はこんな形で潰えてしまったのです。装備は本格的だった商船改造空母群は結局、新型艦上機の本格的運用を終戦まで行えなかったのは皆さんの御存知の通りです。嫌ですねえ、大人の世界は・・・・。



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