202 はじめまして、よろしくお願いします。
僕のじいちゃんは戦争が始まる前に満州にいたらしいのですが、
「わしも他のみんなも腰に大きなモーゼル拳銃をさげてたぞ」
と言っておりました。日本軍でもモーゼルを使ってたようですが
やっぱりこういったものは鹵獲品なのでしょうか?。

  1. ★モ式大型拳銃  通称「モーゼル十連発」
    ・明治後期〜大正初期にかけて軍用・狩猟用拳銃として銃砲店を通じて輸入。
    ・大量に鹵獲され現地部隊で多用。
    ・精度制度の良いものを分隊の下士官レベルに配備していた(鹵獲品)。
    ・また満州国軍では「一号拳銃」の名称で満軍の制式拳銃となった。
    ・滿洲・朝鮮警察等でも多用された。
    ・昭和15年2月には国軍の「準制式兵器」に採用、拳銃弾も製造。
    http://www.horae.dti.ne.jp/~fuwe1a/newpage62.html

    上記サイトによると、こんな感じになっているようです。階級や勤務年代、経歴によってお祖父様本人が使っていた「モーゼル」の詳細は変動するでしょうが、私の浅い知識ではカバーしきれないです。フォローお待ちします。
    シートン

  2. 昭和14年『密大日記』第13冊 兵器購入に関する件で昭和14年10月6日付け、
    独国在勤帝国大使館付附武官宛でモゼルポケット拳銃一千挺、実包二十万発、モーゼル大型拳銃五百挺、実包十万発、ブルノ軽機百五十挺、実包九十万発、モーゼル小銃一万挺、実包百万発を購入、複命に十一月中、中立港より積み出しとあります。
    また、モ式大型拳銃準制式制定の上申中、『モ』式大型拳銃審査経緯の概容に、某目的ヲ以テ独国ヨリ購入セルモノ並満州・支那両事変ニ於テ多数ニ押収セルモノアルニツキ云々とあります。
    従いまして、必ずしも鹵獲によるのみならず、ドイツより直接購入分もありとして良いのではないでしょうか。
    準制式以前にも、軍管理の『兵器』として鹵獲品を大量に保有していたようです。
    日華事変以降、数千丁単位で関東軍の兵器部から陸軍兵器廠に鹵獲モーゼル大型拳銃が還付されています
    将校用は、私物、自弁が建前で、軍刀と二重装備になる為、将校は、主に25口径〜32口径の中型拳銃を使用する事が多く、制式の二十六年式拳銃や十四年式拳銃の不足を補助する形で支給されていたようです。

    退役老少佐

  3. なるほど・・
    鹵獲しただけじゃなく輸入してたんですね
    ご丁寧にありがとうございます。


  4. 南方戦線(戦域名忘失)で生き残った、守衛のおじいちゃん(当時は伍長殿)がよく話してくれました。満州にいたころモーゼル大型拳銃を受理し、そのまま南方戦線に持って行ったそうです。手入れを怠ると日本の銃器には薄っすらとサビがつきますが、モーゼルには着きにくく、銃身に浮き出たサビもさっと指でなぞれば落ちるので、「さすがドイツ製だ。材質が違う」と
    皆で関心したとのことでした。

    桃パパ

  5. あと僕のじいちゃんは「ソ連軍は馬術が凄かったな、まさに人馬一体だった」といっていました。ソ連軍は馬術に長けていたという記録はほかにあるのでしょうか?


  6. 帝政〜ソ連を通じて、ロシアの乗馬騎兵といえばコサックやタタールなど、遊牧系民族を徴用して騎兵に仕立てるのが伝統みたいなものです。
    帝政時代はこれに加えてテクニックで劣るが勇敢さが売りのポーランド騎兵や、更に革命直後の頃までベラルーシやウクライナの騎兵もいましたが、1930年代後半から1940年代あたりには乗馬騎兵部隊は遊牧系一本に淘汰されています。
    モンゴル帝国の生き残りみたいな連中ですから馬術に関しては元来がエキスパートです。
    単に乗馬の巧みさという点では同じく遊牧民がそのままやってる外蒙騎兵(モンゴル共和国)やバルグット騎兵(満州国軍)もとても上手いのですが、コサック騎兵やタタール騎兵は人馬ともに戦闘動作の訓練も非常に行き届いており、また訓練内容も非常に高度で洗練されたものをこなしてきているため、まずは近代騎兵として世界最強レベルにありました。
    「コサック騎兵」でぐぐってみるだけでも、その威力の一端を見ることができると思います。
    まなかじ


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