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カーチス P-6 ホーク(Hawk:鷹) 複葉ホークの決定版

P-6E(10K)P-6E「ホーク」戦闘機
風防前方の棒は射撃照準器。単支柱スパッツ付きの主脚に注意。


 1927 年に製作された P-6 は P-2 の機体にカーチス V-1570 「コンカラー(Conqueror:征服者)」エンジンを搭載したもので、複葉ホーク・シリーズでは最もバランスの取れた傑作となりました。V-1570 は冷却に水ではなくプレストン液(エチレン・グリコール)を採用することでラジエターが小型化され、機首を絞り込んで空気抵抗を削減することに成功しています。表面冷却のテスト機 XP-6A や排気タービンと密閉風防を持つ XP-6F などの試作機が少数づつ作られましたが、最多生産型は P-6E の45機です。もっとも P-6E は 1929 年に Y1P-22 と呼ばれていた試作機を改称したもので、他の P-6 シリーズと同列に語るのは多少無理があるかもしれません。
(文・ささき)


緒元(P-6E)
製作1929年
生産数45機
乗員1
全幅31ft 6in(9.60m)
全長23ft 2in(7.01m)
全高8ft 10in(2.69m)
主翼面積252ft2(23.4m2)
乾燥重量2699LBs(1224Kg)
全備重量3392LBs(1539Kg)
武装7.62mm 機銃×1+12.7mm機銃×1(機首)
(一部の機体は 12.7mm 機銃×2に強化)
発動機カーチス V-1570C 液冷12気筒 600hp
最高速度197.8mph(318Km/h) 海面高度
実用上昇限度24700ft(7529m)
航続距離572ml(921Km)

★おまけコラム:日本に行った P-6
 日本の国内航空産業がその息吹を上げはじめた昭和五(1930)年、アメリカに派遣された三菱の視察チームは参考機材としてカーチス P-6「ホーク」を持ち帰ったとの記録があります。残された写真を見るとタウネンドリングを持たない空冷エンジン装備型ですが、これはカーチスが輸出用に用意したプラット&ホィットニー「ワスプ」空冷9気筒(450hp)装備の P-6S というタイプらしいです。記録によると三機がキューバに、一機が日本に売られたことになっています。この P-6 はフィリピンから招聘された米人パイロットの手によって派手なアクロバット飛行を披露しましたが、一年も経たぬうちに不時着事故を起こして失われたそうです。なお、昭和五年の米国視察チームにはのちに「零戦」で有名になる堀越二郎技師も参加していました。

P-6S(9.1K)三菱が輸入した P-6S「ホーク」戦闘機
筆者はこれ以外に P-6S の写真を知らない。丸っこい垂直尾翼バランスタブの形状や高い位置まで伸びた主脚前支柱の構造は他のカーチス・ホークファミリーにはあまり見られないもので、むしろボーイング P-12B そっくりである。しかし P-12 ならサブタイプによらず上翼前縁は直線のはずだが、この写真では上翼前縁の後退角がはっきり見て取れ、わずかに見える下翼もテーパーが確認でき小判型のボーイングとは大きく異なる。こうして見るとボーイング P-12 こそカーチス・ホークを真似て作った機体のようだ。



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