米空母の真実


敵国艦船研究家 大塚好古
kotsuka@mx1.alpha-web.ne.jp




(本稿は、去る10/14に行われたWarbirds主催の「雷電読書会」で話した内容を一部修正・削除・加筆したものです)

 いつも時代も軍備の共通の敵となる要素がある。

 その名は予算と言う名の貧乏神。

 以下の話は、米海軍が1920-30年代に貧乏神と戦いつつ如何に自国の航空母艦を発展させていったかの愛と感動を呼ぶ真実の物語である…(嘘)。


第一章 レディ・レックスと愛しのサラ


 実際には一番最初にラングレイと言う名の世界に冠たる貧乏空母がありますが、あれについては置いておきましょう。さて話は1920年代初期、米海軍は艦隊型の大型空母の建造を考えておりました。自国の研究では10,000t級の平甲板型空母から30,000トン級の艦まで種々雑多な研究がなされておりましたが、この頃英海軍のアーガスとイーグルの艦隊での実績と設計案を入手した米海軍は自国の空母の設計にこれを反映させる事になります。

 因みにこの頃は極東の某国が八八艦隊なる整備完成の暁には国が滅びそうな建艦計画を推進していましたが、米海軍はそれに対抗して10・6艦隊と言うべき艦隊の整備を推進していました。このうち巡洋戦艦(?)であるレキシントン級の1隻を大型の艦隊型航空母艦として転用する計画がもたれます。実際三番艦のレンジャーは空母としての機能を持たせる設計変更がなされ、同型艦に比べて起工が半年遅れます。何故これ1隻のみが対象になったかは不明ですが、当時進みつつあったワシントン条約で1・2番艦は日本の赤城・天城の対抗艦として戦艦となって生き残る、と考えていたのかもしれません。もしくは高速巡洋艦部隊に附属して行動できる航空機搭載艦が欲しかった、というところなのでしょうか。

 さてワシントン条約は1922年に発効され、レキシントン級は1・2番艦のみが航空母艦に転用される事になり、その他の艦は船台上で廃棄されます。レキシントンとサラトガはレンジャーの設計と英空母イーグルの設計を基本にして纏められ、33,000トンの航空母艦として1927年に就役します。とある人の本には43,000トンの巡洋戦艦を10,000トンの減量させて空母にするには大変な作業が必要であったであろう、と書いてますが、レンジャーの計画もあったので、米艦船局はそれほど苦労せずに設計を纏めています。ただ条約の排水量上限は33,000トンとなっていますが、設計を纏めて見たら実際には36,000トンになってしまいました。これは公称33,000トンという事にして誤魔化してしまいます。何所の海軍も似たようなことはやっているという事ですね(笑)。

 ただ本級は就役後に欠点として減量設計の結果排水量上限値が低い点が挙げられ、加えて満載排水量時には喫水線下に舷側装甲が沈む、という弊害が出てしまいます。これが解決するのは貧乏神がいなくなる1940年代にバルジを装着するまで待たねばなりません。

 ところでレキシントン級について良く言われる解説で、「就役時に既にカタパルトを装備するとはなんて先見の明に富んでいたのだ」というのがありますが、あれは別に先見の明があったわけでは無くて必要があって積んだだけだったりします。当時の米空母は艦隊の戦艦・巡洋艦が搭載する水偵の予備機倉庫も兼ねていたので、洋上で他艦に予備機を渡す場合水上機を空母から発艦させる必要があったがためにカタパルトを装備したのです。一応悪天候時に通常の艦載機を飛ばすことも考慮したみたいですが、当時の飛行機は天気が悪いと飛ばないものですし、またカタパルトの低性能もあってこれは具現化しないで終わります。

 カタパルトの性能が出たついでにこの両艦が搭載したカタパルトについて書きますと、正式名称TypeF MkIIと呼ばれるタイプなのですが、これは当時の米戦艦が搭載していた火薬式のカタパルトではなくてフライホイールを利用したカタパルトでありました。簡単に機構を説明しますと、重量6tのフライホイールを回転させ、それが発生する力量をクラッチを用いて伝達機構で伝えてカタパルトを動かす、というものですが、これの運用方法を記録から想像するに


「フライホイール回転数定格!伝達機構に接続!」
「水偵発進!」


という事になるのですが、殆ど宇宙戦艦ヤマトの発進シーンですね(笑)。

 ただこのカタパルトはフライホイールの力量伝達するクラッチの耐久性が問題になったのと、カタパルト本体の能力不足もあって殆ど使われずに終わります。因みに性能は重量10,000ポンドのものを35mphで打ち出せる、というものでした。当時の通常型艦載機はレキシントン級の飛行甲板長があれば停泊状態でも飛び出しかねん飛行機ですから、この程度の性能では使われないのも無理の無いところでしょう。

2007/7/8追記:

 昨年末頃より「レキシントン級の基準排水量は50,000トン程度だ」という感想メールを数名の方から戴いた(複数回その旨を記載して送られてきた方も居た)。だが何れのメールもメールアドレスが入っていなかったため、ここに回答を追記させて頂く。

 レキシントン級の基準排水量は1936年の時点で約37,600トン、「サラトガ」の大改装後における基準に近い軽積載状態が43,840トン(何れも米海軍公式資料に基づく数値)であり、就役中基準排水量が50,000トンを超えたことは一度もない。但し、「サラトガ」の改装後における満載排水量は50,846トン(1943年時の公式数値)、更に装備品が増大した終戦時には推定で54,000トン程度にまで増大していた。「レキシントン」級が時折「排水量50,000トン」と言われるのは、この「サラトガ」の「満載排水量」に起因しており、恐らく本級の「基準排水量50,000トン」と言う説は、「サラトガ」の満載排水量を基準排水量と取り違えた事による誤伝であろう。
 因みにレキシントン級の船殻部・機関部の合計重量は、後に建造された「アイオワ級」戦艦とほぼ同じである(両者共に船殻・機関の合計重量は約28,000トン。因みにこの両者は船体長もほぼ同じ)。船殻・機関部の合計重量と船体規模が同様で、兵装・装甲の重量が「レキシントン」級はるかに大きい「アイオワ」級の軽荷状態排水量が51,000トン程度に過ぎないことから見ても、「レキシントン」級の基準排水量が50,000トンに達することはまずあり得ない。
 また「レキシントン級の水線装甲が空母改装後満載時にはほぼ水線下に沈むようになったのは、巡戦時代の基準排水量43,500トンから排水量が増大したことによるものだ」というのを基準排水量50,000トン説の論拠として指摘された方も居られる。だが空母時代の「レキシントン」級の水線部装甲が満載時に水線下に没するようになったのは、排水量抑制のため巡戦時代と比べて水線装甲の高さを甲板一層分減少させたことと、計画時より完成時の排水量が増して喫水が増大した事による相乗効果によるものなので、これも「基準排水量50,000トン」の証拠にはならない。

 なお、この他にも「ヨークタウン」級や「ワスプ」についても、被雷後中々沈没しなかったのは排水量が通常伝えられるより大きかったからだ、という指摘も頂いたが、「ヨークタウン」や「ホーネット」が魚雷命中後も中々浮力を失わなかったのは「缶室部が細分化されていて被雷時の浸水が局限された」ことが大きく、「ワスプ」は「全魚雷が主要区画部より前の艦首部に当たったため、主要区画部に大規模浸水が発生しなかった」ことによるので、これらの戦例は「米空母が排水量を誤魔化していた」ということを示す傍証にはならない、と申し上げておこう。



第二章 貧乏神来襲 そしてレンジャー


 さてレキシントンとサラトガと言う極東の某海軍に所属する三段式甲板を持つ赤○と加○とかいうヘッポコな空母に比べれば遥かにマシな空母を入手できた米海軍はこの両艦をもって艦隊航空の可能性を探っていきます。これらの艦の実績とまた貧乏国の割に艦だけは一杯作る極東の某国への対抗兵力整備の必要もあり、結果として艦隊航空兵力の拡充が決まります。このため新規の航空母艦建造計画が立案されますが、これによって整備されたのがレンジャーからワスプに至る戦前型の航空母艦です。しかしこれらの艦の整備は色々な理由もあって順調にいったとは言い難いものでした。

 レキシントンとサラトガを整備した後、ワシントン条約の排水量制限枠は69,000トン残っていました。米海軍は条約の新造空母排水量上限である27,000トン型をあと2隻と15,000トン型の1隻を作ろうかとも考えますが、レキシントン級の建造費用と改装費用が予想外に膨れた結果27,000トン型の計画は却下されます。貧乏神の呪いが効果を発揮しだした様です。新型航空母艦の整備については色々な案が検討されますが、

○ 23,000トン型x3
○ 17,250トン型x4
○ 13,800トン型x5

 の三案が最終的に検討され、結果として13,800トン型が採用されます。これは海軍の航空局が少数の大型空母より多数の小型空母のほうが同時に発艦・攻撃に参加できる機数が多くて良い、と出張したのが大きな理由となり、採択されたと言われております。

 13,800トンと言うのはまあ中型空母の排水量ですが、海軍航空局はこの程度の大きさの艦に搭載機4sq+予備機2sq分を搭載することを要求します。1sqは18機なので、(18x4)+(18x2)=108機を搭載する必要があるわけですが、これはレキシントン級(110機)とほぼ同じ数量です。13,800トンの艦に33,000トンの艦と同じだけの搭載機数が要求されたわけで、そんな無茶なと誰もが思いますが航空局は航空戦闘能力の減少は一切認めません。おまけに軍縮条約と貧乏神の呪いもあって排水量の増加も認めてもらえません。仕方が無いので艦船局は努力と根性を持って新空母の設計に取り組みます。

 新空母はレキシントンに比べて約4割の排水量しか無いのに同じ機数を積まなければならない訳です。仕方が無いから格納庫は最大限広く取り、それでも収容能力は足りないので格納庫の上部に予備機を吊るして格納する事にします。速力は32kts案と29.5kts案が検討された結果、飛行甲板長が700ft対770ft、搭載機数が80対100+なので29.5kts案が採択され、機関出力は縮小されます。

 この他砲兵装は殆ど無し、防御装甲を張るような余裕は無いので弾薬庫だけ50mm装甲を張り、対魚雷防御ってなんですかという設計がなされます。結局約14,500トンに排水量は増大してしまいましたが、この設計案は承認され、これに従って米海軍で始めて空母として設計された艦であるレンジャーが起工されます。

 しかし防御力皆無・低速の本艦に対して艦隊がいい顔するわけがありません。仕方が無いので空母整備計画はもう一度仕切りなおしとなり、新型空母の設計が行なわれることになります。結果としてレンジャーは単艦のみの建造となり、またその中途半端な性能から完成直後は米海軍航空の発展に寄与したものの、大戦時には殆ど表舞台に出ることなく一生を終える事になります。
 なお、肝心の搭載機数ですが、就役後の航空局の判定では最大90機が限度と評価されました。やはり努力と根性だけでは解決しない問題と言うのはあるのですね(笑)。ただちょっと気になるのはレンジャーの格納庫面積はレキシントンより広い、と言われているのでどうしてレンジャーのほうが搭載可能機数が少ないのか、という点です。やはり露天繋止の数の差なんでしょうかね。それともレキシントン級は予備機を徹底的に分解して格納していたのでしょうか?今後の研究が待たれるところです。

 ところで本艦の特徴のある煙突の配置ですが、あれは英空母の煙突配置の影響を受けた結果ああなったものです。当時の英海軍はアーガス・フュリアスが艦尾まで煙路を伸ばしたタイプであり、他の艦はアイランドと同位置にある、というタイプでしたから、レンジャーはアーガス組の煙突配置の評価試験も兼ねてあの配置にした様です。
 因みに煙突が起倒式なのは英海軍のフュリアスの実績を入手した結果、排煙を上にあげると艦尾の気流が乱れ、発着艦作業に悪影響が出るので、それを防ぐための措置であります。極東の某国海軍の○賀の誘導煙突が下向きなのと考え方は一緒ですね。昔加○の煙突を評して「海鷲の焼き鳥製造機」と酷評した人が居ますが、アメリカも似たようなことをやっていたわけであり、当時の状況やこの話から言ってもあれの採用を一概に失敗と決め付けるのは酷だということが言えますね。

 なお、本艦まで搭載機に水偵が含まれるものの、以降の艦では無くなります。これは当初搭載する予定であった当時の米戦艦が搭載していたものから発達した型であるTypeP MkVIII型と呼ばれる火薬式カタパルトの開発が貧乏神の呪いの結果中止となり、結果としてカタパルトの搭載が取りやめられた結果、艦隊の水偵倉庫にしかならないので必要なし、と判断されたためのようです。

 最後になりますが、巷の本に「新技術を切り開く尖兵の意味をこめて同艦はレンジャーと名づけられた」などと書いているのがありますが、同艦の名前は既にお気付きの方も居るでしょうけど、本来空母になる予定であったレキシントン級の三番艦の艦名を踏襲しただけで、決して上のような海より深い意味はありません。

第三章 ヨークタウン級とカタパルト


 さてレンジャーの設計が纏ったあと(設計終了1929)、米海軍の一連の研究の結果やはりレンジャーは小型に過ぎて性能的にバランスに欠けていると判定し、もう少しバランスの取れた空母の新造を考えます。条約規定の排水量上限は約54,000トン残っており、これから米海軍は

○ 27,000トン型x2
○ 18,000トン型x3
○ 20,000トン型x2、14,500トン型(レンジャー級)x1

の建造計画を考えます。各種案を検討した結果18,000トン型では性能が中途半端になると判定されます。27,000トン型は単価と数量整備の問題があり、結局最後の大型と中型空母の混在案が選定されます。これによって1931年から設計が行なわれるのがヨークタウン級ですが、本級は排水量が増大したこともあってバランスの取れた設計が可能となりました。ただ、完全に要求された項目を満たすのはこの排水量では無理であることが設計途中で判明し、本級は魚雷防御に目を瞑って設計される事になりました。この決定は当時の米海軍が雷撃機を非常に低く評価していた点も影響していると思いますが、まさか10年後にこれを突かれてヨークタウンとホーネットを失うことになるとは思いもしなかったことでしょう。

 ところでこの頃は世界恐慌の時期ですので貧乏神の締め付けは非常に厳しくなっていました。機関局(BuEng)は本級に高温/高圧の新型機関を搭載することを目論見ますが、機関の信頼性の問題と予算の面でこれは取りやめとなり、同時期の重巡と同型式の機関が搭載されることになります。また本級の建造は重巡洋艦の整備が優先されたため1933年度予算で漸く建造が認められており、結果としてCV-5/CV-6の実際の起工は1934年となり、各々1936年中に進水、1937/1938年に就役することになります。

 さてこの両艦を極東の某国の空母と比較する場合、必ずカタパルトの装備が賞賛されています。その点某国の空母設計より先見の明があったと言うものですが、これは全くの誤りだと言うことが出来ます。確かにヨークタウン級には油圧式のH2型カタパルトが計三基新造時から装備されており、搭載していたことは間違いありません。しかし彼等がこれを有効に使っていたかというと「否」という事なのです。例えばエンタープライズの場合1938年にカタパルトは三基合計でも55回しか使われていません。この年は公試時にテストで射出していただけ、という説もありますが、実際これの使用回数が三基ともほぼ同数である事を考えると信憑性はある気がします。また同艦が1941年には全部合わせて21回(!)しかカタパルトを使っていないのも事実であり、有効に使われていたとは言えない状態でした。私個人としてはこの時期の米空母にカタパルトが搭載されたのは決して先見の明からではなく、英空母が搭載しているから搭載した、というのが真実ではないかと推測しています。

 太平洋戦争の時には使っていたじゃないか、と言われる人がいるかも知れませんが、あれは艦載機の重量が増大したのもありますが、戦術上の用件によって使わざるを得なくなったから、というのが事実であり、先見の明があったとはとても言える話ではありません。更に言えば、1942年6月26日の指令でエンタープライズとホーネットから戦訓で必要なしとされたカタパルトの除去が発令されています。この結果1943年春の段階ではエンタープライズはカタパルトを保有しておらず、F6FやSB2Cの搭載が必要となり、また護衛空母の実績が出てきた1943年10月以降になってカタパルトを再設置したというのも事実であり、このことは彼等がその時まで正規空母にはカタパルトは必要不可欠な装備では無い、と考えていた事を示していると言えるのではないかと思います。

 なお、エンタープライズが改装後に装備したのはH2-1型カタパルトであり、これは原型のH2より射出能力が高められたタイプです。しかしエセックス級が搭載したH4B等に比べると能力が低いのは事実であり、この事は1945年に本艦が夜間戦闘機搭載専用空母に指定されたされた事に何か影響している様な気もします。

 閑話休題、彼等がこの時期カタパルトについて何を期待していたかというと戦闘機の急速発進です。またイギリスのフュリアスのような二段式飛行甲板の有効性が過大評価された結果、格納庫内にある戦闘機を急速発進させる必要があるとされて格納庫にも一基カタパルトが装備されています。ヨークタウン級の舷側に穴があいているのはこれのためもあったからなのですが、横側に飛行機を打ち出すことになるので射出される戦闘機のパイロットはさぞや怖かったことだろうと思います。なお、この配置はエセックス級まで続きますが、エセックスの公試時に実用性の無いことが再認識された結果初期の建造艦を除いては格納庫カタパルトは設置されず、初期の建造艦も後に撤去しています。因みにエセックス級から撤去されたH4Aカタパルトは護衛空母にそのまま転用されて使用されています。


第四章 限られた空間への回帰


 条約の枠で最後に残った14,500トンを使って建造されたのがCV-7ワスプです。当初はレンジャーの同型艦とする事も考えられた様ですが、同艦建造後の技術の進歩は著しいものがあり、また既にレンジャーの艦隊での実績もあったので完全な別艦として設計が行なわれることになります。なお、とても古い資料だと本艦がレンジャーの同型艦・略同型艦扱いされているのはこのためであります(Ships and Aircraft of the U.S.Fleet 1939等)。

 既にヨークタウン級というバランスが取れた空母の設計があったのでワスプはこれの小型化、という事で設計が行なわれます。まあレンジャー同様防御を削り、機関出力を削って小型化という手法に変化はありませんが、艦型や艦内配置はレンジャーに比べてより合理的な配置となっており、また機関も新型の小型軽量の高温/高圧機関が採用されるなど、ヨークタウン級に比べても新機軸も盛り込まれています。実際本艦の設計は、やや低速なことと防御力が弱い事をを除けば作戦用空母として充分な能力を持つ事に成功した、と言えるものでした。

 しかし本艦にも情け容赦なく貧乏神は襲い掛かります。本艦はレンジャーと同様の最高速度となる前提で計画がされましたが、艦隊側は他空母との連携を考えて計画の段階で32ktsの速度を要求してきます。しかし32ktsの場合艦型の増大が避けられないので、これは却下されますが、艦隊は少しでも速度の増大を、と更に強硬に要求を行ないます。そのため排水量を増やさずに速度を向上させる方策を模索する事になりますが、この結果当時計画が進みつつあったアトランタ級防空巡洋艦の機関を搭載する等の検討が行われますが(このときの速力は30.7kts)、建造費用の増大や就航時期の遅れが生じると言う問題があったため結局元計画どおりの速度性能で我慢する結果となって終わることになります。

 なお最初の計画では本艦は雷撃機を搭載しない事とされており、sqの内訳は1VF+2VS+1VBとなる予定でした。これは本艦の計画の元になったレンジャーも同様で、このため同艦と本艦は格納庫区画に魚雷搭載区画を保有しておらず、爆弾搭載区画をその分拡大しておりました。これはヨークタウン級のところでもチラッと書きましたが、米海軍は優秀な雷撃機を保有していなかった事もあって非常に航空雷撃を軽視しており、V-2/3/4のうち雷撃機を搭載しているのはCV-2のみ、という時期すらありました。その結果VTの搭載を考慮せず、ということになる訳ですが、これは就役当時世界水準を抜く高性能雷撃機TBDデバステータが就役したために変更され、この両空母は再び魚雷格納庫を設置することになります。

 さて本艦から採用された米空母の新機軸にサイドエレベーターがあります。これは三基目のエレベータ設置と格納庫の容積を確保する、という項目を両立させるために採用されたと言われていますが、様は小型ではあるがヨークタウン級と同程度の搭載機数を確保するための苦肉の策であったと思われます。また道程での大きさのレンジャーでは三基目を飛行甲板最後部に設置して格納庫容積を確保しましたが、これが余り好ましい配置ではない、と判定されていたのも採用の理由だと思われます。

 因みに本艦は左舷前方にサイドエレベータを設置していましたが、小型である本艦では安定性の問題が出たのか公試後に撤去され、実質上本艦はエレベータ二基の空母として使用されることになります。本艦の写真を一生懸命よく見てもあるはずのサイドエレベータが見つからないのはこのためです。時折日本の書籍にかかれるように「本格的なサイドエレベータではないから」見つからないわけではないのです。

 ところで本艦の建造後無条約時代になった結果、以降の正規空母の建造はホーネットからエセックス級へと移行するわけですが、本艦はエセックス級と共同作戦を行なう事を想定して計画された小型空母の設計の元となっていることは記憶しておいても良い事項でしょう。まあ結局は戦時急造艦としてインディペンデンス級・サイパン級が改装・建造されることになり、その設計案は日の目を見ることなく終わることになるのではありますが。


2007年7月8日追記:

 私が本文項を担当した「アメリカの空母」(学研歴史群像大平洋戦史シリーズ53)でも記載しましたが、「ワスプ」の舷側エレベータは公試後も撤去されて居らず、ソロモンで戦没するまでそのまま使用されています。ここに訂正の上、お詫び申し上げる次第。



第五章 ホーネット そして海軍大拡充


 ワスプの建造でワシントン・ロンドン海軍軍縮条約の空母保有枠を使い切った米海軍でありましたが、極東の某国のお陰で1937年に実質上無条約時代が到来しました。もっともアメリカは第二次ロンドン条約批准国であったので、条約の規定に基づいて40,000トンの新規空母建造枠を入手することになります。また極東の某国の軍備拡大に対抗する必要から、米海軍も第一次ヴィンソン法案により拡充されることが決定します。これで計画されるのが20,000トン級空母のCV-8とCV-9ですが、当時の米海軍艦船局が各種艦艇の設計で手一杯であったためCV-8は既存のヨークタウン級の一部改正艦として建造される事になり、実質上最後の第二次大戦前設計の航空母艦として完成することになります。

 まあバランスの取れた設計であったヨークタウンの改正型であるので特に問題点は無かったのですが、さりとて設計終了から6年経っており、その間の技術の進歩もあるので米海軍はいくつか小規模の改正を行なう事になります。特に大きな改修点として挙がったのが機関関係であり、実際ワスプで新形式の機関を使っていたのでそれと同等の機関を搭載するか、もしくはより進化した機関を搭載しようと考えていました。しかし実際に同艦に搭載された機関はヨークタウン・エンタープライズと寸分違わぬ機関が搭載されています。これは一説によると建造期間短縮と建造費低減のためヨークタウンとエンタープライズの補修用に作ってあった機関及びその補用品を使った、という事になるのですが、個人的にはこれが一番真実に近いような気がします(似たようなことは後のSSNシーウルフの機関換装のときにもやってますので)。また機関変更に付随して対魚雷防護の改善も計画されていましたが、これも未実施に終わり、結局ホーネットはヨークタウンと殆ど内容的には変わらない状態で就役したのでした。

この結果ホーネットが艦隊に就役した際に「概ね良好ではあるが機関が旧式であるのが問題である」と言われる事になりますが、何をいわんや、というところでしょう。

 1939年に勃発した第二次世界大戦とドイツの快進撃、そして極東の某国の軍備拡張が米海軍を一気に拡充させることになります。本来20,000トン級で計画されていたエセックス級は26,000トンに拡大され、搭載予定機数も増大するなど大変ゴージャスな空母へと変貌します。米海軍の耐乏の時代は終わったのです。そして貧乏神が居なくなった後に建造された大型空母群は極東の某国を屈服させる原動力となるのでした。対日戦を勝利に導いたエセックス級以降のCV/CVL/CVEに関してはまた後日日を改めて解説したいと思います。



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